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え、続けるの?
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よく眠れないまま夜が明け、もう起きようとベッドから降りて化粧室で顔を洗い歯磨きをする。
朝食の際、いつもはあれこれ話し掛けて来る父が、珍しく寡黙である。もしかすると私に気を遣っているのかも知れない。
朝食を済ませ、あの悪夢のような丸薬をどう処分したものかと考えていると、メメが私の方へ近づいて来た。
「エヴリンお嬢様、グレン様がお見えになりました」
「え? ……そう、通してくれる?」
そうか。彼もやっぱり早く断りを入れたいんだわ。そりゃあそうよね。
私はため息を吐いた。
「失礼致します」
食堂へ入って来たグレンは昨夜、自分が丸薬を飲んだ後で倒れたと医者から聞いて慌てたらしい。父と私に深々と頭を下げた。
「大変申し訳ありませんでした! 私としたことが何という体たらく……ご迷惑をお掛けしてお詫びの言葉もございません」
「良いのよ。アレが相当マズいらしいのは皆が把握しているの。肝を混ぜたものは誰も経験がないのだけれど、原料から想像は出来るわ」
「──うむ。ミラークの葉ですら相当なものだったからな。私もまさか気を失うほどとは思わず、無理強いをしてすまなかった」
「いえ、お陰であの薬が効果があることが分かりましたから、私も嬉しいです!」
「……え?」
「……どういうことだ?」
何だか様子がおかしい。私は首を傾げた。あんな恐ろしい丸薬はもう飲めないから婚約については慎んで辞退する、みたいな流れになるのではないのかしら?
父と私の不思議そうな様子を見て、言葉足らずですみません、と続けた。
「その、私は記憶が途切れているのですが、倒れてから自室のベッドに運ばれていたようで、目覚めたのが今朝の六時前だったのです」
「……はあ」
ピンと来ていない様子の私たちに、
「お分かりになりませんか? 夜、いくら頑張ってもベッドに横たわるだけで全く眠れなかった私が、【夜】に眠ったんです!」
「──ああ!」
いや眠れたのではなく気を失っていたのでは、と一瞬思ったが、本人がとても嬉しそうだったのでそこには触れずにおいた。
「なるほど……言われてみれば確かにそうだな。まあ起きてはいなかったし」
父も何か言いたげではあったが、頷いて見せる。
「もちろん一度飲んだだけですし、昼間に眠くならない保証はありませんが、強制的に眠りに落ちたことで、少しずつ昼間の睡魔も堪えられる時間が増えるのではないか、とかように考えます」
「あの……グレン、間違っていたら申し訳ないけれど、まさかこれからもあの丸薬を飲むのを続けるつもりなのかしら? 倒れて記憶が飛ぶほどの辛い思いをしたのに?」
私はとても信じられないような気持ちで確認をした。
グレンは私を真っ直ぐ見つめて頷いた。
「当然です。私は期限内に昼間に執務をこなせるようにならねば、エヴリン姫との結婚以前に、婿になれる資格すらないのですから」
当たり前のように返されて、ああそう言えば彼は昔から目標のための努力を惜しまないタイプだったわ、と思い出した。自分にも他人にも誠実なのである。そこも好きなところなのだけど……。
「……男に二言はないぞ。本当に続けるのだな? 今ならその……ミラーク一年間でも認めてやらなくもないが」
父が珍しく譲歩案を出した。前回の経験がよほど辛かったらしい。
「続けます。そんなに長い時間を掛けてエヴリン姫との結婚が遅れることも、お待たせすることも私は望みません」
「そうか……分かった。思っていたより骨がある男だったな」
父は苦笑すると、席を立った。
「──だが今日も鍛錬以外は勉強してもらうぞ。ビシビシしごかせてもらう」
「了解致しました」
私は父を見送ると、グレンに改めてお礼を言った。
「本当にごめんなさい。でもありがとう。本音を言うとね、私はもうあの薬を飲みたくはないだろうと諦めていたの」
「……まあ確かに強烈でしたね。はははっ、何しろ飲み干そうとしたら丸薬の味が水に溶けてあまりの苦みで息が止まりましたから。吐き出しそうになるの我慢して、何とか押し込んだはいいものの、そのまま気が遠くなって……」
でも、と綺麗なルビー色の瞳で私を優しく見つめた。
「ここ何年も味わえなかったエヴリン姫のお手製の品なのですから、大切に飲ませて頂きます」
「グレン……」
この人は本当に私をどこまで惚れさせれば気が済むのだろうか。
「それでは、陛下のところに参ります。あ、こちらの瓶は頂いて行きますね」
グレンは笑顔で丸薬の瓶を抱えると、一礼して食堂を出て行った。
私は笑みを浮かべ、背後を振り返る。
「……ねえメメ、グレンって本当にいい男じゃない?」
「さようでございますね。あの毒物と変わらないような丸薬を平気で飲み続けようだなんて、とても正気の沙汰とは思えませんが」
「一カ月……耐えられるかしら」
「どうでしょうねえ。本人の気力次第ですわね。二人で陰ながら応援いたしましょう」
「例え結果はどうあれ、挑戦してくれるだけで一生感謝しなくちゃね」
昨夜あれだけ悩んでいたのは何だったのかとも思うが、それもこれもグレンの包容力あってこそである。
──だけどお願いします神様、無事に最後までやり通せますように。
朝食の際、いつもはあれこれ話し掛けて来る父が、珍しく寡黙である。もしかすると私に気を遣っているのかも知れない。
朝食を済ませ、あの悪夢のような丸薬をどう処分したものかと考えていると、メメが私の方へ近づいて来た。
「エヴリンお嬢様、グレン様がお見えになりました」
「え? ……そう、通してくれる?」
そうか。彼もやっぱり早く断りを入れたいんだわ。そりゃあそうよね。
私はため息を吐いた。
「失礼致します」
食堂へ入って来たグレンは昨夜、自分が丸薬を飲んだ後で倒れたと医者から聞いて慌てたらしい。父と私に深々と頭を下げた。
「大変申し訳ありませんでした! 私としたことが何という体たらく……ご迷惑をお掛けしてお詫びの言葉もございません」
「良いのよ。アレが相当マズいらしいのは皆が把握しているの。肝を混ぜたものは誰も経験がないのだけれど、原料から想像は出来るわ」
「──うむ。ミラークの葉ですら相当なものだったからな。私もまさか気を失うほどとは思わず、無理強いをしてすまなかった」
「いえ、お陰であの薬が効果があることが分かりましたから、私も嬉しいです!」
「……え?」
「……どういうことだ?」
何だか様子がおかしい。私は首を傾げた。あんな恐ろしい丸薬はもう飲めないから婚約については慎んで辞退する、みたいな流れになるのではないのかしら?
