何をすれば良い?[なんでも屋の日常]

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竜の嫁?入り

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 スパコーン!

 襖を取り払われた三十六畳の大広間に、不似合いな音が鳴り響く。

「へぇ、テレビでしか聞いたことなかったですが、本当に良い音がするんですねぇ」

 広間の端で様子を見ていた徳武 総二郎が感心したように口を開く。

「総二郎さん、総二郎さん、何、呑気な事言ってるんですか?止めてくださいよ」

「えー、僕じゃ無理でしょ。神部くんに任せておきましょうよ」

「しかし…」

 印を結び、結界の維持に努めている社長の二本松 久志が心配そうに、部屋の中央に目を向ける。
 部屋の中央には、ボサボサの長い髪に、漆黒の着流しの人形ひとがたのモノが、頭を抱え踞っている。そして…

『いたい…』

 声に出した訳ではなさそうだが、皆が、認識した。

 へぇ、痛いんだ。

 父親を助け、結界を維持する印を結んでいる梓がそんなことを思い、楽しむように微笑みながら、踞っているモノと、その横に立つ神部 良人を見た。

「あんた、それでも神か…ああ、元は邪神だったか?それにしても、今の時代、取り殺そうとするのは流行らねーんだよ」

 右手に持ったスリッパをペシペシと左手に打ち付けながら、そんなことを言う神部に、何でも屋の面々は「流行り、関係ないから!」と心の中で突っ込みながらも、口を開くのを我慢し、成り行きをみている。

『殺そうなどとは…していない…』

「ああ?来た早々、取り込もうとしたじゃねーか。何、しらばっくれてるんだ!」

 スパコーン

 再び振り下ろされたスリッパが、ボサボサ頭に当たり、良い音を響かせる。

「あっ…!」

 思わず声を出してしまった辻が、隣の保坂に睨まれて、口をつぐむ。

『いたい…』

 踞りながら、頭をさすり、人形のモノは少し形が崩れてきた。

「あ、コラ!逃げるな!コッチは、迷惑してるんだ。ちゃんと落とし前つけてから帰れ」

『は、離せ…』

 襟を持たれジタバタと暴れるが逃げ出す事が出来ない事に気付き、ボサボサ頭は初めて神部の方に目を向けた。

『な、何者だ?人ではないのか?』

「人だよ」

『し、しかし、ワレを止めるとは、どういう事だ?』




 五月上旬、ゴールデンウィーク最終日、その日は、朝から暗雲が立ち込め、肌寒く、ゴールデンウィーク中の疲れと、明日からの事を考え人々の気力を奪っていた。
 そんな中、朝から忙しく働く者達がいた。

「ただいま、体育館に結界張ってきたよー」

「ただいまぁ」

 何ものにも左右されない、元気娘の梓が『何でも屋』の引き戸を、スパーンと元気よく開け、保坂と腕を組んで戻ってきた。

「二人ともご苦労様。皆、二階に居るから、梓も保坂くんも、上がっていて下さい」

「はーい、基ちゃん、行こ!」

「おい、そんなに急ぐと危ないぞ」

 娘とその恋人を暖かい目で見送り。

「さて、後は、総二郎さん達が来ればよいだけですね」

 ポツリと社長が呟けば、それを、聞いていたかのように、今度は、カラリと小さな音をたて引き戸が開かれ、白髪だが、顔つきは若そうな男性が顔を覗かせた。

「総二郎さん、待ってましたよ。彼らは?」

「ああ、連れてきたよ」

 総二郎と呼ばれたスーツ姿の男性は、引き戸を大きく開けて、後ろにいた二人の少年…年齢的には、少年だが、黒のタートルネックのセーターにジーンズ、ゴツいブーツ姿で、左耳をガーゼで覆い、首や左手にも包帯が巻かれた少年は、青年と言っても良い顔つきや体つきをしている。が、挨拶する声は小さく、どこか怯えているようにも見える。

