10 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜
辺境での出逢い〜オスヴァルト②〜
しおりを挟む伯爵邸に行かなくなって数カ月。
オスヴァルトは普段は騎士団の寮で生活している。
自分の今後を。
身の振り方を。
考える時間が必要だった。
とはいえ、一度芽生えた想いは簡単には無くならない。
簡単に失くせるくらいならとっくに割り切っている。
そんな時、リーデルシュタイン辺境伯領より助っ人の依頼が騎士団に舞い込んだ。
盗賊団が力を付けてきている為、騎士団に応援要請が来たのだ。これを機に一気に片付けたいらしい。
だが王都を留守にするわけにもいかず、騎士団長は残り、辺境伯領へは副団長率いる一団が向かう事になる。
騎士副団長はディートリヒ・ランゲ。
救国の英雄、王国の盾などと称される彼が未だに副団長の地位なのは彼が事務仕事が苦手だから、というのは有名な話。
机に向かって作業させるより、部下の訓練をさせた方が良いと、騎士団長のディアドーレ侯爵も納得している。
辺境へ向かう一団に、オスヴァルトの名前もあった。
自ら志願したのだ。
あの日以来、ディートリヒとオスヴァルトはまともに話せていない。
騎士団で事務的な会話はあれど、一言二言必要最低限にとどまる。
ディートリヒは言い過ぎた、とは思わない。
愛する妻は美しく、自身より8つ年下でまだ若々しい。
子を三人産んだとは言え年々美しさと可愛らしさが増すようで目が離せない。
妻を疑う事は微塵も無いが、そんな妻に懸想する自分より若くて頼りがいがある男がそばにいれば不安にもなる。
弟を信じていないわけではないが、本音を言えば妻に近寄る男は自分以外いらないとさえ思うくらい、溺れてしまっている。
年齢で言えば。
騎士団にいる限り。
妻より自分が先に逝くだろう。
その後でも誰も近寄ってほしくないという狭量さにディートリヒは常に苦悩していた。
「ようこそお出でくださいました。救国の英雄が来て下さったならば民も安心致しましょう」
「王都を留守にするわけにいかず、一団のみで申し訳無い。尽力するゆえ、よろしく頼む」
辺境伯と騎士副団長が握手を交わす。
その後二人は話し合いの為辺境伯邸へと入って行くが、オスヴァルトたち団員は当面の宿舎である辺境伯別邸へ向かった。
ぼんやりと荷解きをしながら考える。
今頃義姉上は夫がいなくて寂しくしていないか。
甥っ子はしっかり訓練しているだろうか。
だがそんな考えは親族なだけの自分のものではないとオスヴァルトは頭を振って追いやる。
「……ません!聞いてますか!?」
そこへよく通る女性の声がした。
一気に意識が浮上する。
「……っ、すみません、何でしょうか」
顔を上げるとそこに、茶色い髪、燃える炎のような瞳の女性が立っていた。
「さっきから呼んでるのにぼーっとしないで下さい。王都の温い警護騎士のままでいてもらってはこの辺境では命取りになりますよ」
よく通る声で話すその女性は、オスヴァルトをきっと睨みつけた。
「す、すまん……。気を引き締める」
決して王都の警護が温いとは思わないが、オスヴァルトは覇気なく答えた。
考え事に耽っていては敵を前にすれば命取りであるのは変わらないからだ。
「お願いします。無駄に命を失ってほしくありませんので」
ふっ、と緩むその笑顔。
陽の光に反射してオスヴァルトの眼に眩しく映る。
「それで、呼んでたのは遠征についてなんですが」
想い人に似ても似つかぬ容姿に戸惑ったが、その女性の姿が彼に焼き付く。
「……だから、聞いてますか!?いい加減腑抜けるのは止めて頂けますか?」
その女性に見惚れ、ぼーっとしてしまった彼に眉を吊り上げた女性の顔が映る。
「す、すみません。あなたに見惚れて……あ、いや、その、」
思いがけない言葉に、女性はきょとんとして。
一瞬にしてぼっと顔を赤らめた。
「な、ななななな、い、いきなり、あっ、あなたは何、何言って、ばっ、もっ、」
真っ赤になった顔の前で手を払い、熱を逃がそうとする女性を、オスヴァルトは素直に可愛いと思った。
「…………」
自分には想い人がいて、抱いてはいけない想いではあるけれど失くなりもしない想いで。
だと言うのに目の前にいる名も知らぬ女性を可愛いと思う。
これは裏切りになるのだろうか。
不誠実になるのだろうか。
そんな事を考えながら口を開く。
「君の、名前は……」
未だに顔を真っ赤にした女性に問いかける。
「テ……テレーゼ……」
「テレーゼ……」
当たり前だが想い人とは違う響き。
名を聞いてどうしようと言うのか。
そこまで思い、オスヴァルトは我にかえる。
「あ……すまない。仕事中だよな。遠征の、なんだっけ」
「あ、はい、そうです!遠征中の備蓄についてなんですが、あの……
ま、また来ます!失礼します!」
テレーゼは、ばっと頭を下げ、ばっと頭を上げると。
くるりと踵を返し一目散にその場をあとにした。
「あ……」
あとに残されたオスヴァルトは、複雑な思いを抱えたまま荷解き作業に戻る。
その様子を他の団員達は
『俺達がここにいる事忘れてるよなぁ』と、存在を消しながら見ていることに、テレーゼの姿が焼き付いたオスヴァルトが気付く事は無かった。
46
あなたにおすすめの小説
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる