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マンガ家復活と黒い影
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私がマンガを描くことはクレイドも大賛成だった。
「リリコは才能がある。私はリリコの描くマンガが大好きだ。教師としてだけではなく、いつかまた描いてくれないかと願っていた」
自分の作業部屋の隣の部屋を、すぐに私の作業部屋として改装してくれ、腰の負担が少ないようにと家具職人を呼び寄せて、私の体に合わせた特注の椅子まで用意してくれた。本当に長時間座っていても腰が痛くならない素晴らしい椅子で、クレイドも仕事を始めて少しして、腰痛がひどくなったことに悩んで作ったようだ。
「私やリリコのように座って描く仕事をする人間は、長時間世話になる椅子を疎かにしてはならぬのだ。少し高くついても、後々の健康に影響するものに金を惜しんではいけないと気づいた」
としみじみとした口調で私に告げたが、痛いほど存じ上げておりますワタクシ。だがそれにしてもだ。
「ありがとうございます。大事に使いますね! ……あと、ずっとクレイドにずっと聞きたいと思っていたんですが」
「うむ、なんだ?」
「私の考える魔力……いえ魔法になるのかな? というのがですね、何というか万能で、天変地異も起こせるし傷も治せる攻撃魔法もお手の物、みたいなイメージなんですが、クレイドは自分の体調不良なんかは治せないんでしょうか?」
「そんな現実離れした力などあるはずがない。もしそんな力があったら、民が病気になっても簡単に治癒出来るではないか」
「いや、でも大雨降らせたり、土砂崩れ起こしたりするんですよね?」
「地脈を感じ取れる力があり、地盤の弱いところに力を送って崩落を早めたりすることは出来るし、雨に関しては離れている雨雲を一カ所に寄せ集めて集中豪雨のように強めたりすることも出来る。日本のマンガは確かに創造力豊かでいつも感心するが、そんなに神のごとき万能な力は持っておらぬぞ。あくまで補助というか、停滞したものを後押しするぐらいのものだ」
「ああ、そうなんですか……」
──いやね、確かに地脈感じられたりとか、まあすごいんですけど。でも何かこう、何というか魔王としての圧倒的な魔力を使うというよりも、霊感の強い人とか、天候を読めたり雨乞いをする祈祷師的な感じというか、すごさの質が違うというか。
長年植え付けられたイメージと言うものは恐ろしい。
まあ、この国が存在するのだから、他にも異世界があっても不思議ではないし、私の考えていたような魔力万能タイプや、破壊と暴虐の限りを尽くす魔王なんかもいるのかも知れないけど、少なくともホーウェン国の四人の魔王たちは普通の人と余り変わらない。魔力があるというだけで、魔力を持たない人より面倒な仕事をさせられてる疑いすらある。しかもマンガや小説に揃って傾倒してしまうお気楽な人たちである。
しかもその原因は主に私にあったりする。
……だけど勇者でもないのに、死後にそんな陰謀や裏切り、混沌の世界渦巻く危ない国に転生したい訳ではないので(勇者でも別にそんなところに来たくはないだろうけど)、少々期待外れな感覚を持ちこそすれ、過ごしやすい良い国だと感謝している。
私も今までのんびり暮らして来たので、絵の慣らしから始めることにした。どうしてもしばらく描いてなかったせいか、自分の絵が今まで以上に下手に感じたからだ。
調子を取り戻したところで気合を入れ、五十二ページものファンタジー作品に取り組んだが、学校の授業もやりつつ、全部今までのように一人で仕上げたため、完成まで二カ月以上かかってしまった。
森で見つけた木のウロに入ったら別の世界に迷い込んでしまった男の子が、出会った仲間たちと共にその国の苦境に立ち向かい、帰ることも出来たが自主的にその世界で生きて行く決意をする、という話だ。
自画自賛してしまうが、全部納得いくように描けたし、少年の家族への思いや葛藤みたいなものも描写出来たと自負している。
出来上がったのを出版社に持って行く前にクレイドに読んで貰ったら、何故かいきなりポロポロと泣かれた。
「……ごの少年が、両親への思慕を断ぢ切り、大切な仲間だちの力になるごどを選んだ気持ちが痛いほど分がっで、私は、私はっ」
「ちょっとクレイド、落ち着いて下さい。あの、これ面白かったですか?」