 もう一人は、大きめのフリース素材の青のパカーにブラックジーンズ、スニーカー姿で、背も低く、顔の輪郭も丸みを帯びて、まだ子供らしさを残している。
 更に、少し長い髪をして、睫毛が長く、パチリとした目や、少し拗ねているようにつぐまれた口のせいで、初対面では、女の子に間違われる事もあるという。
 こちらも、元気があるとは言えず、戸惑いながら挨拶をする。

 前者が社長の甥っ子の和田 正志 十九歳、後者が、今回、問題にされている杉浦 充 十八歳だ。

「よく来てくれました。準備は整っているので、二階に上がって下さい」

「こっちだよ」

「…伯父さん…オレも行かないとダメなの?」

 総二郎に連れられ二階に上がる充をみながら、正志が顔を歪めて、叔父である久志に聞いてくる。

「知らずに手を出して、その程度の怪我で済みましたが、本来なら、もうこの世に居なかったかもしれないのですよ。自分が手を出した相手を、しっかりと見ておいた方が良いと思うので呼びましたが…無理強いはしません。ここで、待っていますか?」

「…伯父さんが相手をするの?」

「いえ、私は、補助ですよ。封印するにしても、然しも竜神さまですから、私一人では無理ですね。しかし、神部くんと保坂くんに、梓も居ますからね。悪いことにはならないでしょう」

「チッ…梓か…。オレも行くよ」

 顔をしかめて娘の名前を口にする甥っ子を、一瞬、睨み付けるが…実際に、正志が思い浮かべているのは、母親である志織の姿であることに気づき、困ったものだと、息を吐く。

 そして、この日の為に準備した部屋に、竜神様を御迎えしたのだが…

 
 スパコーン!

「だから、何で、抱きつこうとするんだよ!」

 神部が支える山神さまの話では、竜神は性別が決まっておらず、気に入った人間に合ったモノになり現れると聞いていた。
 今回、加護を持つものは、男だから、女性の人形ひとがたで現れると思っていたのに、白い煙と共に現れ出たのは、着流しでボサボサ頭、長身でもあり、どう見ても男性の人形だ。

「神部くん、スリッパは不味いです」

「手ならいいんですか?」

「いえ、そういうわけでは…、仮にも、竜神さまなんですから、穏便にお願いします」

「社長達が、そんな風だから、コイツが、付け上がるんですよ」

「いや、だから、スリッパで、つつくのもやめて下さい」

「しょうがないですね」
 
 神部は、ボサボサ頭の竜神の襟首を持ったまま、ため息をついたあと、ジロリと睨み付けた。

「じゃぁ、殺そうとしたんじゃないっていうなら、何しようとしたんですか?竜神さま!」

『…抱きつきたかっだけだ』

「それで、巣穴にでも連れ込んでしゃぶ…」

「か、神部くん!ストップ!梓も居ますから!」

 先程から、神部と社長のやり取りが漫才の様になっているのを、面白がっていたが、オチが無さそうなので、保坂は間に入ることにした。

「どうやら、連れ去りたい訳ではなさそうだよ」

 保坂の言うことを聞き、ボサボサ頭の竜神は、コクコクと頷いてみせる。

「信用できるか!」

「待った!叩くのは止めろ」

 また、スリッパを上げた神部を押さえ、保坂は、竜神に視線を向けて「観ているだけでは、気味悪がられて、嫌われますよ」と、呟いた。

 ボサボサの長い髪で顔がよく見えない上に、俯いていた竜神は、その言葉に反応し勢いよく顔を上げた。

「きゃーっ」

 梓が、何を思ったのか、印を解き、竜神に駆け寄った。それを見て、久志は慌てたが…

 あれ?力が抑えられてる。どういうことだ?

