魔王様はマンガ家になりたい!

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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魔王たちの放牧

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「最近流行りのマンガが東中央ホーウェン発だって聞いてやって来たんだが、このちんまい地味な姉ちゃんが先生だと? おいおい冗談だろ」

 南の魔王パーシモンが私を面白そうに眺めながら笑った。
 短い赤毛の、荒削りだが整った容貌、背も高くムキムキ筋肉の厚みのある体の男性だ。見た目は三十代半ばぐらいだろうか。マントまで揃っていてザ・魔王といった感じの人であるが、話し方も見た目同様、豪放磊落(ごうほうらいらく)といった感じだ。そういえば昔から疑問だったのだが、動きが制限されるマントって、格好つける以外に何の役に立つのだろうか。いや、それはともかく魔王様とは言え、初対面の人間なんだから少しは気を使え。

「クレイド、あなた最近マメに日本に行ってるってこの間の会合で聞いていたけれど、まさかこのマンガのためだったの?」

 西の魔王アルドラが上品な仕草で紅茶のカップを置いた。
 私は魔王は全員が男性だと思っていたのだが、アルドラだけは女性だった。
 それも、グリーンの瞳にサラサラロングの金髪の色白でスタイル抜群な美女、いや超美女である。見た目は二十代ぐらいだろうか。ハリウッドスターでも彼女が隣にいたら霞むのではないか、と思われるほど周りへのキラキラしたオーラがすごい。金粉をばらまいているような彼女に地味と言われたら、そりゃごもっともと答えられるレベルで眩しい。

「……日本の文化をこちらに軽率に持ち込むのは我々で自制しようと大分前に決めていたが、純粋にアイデアだけ持ち込み、ホーウェン国独自の文化の発展をするのは素晴らしい考えだ。私も読む楽しみが出来て最近楽しい」

 北の魔王ローゼンは、四十代ほどに見えるが、茶髪をオールバックにしたアゴ髭のある落ち着いた感じの渋いイケオジである。リムレスの眼鏡が知的な大学教授みたいな風情を漂わせていて、大人の魅力が溢れている。
 それにしてもみんな背が高い。
 一九四センチあるといっていたクレイドも大概だが、アルドラでさえ一七〇センチはありそうだ。ヒールで一八〇センチほどになってるけど。パーシモンもローゼンもクレイドほどではないが一八五センチ前後はあるだろう。一六三センチの私は、女性としては日本では普通の身長だと思うのだが、彼らの前では頭一つ分以上は低いので、座っていても圧がすごい。

 私が来ることになった理由を簡単に説明したクレイドは、私のお陰でマンガが広められることになったのだから感謝しろと言い、続けて

「──リリコは素晴らしいマンガ家だ。分かったなら帰れ」

 と仏頂面で不愛想に答えた。
 彼は、彼らが来たので慌ててインクにまみれたシャツを脱いで小綺麗な格好に着替えていたが、さっさと帰ってくれオーラを漂わせている。そうだよね、もう締め切り近いもんねえ。

「あら、冷たいのねクレイド。私たち、様子を伺うのも目的だったのだけど、ほら、各地に新しいマンガが届くまで少し時間がかかるじゃない? だから最新のものを探しに来たって訳よ。だからお客様なのよ? お客様にはもう少し丁重な対応をして欲しいものだわ」

 アルドラが妖艶な笑みを浮かべた。

「おお、そうだそうだ。俺な、ポテチってマンガ家が描いた『限界突破の男たち』ってのが最高に好きでよお。あれすげえわ。ちょうど仲間の裏切りか、っつうアツい展開が来たところで終わっちまってよ、こっちなら続きがそろそろ出てないかと思ってなあ」

 パーシモンの台詞にびくりと肩を揺らしたクレイド。
 ……ああ、言ってないのねマンガ描いてるって。
 私は少し笑いそうになってしまったが、自分がマンガを描いていると言う個人的な話は、定期会合などでは言い出しにくいんだろうなー、と思う。定期会合というのは、三カ月に一度集まり、町の進展などを話し合う報告会みたいなものだ。やはり魔王っていうよりも、町長同士の集まりテイストがこゆいよね。
 いやでも、自分の作品を魔王が読んでいて、それが好きだと公言されているのも中々に身の置き所がない恥ずかしさだろうなとは思うけど。

 ただ、彼は余り嘘が得意ではない。と言うか隠し事が下手だ。締め切り前で少し苛ついている今は尚更だ。微妙な表情で、ちょっと突っ込まれたら、自分がマンガ家のポテチですと速攻でバレてしまいそうだ。パーシモンもクレイドが描いていることを知らずに本人の前で褒め称えている訳で、お互いに気まずい空気が漂ってしまうかも知れない。
 私は、何とか話を逸らそうと会話にさりげなく参加することにした。

「あの、魔王の皆さまが日本で発展しているマンガがお好きと伺って安心しました。それで、これはこの城と城下町でだけの秘密、つまりご自身の町では内密にして頂きたいのですが……」

「んん? 何だい姉ちゃん?」
「リリコです。──実はですね、クレイド様が密かに日本の名作マンガを購入して多数持ち帰っておりまして。いえこれは単にクレイド様の趣味と、ホーウェン国での発展の資料みたいなものなので、この国の文化の発展を阻害するつもりはないのです。ただ、城の中にいる人間ぐらいしか読む機会もございませんし、折角の機会ですからご覧になって頂くのはどうかと」

 クレイドは目を見開いて私を見たが、それを無視した私は商人のごとく、心の中では発火するんじゃないかくらいに手を高速ですりすりしていた。
 考えても見て欲しい。遠くの町からわざわざ時間をかけて遠出して来ている魔王様たちが日帰りするとでも思うのか。
 そして、数日は滞在するのが確定ならば、頻繁にお茶だの食事だので呼ばれて貴重な執筆時間を奪われるより、マンガが沢山ある読書室に案内した方が、クレイドも仕事に集中出来るし私も学校に行きやすい。
 魔王相手にと言うのも何だが、三人をほったらかしていても文句は言われないだろう環境を与えておくのも大事じゃないか。

「ほう。日本のマンガがあるのか? それは是非見てみたいものだな」

 魔王ローゼンが早速立ち上がった。アルドラやパーシモンも「気が利くじゃないの」「俺は悪者をやっつけるような戦闘がある奴が好きなんだがな」と上機嫌で立ち上がった。
 私はクレイドに後ろ手でさっさと仕事に戻れと合図をすると、「ではご案内致します。沢山ございますので驚かないで下さいねー」などとヘラヘラした笑顔で読書室へ案内した。

「おお……」
「これは壮観だなあ」
「まあ素敵!」

 市とか区の図書館かと思うほど備え付けられた大量の本棚の中に、ズラリと並ぶそうそうたるマンガ作品の山。クレイドが背表紙を会社ごとに合わせたいと言い、作家ごとではなく出版社順で整然と収められている。
 私の弟が見たらグルメリポーター口調で『これはマンガ好きには理想の宝石箱や~』と両手を広げておちゃらけそうだが、彼ら魔王たちにも夢の部屋のようなものだったらしい。目を輝かせてあちこち目を向けていた。
 とは言え、借りに来る城の勤め人たちもいる訳で、読書テーブルは幾つか設置しているものの、魔王に陣取られては使うに使えない。

「気になった本はまとめてゲストルームにお持ちしますので、こちらに書いて下さいねー」

 とペンとメモ用紙を渡しておいた。

 よし魔王の放牧は済んだ。これで当分はクレイドも邪魔はされないだろう。
 私はそっと息をつくと、最近忙しさにかまけて弟に近況報告をするのをすっかり忘れていたと気付いた。まあ三カ月四カ月放置といっても、日本では一カ月ちょいだが、こちらではかなりの変化が起きている。
 すんごい美人の魔王がいたぞー、と自慢するのも面白いな、と思っていると、「リリコさーん、返却したいんだけどー」と馴染みの衛兵さんの声がして、私は慌ててはいはーい、と返事をしながら慌てて受付に戻るのだった。



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