力強くコクコク頷いた彼に一安心し、背中を押されるような気持ちでホール出版社のデンゼル社長に持ち込んだ。
「私も久しぶりに描いてみたんですが、もし良ければ出版して頂けたらなと思いまして」
「おや、それはそれは。現役復帰ということですかな? リリコさんの作品を読むのは初めてでワクワクしますな。……ただ、私もかなりの作品を読んで目が肥えてしまいましたのでな、いくらリリコさんでも甘い評価は期待しないで下さいよ」
「それはもちろんです」
結果、デンゼル社長にもドン引きするほど大泣きされベタ褒めされた。
もしや忖度なのではという言葉が脳内をよぎったが、クレイドもデンゼル社長も、嘘が上手いタイプではないので、泣くほど感情移入出来たのだろうと素直に喜ぶことにした。
とんとん拍子に出版してもらうことが決まり、この国での処女作『秘密の森の子供たち』は翌月発売されたが、これが思った以上に売れた。翌月満面の笑みで持って来たお金は、見たことがないほどの大金だった。余り大金を身近に保管するのはセキュリティ上問題だろうと、町で銀行に契約をさせられた。次からはそこにお金を入れるようにするとのこと。何しろほぼ城下町でお菓子や普段着、せいぜい東ホーウェンの町でも本や文具を買うぐらいしか使わないので、お金が貯まる一方だったが、銀行があるとは気づかなかった。利息はつかないが、カードで預けたお金を出し入れ出来る。たまに日本と同じような仕様になっていると驚いたりするが、どこの世界でも必要があればそれに沿った形で変化はあるものなのだ。
運んで来たファンレターも紙袋二つにパンパンである。ちなみにペンネームは『マーブル』である。改めて考えるのが面倒だったのもあるが、クレイドとパーシモンたちとおそろいのお菓子名である。ブーメラン発言になるので、もう彼らをからかうことは出来ないのは残念だ。
「いやーマーブル先生! 本当に素晴らしい作品をありがとうございました! 来月には南と西と北の各ホーウェン町にも並びますよ! 次の作品はいつ頃になりますか? 今月? 来月にはいただけますか? 私も次が楽しみで仕方がありませんよ」
「いえ、私は全部一人で作品を仕上げたい人間なので、今回の分量だと二、三カ月に一本ぐらいが限界です」
以前ならばPCを駆使して背景やベタなど時間の短縮も出来たので、一カ月でもそこそこのページを処理出来たが、この国ではそれが出来ないのでかなりの時間が必要になる。アシスタントを入れることをしないので、より時間がかかるのだ。
自分の作品に対して、アシスタントであっても人の手が入ることがどうしても許せないのだ。私が死なずに日本でずっとマンガ家をしていたとしても、この譲れない点をどうにも出来ない限りは週刊誌に連載出来ることはなかったと思う。こだわりが強すぎるとも思うが、一から百まで自分の力で納得の行く形で仕上げたい。これは自分の性分なので諦めるしかない。
「リリコ、そろそろ卒業生に学校の教師を任せてもいいのではないか?」
デンゼル社長の話を隣で黙って聞いていたクレイドが、私に声をかけた。
「学校の授業と下準備でかなりの時間を取られるであろうし、マンガと学校の授業、どちらにも集中出来なくなるのではないか? 専業としてやって行くべきだと私は考える。お主はプロとしてのこだわりが深いゆえ、気が削がれるのは辛かろう?」
「そうですね……実はそれも考えてました。私はあまり器用ではないので、やはり二つの仕事の掛け持ちは大変だなと。三カ月ぐらいかけて卒業生たちの中から指導に向いてそうな人を選ぼうかと。他の町と同じように三人か四人ぐらいいた方が良いでしょうし」
「そうだな。同期の人間なら私もある程度力になれる」
そんな形で、私は三カ月ほどでマンガ学校をプロにならなかった卒業生数名に託し、自分はマンガ家として専業で活動することになった。名誉職として、たまに講師をしたり相談を受けたりして欲しいという話は快諾した。
そしてまた一年が過ぎた。
専業になったお陰で私も執筆スピードが上がり、二カ月に一度四十ページ前後仕上げて発刊、というペースを安定させることが出来た。
ありがたいことに、想像も出来ない展開とか、見たことがない表現方法などと、私の人気は相当高まったが、これは単に日本でのマンガ家生活で得た知識、一日の長があるだけだ。周囲の元生徒たちも驚くほどの成長を遂げているので、うかうかしてたらすぐ取り残されてしまいそうだ。
ただ、この楽しく充実した毎日に、少しずつ影を落とすものがあった。
私へのファンレターである。
「リリコは才能がある。私はリリコの描くマンガが大好きだ。教師としてだけではなく、いつかまた描いてくれないかと願っていた」
自分の作業部屋の隣の部屋を、すぐに私の作業部屋として改装してくれ、腰の負担が少ないようにと家具職人を呼び寄せて、私の体に合わせた特注の椅子まで用意してくれた。本当に長時間座っていても腰が痛くならない素晴らしい椅子で、クレイドも仕事を始めて少しして、腰痛がひどくなったことに悩んで作ったようだ。
「私やリリコのように座って描く仕事をする人間は、長時間世話になる椅子を疎かにしてはならぬのだ。少し高くついても、後々の健康に影響するものに金を惜しんではいけないと気づいた」
としみじみとした口調で私に告げたが、痛いほど存じ上げておりますワタクシ。だがそれにしてもだ。
「ありがとうございます。大事に使いますね! ……あと、ずっとクレイドにずっと聞きたいと思っていたんですが」
「うむ、なんだ?」
「私の考える魔力……いえ魔法になるのかな? というのがですね、何というか万能で、天変地異も起こせるし傷も治せる攻撃魔法もお手の物、みたいなイメージなんですが、クレイドは自分の体調不良なんかは治せないんでしょうか?」
「そんな現実離れした力などあるはずがない。もしそんな力があったら、民が病気になっても簡単に治癒出来るではないか」
「いや、でも大雨降らせたり、土砂崩れ起こしたりするんですよね?」
「地脈を感じ取れる力があり、地盤の弱いところに力を送って崩落を早めたりすることは出来るし、雨に関しては離れている雨雲を一カ所に寄せ集めて集中豪雨のように強めたりすることも出来る。日本のマンガは確かに創造力豊かでいつも感心するが、そんなに神のごとき万能な力は持っておらぬぞ。あくまで補助というか、停滞したものを後押しするぐらいのものだ」
「ああ、そうなんですか……」
──いやね、確かに地脈感じられたりとか、まあすごいんですけど。でも何かこう、何というか魔王としての圧倒的な魔力を使うというよりも、霊感の強い人とか、天候を読めたり雨乞いをする祈祷師的な感じというか、すごさの質が違うというか。
長年植え付けられたイメージと言うものは恐ろしい。
まあ、この国が存在するのだから、他にも異世界があっても不思議ではないし、私の考えていたような魔力万能タイプや、破壊と暴虐の限りを尽くす魔王なんかもいるのかも知れないけど、少なくともホーウェン国の四人の魔王たちは普通の人と余り変わらない。魔力があるというだけで、魔力を持たない人より面倒な仕事をさせられてる疑いすらある。しかもマンガや小説に揃って傾倒してしまうお気楽な人たちである。
しかもその原因は主に私にあったりする。
……だけど勇者でもないのに、死後にそんな陰謀や裏切り、混沌の世界渦巻く危ない国に転生したい訳ではないので(勇者でも別にそんなところに来たくはないだろうけど)、少々期待外れな感覚を持ちこそすれ、過ごしやすい良い国だと感謝している。
私も今までのんびり暮らして来たので、絵の慣らしから始めることにした。どうしてもしばらく描いてなかったせいか、自分の絵が今まで以上に下手に感じたからだ。
調子を取り戻したところで気合を入れ、五十二ページものファンタジー作品に取り組んだが、学校の授業もやりつつ、全部今までのように一人で仕上げたため、完成まで二カ月以上かかってしまった。
森で見つけた木のウロに入ったら別の世界に迷い込んでしまった男の子が、出会った仲間たちと共にその国の苦境に立ち向かい、帰ることも出来たが自主的にその世界で生きて行く決意をする、という話だ。
自画自賛してしまうが、全部納得いくように描けたし、少年の家族への思いや葛藤みたいなものも描写出来たと自負している。
出来上がったのを出版社に持って行く前にクレイドに読んで貰ったら、何故かいきなりポロポロと泣かれた。
「……ごの少年が、両親への思慕を断ぢ切り、大切な仲間だちの力になるごどを選んだ気持ちが痛いほど分がっで、私は、私はっ」
「ちょっとクレイド、落ち着いて下さい。あの、これ面白かったですか?」
力強くコクコク頷いた彼に一安心し、背中を押されるような気持ちでホール出版社のデンゼル社長に持ち込んだ。
「私も久しぶりに描いてみたんですが、もし良ければ出版して頂けたらなと思いまして」
