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突破口
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睡眠時間を徐々にずらしていくという作戦は、最初の一週間、二週間目まではどうにかなっていたようだった。グレンは瞳も赤いのに白目の部分まで充血させていたらしいが、手足に傷を付けてでも何とか起きてはいられたようだ。ゾアの屋敷での作戦会議で、ネイサンがリンゴをしょりしょりかじりながら教えてくれた。
『……じゃがのう、本人にいくらやる気があっても、種族の本能で眠ろうとしてしまうんじゃからどうしようもあるまい。恐らくあと二、三時間もずらせたら、奴も起きていられるか正直分からんわい』
グレンは騎士団の寮に住んでいる。
普段九時には寝ていた人間が、就寝時間が毎週十時、十一時とずれていく。たまになら何とか耐えられても毎日である。仕事もそれに合わせてずらすように父が手配していたが、起きる時間はそんなに都合よくは行かず、自然にいつもと同じ時間に目が覚めてしまう。結果どんどん睡眠時間が削られる。
そして、週に二日の休みの日には、元通りの時間に倒れ込むように眠ってしまうので、せっかく耐えながらもずらせていた就寝時間もリセットされてしまうのだ。
『ワシも心配してもう諦めた方が良いのではないかと諭したんじゃが、絶対に諦めない、と頑なでのう』
「ちょっとネイサン! 勝手に諦めさせようとしないでちょうだい。エヴリンと結婚したいって言ってるグレンの応援するべきでしょうが。年ばっかり取ってて何の知恵も働かないの?」
ゾアが抗議するが、ネイサンの報告で私はひどく落ち込んでいた。
大好きなグレンと結婚したいと言うのは変わらない。
ただ、だからといって彼に無理難題を強いるのは間違っている。
「私のせいで、彼にしなくても良い苦行を強いているのよね……」
私が呟くと、ネイサンもゾアも慌てた。
『やや別にエヴリンのせいじゃないぞ。あやつが勝手に頑張っとるんじゃ』
「そうよ。グレンだって、エヴリンと結婚したいと思っているから必死にやってるんじゃないの。あなたが気に病むことはないわ」
そう慰めてはくれるが、私はただグレンと結婚したいと願っているだけで、別に何の無理もしていない。彼だけが一方的に大変なのだ。
「私も何か協力出来ることがあれば良いのだけど……」
「うーん、こればかりは何ともねえ」
私とゾアが顔を見合わせてため息を吐く。
「──ねえ、ちょっと気になったのだけれど」
少し考えていたゾアが顔を上げた。
「なあに?」
「いえほら、今までだって吸血鬼族と別の種族の結婚ってあったわよね? たまたまグレンのご両親は吸血鬼族だし、周囲の友人もそういうところは多いけれど」
「そりゃ、あるんじゃないかしらね」
「夫婦で昼夜逆転の生活を送るっていうのは、どう考えてもすれ違いが多すぎるでしょう? 今までそういう人たちの中で、少しでも生活サイクルをすり合わせるって言うか、一緒に起きていられる時間を増やそうと思った人っていなかったのかしら?」
「……言われてみたらそうよね」
『そうじゃな』
私も考え込む。同じ種族の人としか結婚しないという家は現在ではかなり少ない。吸血鬼族だけは睡眠の関係でたまたま同族同士が多いが、それだって絶対ではないだろう。恋というのは種族では測れないのだし。
『ワシはずっとカーフェイ家におるからアレじゃが、そういう夫婦もいたって不思議はないのう』
「……ネイサン、あんた少しは年の功って奴はないの? 遠くまで飛べるんだから、知識だってこの羽根を広げてちょっとは仕入れときなさいよ。全く使えないわねえ」
『これ、羽根をピロピロ広げるのはやめろゾア。年寄りは労れ。ワシだってなあ……あ』
身をよじっていたネイサンがふと動きを止めた。
「どうしたのネイサン?」
私が心配して声を掛けると、ネイサンは『思い出したわい』と呟いた。
『以前にエヴリンに何か話そうとして思い出せなかったんじゃが、今の話で思い出したぞ』
「何を?」
『エヴリンの母親、つまり前王妃だが、グレンの母親と友人だったのは知っておるか?』
「グレンのお母様から聞いたことあるわ。子供の頃は一緒に色々やらかしたとか何とか」
『アジサイもお転婆だったからの、お前と一緒で。……まあそれはエエんじゃが、アジサイとグレンの母ベリンダと、もう一人いつも一緒に遊んでいる女の子がおってな。確かマリエルと言ったか……』
「そのマリエルさんがどうかしたの?」
『その子が吸血鬼族だったんじゃが、確か母親が吸血鬼族で父親がリザード族だった』
「……なんでそんな大事なことを忘れてるの? ネイサンの頭には果物しか詰まってないのかしら? んんんー?」
『あだだだっ、ゾアよ、頭の毛は少ないんじゃ、抜かないでくれ』
ゾアに毛をむしられて情けない声を出したネイサンを抱え上げる。