父と私の不思議そうな様子を見て、言葉足らずですみません、と続けた。
「その、私は記憶が途切れているのですが、倒れてから自室のベッドに運ばれていたようで、目覚めたのが今朝の六時前だったのです」
「……はあ」
ピンと来ていない様子の私たちに、
「お分かりになりませんか? 夜、いくら頑張ってもベッドに横たわるだけで全く眠れなかった私が、【夜】に眠ったんです!」
「──ああ!」
いや眠れたのではなく気を失っていたのでは、と一瞬思ったが、本人がとても嬉しそうだったのでそこには触れずにおいた。
「なるほど……言われてみれば確かにそうだな。まあ起きてはいなかったし」
父も何か言いたげではあったが、頷いて見せる。
「もちろん一度飲んだだけですし、昼間に眠くならない保証はありませんが、強制的に眠りに落ちたことで、少しずつ昼間の睡魔も堪えられる時間が増えるのではないか、とかように考えます」
「あの……グレン、間違っていたら申し訳ないけれど、まさかこれからもあの丸薬を飲むのを続けるつもりなのかしら? 倒れて記憶が飛ぶほどの辛い思いをしたのに?」
私はとても信じられないような気持ちで確認をした。
グレンは私を真っ直ぐ見つめて頷いた。
「当然です。私は期限内に昼間に執務をこなせるようにならねば、エヴリン姫との結婚以前に、婿になれる資格すらないのですから」
当たり前のように返されて、ああそう言えば彼は昔から目標のための努力を惜しまないタイプだったわ、と思い出した。自分にも他人にも誠実なのである。そこも好きなところなのだけど……。
「……男に二言はないぞ。本当に続けるのだな? 今ならその……ミラーク一年間でも認めてやらなくもないが」
父が珍しく譲歩案を出した。前回の経験がよほど辛かったらしい。
「続けます。そんなに長い時間を掛けてエヴリン姫との結婚が遅れることも、お待たせすることも私は望みません」
「そうか……分かった。思っていたより骨がある男だったな」
父は苦笑すると、席を立った。
「──だが今日も鍛錬以外は勉強してもらうぞ。ビシビシしごかせてもらう」
「了解致しました」
私は父を見送ると、グレンに改めてお礼を言った。
「本当にごめんなさい。でもありがとう。本音を言うとね、私はもうあの薬を飲みたくはないだろうと諦めていたの」
「……まあ確かに強烈でしたね。はははっ、何しろ飲み干そうとしたら丸薬の味が水に溶けてあまりの苦みで息が止まりましたから。吐き出しそうになるの我慢して、何とか押し込んだはいいものの、そのまま気が遠くなって……」
でも、と綺麗なルビー色の瞳で私を優しく見つめた。
「ここ何年も味わえなかったエヴリン姫のお手製の品なのですから、大切に飲ませて頂きます」
「グレン……」
この人は本当に私をどこまで惚れさせれば気が済むのだろうか。
「それでは、陛下のところに参ります。あ、こちらの瓶は頂いて行きますね」
グレンは笑顔で丸薬の瓶を抱えると、一礼して食堂を出て行った。
私は笑みを浮かべ、背後を振り返る。
「……ねえメメ、グレンって本当にいい男じゃない?」
「さようでございますね。あの毒物と変わらないような丸薬を平気で飲み続けようだなんて、とても正気の沙汰とは思えませんが」
「一カ月……耐えられるかしら」
「どうでしょうねえ。本人の気力次第ですわね。二人で陰ながら応援いたしましょう」
「例え結果はどうあれ、挑戦してくれるだけで一生感謝しなくちゃね」
昨夜あれだけ悩んでいたのは何だったのかとも思うが、それもこれもグレンの包容力あってこそである。
──だけどお願いします神様、無事に最後までやり通せますように。
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