「おや、それはそれは。現役復帰ということですかな? リリコさんの作品を読むのは初めてでワクワクしますな。……ただ、私もかなりの作品を読んで目が肥えてしまいましたのでな、いくらリリコさんでも甘い評価は期待しないで下さいよ」
「それはもちろんです」
結果、デンゼル社長にもドン引きするほど大泣きされベタ褒めされた。
もしや忖度なのではという言葉が脳内をよぎったが、クレイドもデンゼル社長も、嘘が上手いタイプではないので、泣くほど感情移入出来たのだろうと素直に喜ぶことにした。
とんとん拍子に出版してもらうことが決まり、この国での処女作『秘密の森の子供たち』は翌月発売されたが、これが思った以上に売れた。翌月満面の笑みで持って来たお金は、見たことがないほどの大金だった。余り大金を身近に保管するのはセキュリティ上問題だろうと、町で銀行に契約をさせられた。次からはそこにお金を入れるようにするとのこと。何しろほぼ城下町でお菓子や普段着、せいぜい東ホーウェンの町でも本や文具を買うぐらいしか使わないので、お金が貯まる一方だったが、銀行があるとは気づかなかった。利息はつかないが、カードで預けたお金を出し入れ出来る。たまに日本と同じような仕様になっていると驚いたりするが、どこの世界でも必要があればそれに沿った形で変化はあるものなのだ。
運んで来たファンレターも紙袋二つにパンパンである。ちなみにペンネームは『マーブル』である。改めて考えるのが面倒だったのもあるが、クレイドとパーシモンたちとおそろいのお菓子名である。ブーメラン発言になるので、もう彼らをからかうことは出来ないのは残念だ。
「いやーマーブル先生! 本当に素晴らしい作品をありがとうございました! 来月には南と西と北の各ホーウェン町にも並びますよ! 次の作品はいつ頃になりますか? 今月? 来月にはいただけますか? 私も次が楽しみで仕方がありませんよ」
「いえ、私は全部一人で作品を仕上げたい人間なので、今回の分量だと二、三カ月に一本ぐらいが限界です」
以前ならばPCを駆使して背景やベタなど時間の短縮も出来たので、一カ月でもそこそこのページを処理出来たが、この国ではそれが出来ないのでかなりの時間が必要になる。アシスタントを入れることをしないので、より時間がかかるのだ。
自分の作品に対して、アシスタントであっても人の手が入ることがどうしても許せないのだ。私が死なずに日本でずっとマンガ家をしていたとしても、この譲れない点をどうにも出来ない限りは週刊誌に連載出来ることはなかったと思う。こだわりが強すぎるとも思うが、一から百まで自分の力で納得の行く形で仕上げたい。これは自分の性分なので諦めるしかない。
「リリコ、そろそろ卒業生に学校の教師を任せてもいいのではないか?」
デンゼル社長の話を隣で黙って聞いていたクレイドが、私に声をかけた。
「学校の授業と下準備でかなりの時間を取られるであろうし、マンガと学校の授業、どちらにも集中出来なくなるのではないか? 専業としてやって行くべきだと私は考える。お主はプロとしてのこだわりが深いゆえ、気が削がれるのは辛かろう?」
「そうですね……実はそれも考えてました。私はあまり器用ではないので、やはり二つの仕事の掛け持ちは大変だなと。三カ月ぐらいかけて卒業生たちの中から指導に向いてそうな人を選ぼうかと。他の町と同じように三人か四人ぐらいいた方が良いでしょうし」
「そうだな。同期の人間なら私もある程度力になれる」
そんな形で、私は三カ月ほどでマンガ学校をプロにならなかった卒業生数名に託し、自分はマンガ家として専業で活動することになった。名誉職として、たまに講師をしたり相談を受けたりして欲しいという話は快諾した。
そしてまた一年が過ぎた。
専業になったお陰で私も執筆スピードが上がり、二カ月に一度四十ページ前後仕上げて発刊、というペースを安定させることが出来た。
ありがたいことに、想像も出来ない展開とか、見たことがない表現方法などと、私の人気は相当高まったが、これは単に日本でのマンガ家生活で得た知識、一日の長があるだけだ。周囲の元生徒たちも驚くほどの成長を遂げているので、うかうかしてたらすぐ取り残されてしまいそうだ。
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私へのファンレターである。
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