「ネイサン、そのマリエルさんて人に会えるかしら?」
『すまんがワシは家を知らん。だがベリンダなら分かるじゃろ』
……もしかすると、突破口が見つかるかも知れない。
私は早速ベリンダおば様に会いに行くことに決めた。
『……じゃがのう、本人にいくらやる気があっても、種族の本能で眠ろうとしてしまうんじゃからどうしようもあるまい。恐らくあと二、三時間もずらせたら、奴も起きていられるか正直分からんわい』
グレンは騎士団の寮に住んでいる。
普段九時には寝ていた人間が、就寝時間が毎週十時、十一時とずれていく。たまになら何とか耐えられても毎日である。仕事もそれに合わせてずらすように父が手配していたが、起きる時間はそんなに都合よくは行かず、自然にいつもと同じ時間に目が覚めてしまう。結果どんどん睡眠時間が削られる。
そして、週に二日の休みの日には、元通りの時間に倒れ込むように眠ってしまうので、せっかく耐えながらもずらせていた就寝時間もリセットされてしまうのだ。
『ワシも心配してもう諦めた方が良いのではないかと諭したんじゃが、絶対に諦めない、と頑なでのう』
「ちょっとネイサン! 勝手に諦めさせようとしないでちょうだい。エヴリンと結婚したいって言ってるグレンの応援するべきでしょうが。年ばっかり取ってて何の知恵も働かないの?」
ゾアが抗議するが、ネイサンの報告で私はひどく落ち込んでいた。
大好きなグレンと結婚したいと言うのは変わらない。
ただ、だからといって彼に無理難題を強いるのは間違っている。
「私のせいで、彼にしなくても良い苦行を強いているのよね……」
私が呟くと、ネイサンもゾアも慌てた。
『やや別にエヴリンのせいじゃないぞ。あやつが勝手に頑張っとるんじゃ』
「そうよ。グレンだって、エヴリンと結婚したいと思っているから必死にやってるんじゃないの。あなたが気に病むことはないわ」
そう慰めてはくれるが、私はただグレンと結婚したいと願っているだけで、別に何の無理もしていない。彼だけが一方的に大変なのだ。
「私も何か協力出来ることがあれば良いのだけど……」
「うーん、こればかりは何ともねえ」
私とゾアが顔を見合わせてため息を吐く。
「──ねえ、ちょっと気になったのだけれど」
少し考えていたゾアが顔を上げた。
「なあに?」
「いえほら、今までだって吸血鬼族と別の種族の結婚ってあったわよね? たまたまグレンのご両親は吸血鬼族だし、周囲の友人もそういうところは多いけれど」
「そりゃ、あるんじゃないかしらね」
「夫婦で昼夜逆転の生活を送るっていうのは、どう考えてもすれ違いが多すぎるでしょう? 今までそういう人たちの中で、少しでも生活サイクルをすり合わせるって言うか、一緒に起きていられる時間を増やそうと思った人っていなかったのかしら?」
「……言われてみたらそうよね」
『そうじゃな』
私も考え込む。同じ種族の人としか結婚しないという家は現在ではかなり少ない。吸血鬼族だけは睡眠の関係でたまたま同族同士が多いが、それだって絶対ではないだろう。恋というのは種族では測れないのだし。
『ワシはずっとカーフェイ家におるからアレじゃが、そういう夫婦もいたって不思議はないのう』
「……ネイサン、あんた少しは年の功って奴はないの? 遠くまで飛べるんだから、知識だってこの羽根を広げてちょっとは仕入れときなさいよ。全く使えないわねえ」
『これ、羽根をピロピロ広げるのはやめろゾア。年寄りは労れ。ワシだってなあ……あ』
身をよじっていたネイサンがふと動きを止めた。
「どうしたのネイサン?」
私が心配して声を掛けると、ネイサンは『思い出したわい』と呟いた。
『以前にエヴリンに何か話そうとして思い出せなかったんじゃが、今の話で思い出したぞ』
「何を?」
『エヴリンの母親、つまり前王妃だが、グレンの母親と友人だったのは知っておるか?』
「グレンのお母様から聞いたことあるわ。子供の頃は一緒に色々やらかしたとか何とか」
『アジサイもお転婆だったからの、お前と一緒で。……まあそれはエエんじゃが、アジサイとグレンの母ベリンダと、もう一人いつも一緒に遊んでいる女の子がおってな。確かマリエルと言ったか……』
「そのマリエルさんがどうかしたの?」
『その子が吸血鬼族だったんじゃが、確か母親が吸血鬼族で父親がリザード族だった』
「……なんでそんな大事なことを忘れてるの? ネイサンの頭には果物しか詰まってないのかしら? んんんー?」
『あだだだっ、ゾアよ、頭の毛は少ないんじゃ、抜かないでくれ』
ゾアに毛をむしられて情けない声を出したネイサンを抱え上げる。
「ネイサン、そのマリエルさんて人に会えるかしら?」
『すまんがワシは家を知らん。だがベリンダなら分かるじゃろ』
……もしかすると、突破口が見つかるかも知れない。
私は早速ベリンダおば様に会いに行くことに決めた。
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