「もうちょっとよく見せてくださいよ」

 久志の戸惑いに気づかず、梓は、竜神の髪を上げ顔を見たが手を払われる。

「超カッコいい!充さんも見た?」

「あ、はい…」

「どう?」

「え?」

「好きなタイプの顔?」

「え、ええ!ど、どういうことですか?」


  ☆☆☆☆

 僕、杉浦 充は、二年前の夏休みから、異常な気象変化に悩まされた。父親と兄が、何かに祟られているのかもしれないと、いろいろな情報を集め、たどり着いたお祓い師に頼んだのだが、強力過ぎて手も足も出ないと言われた。しかし、そのお祓い師が「杉浦家は運が良い」と、近くのの山間部にある集落の神社を紹介された。
 話を聞いた神主は、準備が必要だと言った。大学受験で家を出る事になっているから、急いで欲しいと話をすると、大学名を聞きちょうど良いと、下宿先まで紹介してくれた。
 ただ、準備がいつ出来るのかは、相手次第と言われた時は、信用して良いのだろうかと心配になった。
 そして、恐れていたことが現実になった。理由は分からないけど、大学に入って直ぐに近付いてきた先輩が、落雷に巻き込まれ病院に運ばれた。
 病院に運ばれたことで分かったのだが、その先輩は、お祓いを頼んだ神社の関係者だった。そして、僕に付いているとされる竜神さまの力を寄越せと迫られた。
 そう言われても…竜神?力?なんのことなのか僕には分からなかった。
 そして、更に、神主さんの息子だという二本松 久志という、おじさんが現れ、僕にいろいろ説明してくれた。
 そして、今日、準備が出来たからと、山の中にある二本松さんの会社に連れてこられたのだけど…

「ちょっと、驚いたけど、今の時代そんなに気にしなくて大丈夫よ。で、どうなの?好みのタイプ?それとも、嫌いな感じ?」

「え、あの、梓さん?言っている意味が分からないのですが」

「あれ?違うの?」

 戸惑う僕をよそに、久志さんの娘だという梓さんが、妙な儀式で現れ出たボサボサ頭の変な男に向かって「違うらしいですよ。どうして、その姿なんです?」と質問してる。

「そうなんですか?」

 男が何を言っているのか、僕には分からないけれど、梓さんは、首をかしげ、また、僕の方を向く。

「充さんって、女性恐怖症ですか?」

「え?あ、いや…」

 そんなハッキリ聞かれたことはないし、自分で自覚しているかと言えば、何となくと言う程度で、言い切れる程ではない。ただ、三つ上と二つ上の姉が、僕を着せ替え人形の様にしていたことで、姉達がスゴい苦手な存在になっていて、姉達の様に、押しの強い女の子には、苦手意識がある。だから、目の前にいる梓さんも、実は苦手なタイプだ。

「そんなハッキリ決めつけはよくないよ。ちょっと、苦手な人がいるというだけじゃないの?」

 梓さんの隣に立つ男性がそう言って、近すぎる梓さんを、少し離してくれた。
 背が高く、優しそうな人で、確か、保坂 基さんと言っていた。ちょっと、兄さんに似てるなっと、思ったら、目の前に、ボサボサ頭の男のが迫ってきた。

 スパコーン

 この会社の社員だという神部さんが、さっきから、竜神さまだという男の人が、僕に近づこうとするとスリッパで叩くのだけど、本当によい音がする。
 でも、竜神さまって、神様だよね?そんな風に叩いて良いの?

「抱きつき禁止だ。近くに居たいのなら、杉浦くんの望む姿になり、見守るだけだ。余計な力は必要ない!」

 ボサボサ頭の竜神さまは、神部さんの言葉を聞きコクりと頷いた。

 ん?それって?

「え、ちょっ、ちょっと、待ってくださいよ。この人が、僕の近くにって、どういうことですか?」

「この竜神さまが、杉浦くんの事を気に入ったから、一緒に居たいんだって、そして、一緒に居させてくれるなら、このところの異常気象を無くしてくれると言うんだよ。迷惑かけないように指導するから、OKしてくれるよね」

 う、竜神さまの首に腕を回し、二人?で近付いてきた圧がスゴい…

 思わず頷いてしまった。

 脅しだよな…

「はい、決定!社長、結界解いて戻りましょ。疲れたんで、お茶でも飲みながら、今後のこと決めましょう。あ、総二郎さん所は、大丈夫ですか、コイツ引き取れます?」

「か、神部くん、コイツ呼ばわりも止めましょう」

「えー」

 もう、何なんだろうか、僕の頭ではついていけない…








 
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