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第一部〜ランゲ伯爵家〜
見て見ぬ振りした想い〜オスヴァルト①〜
しおりを挟む「叔父さん、まだ結婚しないの?」
産まれた時から可愛がる甥っ子の言葉に、オスヴァルトは顔を顰めた。
「ゔっ。……い、いいだろ、別に……」
痛いところを突かれた、と気まずげに顔をそらす。
ランゲ伯爵家当主であるディートリヒの弟のオスヴァルトは、齢26にして未だ独り身で、浮いた話の一つ無かった。
それを7歳の甥っ子に心配されているのだ。
「ま、仕方ないよね。お母様以上に素敵な女性ってなかなかいないだろうし」
オスヴァルトの心臓が跳ねる。
甥っ子の発言が彼の心を抉った為だ。
「ま、まままま待て、ジーク、待って。はっ?な、なニ言ってンの?義姉上よりって、は?」
甥っ子の母親──つまり、自身の兄の妻は絶世の美女である。
自身が尊敬し、敬愛してやまない兄と愛し合う理想の夫婦。
互いに想い合い、慈しみ、堅い絆で結ばれた二人。
そんな二人はオスヴァルトの憧れでもあった。
──無意識に目で追うくらいに。
「でもね、お母様にはお父様がいるんだよ」
子どもの言葉は時に的確に大人を抉る。
「し、知ってるし!知ってるし!!
…………分かりやすいか?」
「バレバレだよ。気付いてないのお母様くらいじゃない?」
「甥っ子にも気付かれてるって……」
「叔父さん頑張ってよ。お母様は無理だけど」
「知ってるし!言われなくても分かってるし!」
あの日。
初めて兄の妻に出逢った時。
当時のオスヴァルトは兄を敬愛していた為その妻になった女性を見極めようと暇を見付けて帰宅した。
騎士団の寄宿学校に入っていた為数年ぶりの帰宅だった。
目的の女性を見付けるなり「俺は認めないからな!」と怒鳴るオスヴァルトに、兄の妻は毅然とした態度で「挨拶が先でしょう!?」と言い放った。
義姉となったのは普段社交界に出入りしていないオスヴァルトでも噂を耳にした事がある女性。
自分の一つ年下で、美女だけど態度が悪い。
だから初対面で舐められないよう不遜な態度になったのは否めない。
だが元王太子の婚約者だった彼女は、そんなオスヴァルトを窘め、きちんと挨拶ができるとふわりと笑った。
一瞬にして心を持って行かれそうになったが、後に兄と仲睦まじくしている様を見て、しっかり取り返した気でいたのだ。
その後甥が産まれ、兄が留守の時に甥の世話をしている時、気安い会話ができるまでになった。
それからも長期休みの度帰宅し、寄宿学校を卒業して騎士になってからは休みの度に伯爵邸に訪れる。
表向きの目的は甥っ子と遊ぶ為。
実際オスヴァルトは甥っ子であるジークハルトとよく一緒にいるし、剣の鍛錬の真似事や勉強を見る事もよくある。
だが、そんな叔父をジークハルトはずっと見てきた。
見てきたから気付いてしまった事がある。
それは、叔父自身自覚が無いもの。
──いや、あっても否定せざるをえないもの。
絶対認めてはいけない。
自分のために、母の為に、父の為に。
そして、叔父の為にも。
だから、ジークハルトは叔父に釘を差す事にした。
子どもの無邪気な言葉なら聞いてくれると思って。
そんな甥の気遣いに、オスヴァルトは自分が情けなく感じた。
ただの理想だ。
理想が具現化しているから憧れているだけ。
そう、思い込んで。
ずっと否定して。
ずっと、無くなってくれないそれ。
「……ジーク、ごめん。情けないよな。……大丈夫だから。君の両親の仲は誰もが知ってる。誰にも壊せない。俺も……壊すつもり無いから。……ごめんな、こんな叔父さんで……」
あまりの居たたまれなさにオスヴァルトは両手で顔を覆った。
意識して追いやっても無意識に追い掛ける。
オスヴァルトは不毛な想いを抱えていたのだった。
幸い対象であるカトリーナは全く気付いていない。
カトリーナは自分の夫、そして可愛い子ども達しか見ていない。
そして彼女の夫であるオスヴァルトの兄ディートリヒは、これ以上無いくらいに妻を愛し、家族を愛している。
誰にも邪魔する隙は無い。
子が3人産まれても、未だに二人の世界に浸り、甘い空気を出す。
互いを思いやるその姿は王都で知らない者はない。
いつも笑顔の義姉。
時に厳しく、しかし優しく接してくれる義姉。
それは親族として、夫の弟として。
息子を可愛がる叔父に対してとしての態度以上のものはなく。
それがオスヴァルトにとって嬉しくもあり悲しくもあり。
その程度の想いなど。
「大丈夫だ」
その言葉と共に飲み込んだ。
かの人は気付かなくても、兄は弟の気持ちに薄々気付く。
「オスヴァルト。カトリーナはだめだ。
カトリーナだけはだめなんだ」
真面目に、切実に訴えるような目で弟に言う。
「兄……上」
「気持ちを伝えるのもだめだ」
「…………」
「カトリーナを煩わせるなら、もうここには来てはいけない」
「──それ、……は」
元より気持ちは伝えるつもりはない。
だが、迷惑になるのならば来ない方がいいのかもしれない。
だが、会えなくなると思うとオスヴァルトの胸はぎゅっと痛んだ。
「思ってる以上に酷い──」
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