11 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜
辺境に来た理由〜オスヴァルト③〜
しおりを挟む辺境に来て一ヶ月が経過した。
あれから盗賊団は行方をくらまし、捜査は難航していた。
「英雄が来たから怖じ気づいたんでしょう」
「面目ない。肩書が仇になるとは……」
「なに、気になさらず。こちらこそ奥方の元へすぐに帰せずすまない」
「いや……すまない。気になさらずに……」
頬を染めて戸惑うディートリヒを、辺境伯は豪快に笑う。
ソファに腰掛ける二人の後ろに立つオスヴァルトら平隊員は、表情を崩さないように引き締めていた。
(こんな辺境にまで兄上夫婦の仲は知れ渡っている)
二人の仲の良さは伯爵邸はおろか、王都にまで知られている。
英雄と美女の組み合わせは民衆にとってロマンチックな恋物語の主役としてうってつけなのだ。
最近では美容商品を売る『マダムリグレット』のハンドクリームの宣伝にも起用された。
謳い文句は『ハンドクリームを使うと手を繋ぎたくなる』だ。
ランゲ伯爵邸で定期購入している縁での起用らしい。
そんな二人の噂は、辺境伯領にまで及んでいる。
二人の間に入るなどと……、とオスヴァルトは小さく溜息を吐いた。
「しかし奴らはどこに潜んだか」
「ある程度目安はあるのですが、中々擬態が上手いようで引っ張り出せないのが難点ですな」
地図を拡げながらアジトの目星をつけている箇所を見ながら考える。
毎日丸を付けた場所に✗が付いていく。
古砦、酒場、洞穴。
めぼしいところは粗方捜査済だ。
それでもアジトは見つかっていない。
「早く見つけて処罰せねば、領民に被害がいく。それだけは食い止めねば」
顎に手をやり思案顔の辺境伯に、ディートリヒも頷いた。
騎士副団長と辺境伯の会議が終わる頃には太陽は高く昇っていた。
昼休憩を、と辺境伯に促され、会議に出ていた 騎士たちは食堂へと急ぐ。
「ほら唐揚げ揚がったよ!」
「水は自分で持って行け!」
そこはまるで戦場のように怒号が行き交う。
辺境伯別邸の食堂は、騎士たちの住まいでもある為訓練を終えた彼らのむせ返るような空気でごった返していた。
オスヴァルトたち団員も席を確保し、バイキング形式の食事を選んで行く。
今日のおすすめは唐揚げらしい。
「はー、今日も威勢がいいねぇ。早く終わらせて妻に会いたいよ」
「フランツさんも愛妻家なんですね」
「おう!騎士団は副団長の影響か愛妻家が多いな」
皿に山盛りの唐揚げをよそいながら、フランツはニカッと笑った。
「上が緩むと下にも影響するからな。副団長が真面目だから妻帯者で遊ぶ奴はいねぇな」
騎士団長と副団長は共に愛妻家だ。
浮気するより妻との時間を大事にする二人。
その影響か、団員たちも羽目を外すような真似をする者は少ない。
独身者はある程度自由だが、規律を乱す真似をする者はいない。
「浮気だの不倫だの、騎士として恥ずべき事だしなぁ。まぁ遠征中の娼館は大目に見てほしい気持ちはあるがな」
次々と無くなるフランツの唐揚げに呆れながら、オスヴァルトも口にする。
そこへ先日から耳に入る声が聞こえ、オスヴァルトの注意はそちらに向いた。
「おっ、テレーゼ様も昼食ですか?」
「ええ、ジルヴィアの唐揚げが食べれるって聞いたから」
「テレーゼ様はアタシの唐揚げ好きだからねぇ!光栄なことだよ」
気安い辺境伯領の者達の会話。
だがオスヴァルトの耳には、テレーゼの声だけ鮮明に聞こえる。
「……おめぇ、そんな、顔できんだなぁ」
「えっ?」
呆気にとられたフランツの言葉に、オスヴァルトは目を見開いた。
自分がどんな顔をしていたのかなんて全く自覚が無い。
「何か、柔らか~い表情だったぞ。副団長が嫁さん見るときみたいな」
ニシッと笑うフランツに、目を瞬かせる。
兄上が義姉上を見るときの顔なんて見慣れすぎている。
愛しくて仕方ないという顔だ。
自分がそんな顔をしていた……?
なぜ、誰に対して。
一つ、思い当たり、オスヴァルトは頭を振った。
そんなはずはない。
自分がここに来たのは。
どこにも向けられない想いを消化する為だ。
がむしゃらになって敵と対峙すれば、想いと共に葬れるんじゃないかと。
振り切る為に。
断ち切る為に。
その為
自分を
無に返す事になるとしても。
だから
誰かに惹かれるなんて、ありえないと。
この時のオスヴァルトは真っ暗な闇の中にいたのだった。
48
あなたにおすすめの小説
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる