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第一部〜ランゲ伯爵家〜

仲良し夫婦の痴話喧嘩

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 その日、ランゲ伯爵家は新しい使用人を迎えていた。

 当主が結婚して数年。
 夫婦の間には可愛い子どもも産まれ、毎日賑やかに暮らしている。


 これは、そんな日常のひとコマである。



「ディ……ディートリヒさま……」

「どうした?カトリーナ?」

「わ、私はっ、英雄の妻として恥ずかしくないように必死なんです!
 あなたはどうしたって英雄で、多分きっと、色んな女性から言い寄られて。
 優しいから断れなかったりしたら、とか思うと、絶対嫌で。
 でもっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それを言うなら君こそ年々美しくなって、それなのに可愛くなって。優しくて笑顔も泣き顔も魅力的で。そんな君に寄ってくる男も沢山いて。
 そのうち俺なんか……捨てて、若い男に目移りでもされたりしたら……」

「そんなことするわけないじゃないですか!私はあなたしか見てないのに!
 ディートリヒ様のばか!わ、私の気も知らないでっ……」

「君も俺が浮気するような男だとか言うのは心外だ。俺は君と家族以外に使う時間は無い。少しでも時間があるなら君と話したいし子ども達と遊びたいんだ」

「そ、そうよ、ディートリヒ様は最近子どもたちばっかり!たまには私の事も相手して下さい!」

「そっ、れは、日中は子どもの相手もしたいしそ、それに君の相手をすると……その、触りたくなって……その……」

「なっ……!ディートリヒ様のばかばかばかばか!」

「仕方ないだろう!?君が可愛すぎるんだ。本音を言えば一日中ずっと腕の中に閉じ込めておきたいんだ!」

「そっ……んな事したらっ、どこにも行けないじゃないですかっ!」

「ずっとここにいればいいだろう!君の居場所は、ここで、俺の隣で、腕の中で!」

「言われなくても、嫌がられてもどこにも行きませんからね!」

「嫌がられても、どこにも行かせない」

「ディートリヒさま……」

「おいで、カトリーナ」

「……なんか、悔しいです。私ばっかりディートリヒさまを好きになりすぎみたいで。
 ~~~~もぉ、何でそんなに素敵なんですか……。他の女性が寄って来ちゃうじゃないですか……」

「君が言う程寄って来ないよ。ほら、この顔の傷がある限り、女性からは遠巻きにされてる。
 寄って来るのは君がいる時くらいだよ」

「そうなんですか?……じゃあ、この傷が無かったら」

「……今頃お互い違う道を行ってたろうな……」

「わ、私は王太子から婚約破棄されて独り身の寂しい人生です……」

「いや、君は他の男が放っとかないだろう。……何だか腹が立つな」

「ディートリヒさまだって他の女性とご結婚なさってたんじゃないですか?
 いらっしゃいましたよね?確か」

「う、ん、まぁ、多分……」

「……この傷が私たちを繋げてくれたんですね」

「……そうだな。おかげで君といれて、幸せだ」

「も、もう、そんな事言っても、おやつのスコーンの最後の1つを食べたの許さないんですからね」

「ぐっ……」



 夫婦は相変わらずイチャイチャしているが、事の起こりはというと。
 最近体重を気にしていたカトリーナが、運動や食事制限をがんばっている自分へのご褒美にと、カロリー控えめのスコーンを料理長にお願いして作ってもらった事に始まる。

 最近のカトリーナは、やけにスコーンが食べたくて仕方がない。

「今日のおやつは何にしますか?」と問われれば毎回「スコーンで」と迷わず即答するくらいにはハマっている。

 だがスコーンは食べ過ぎるとすぐ身になってしまう。
 単品でも危ないのに、クリームやジャムをつけて食べると更に美味しさが増す。
 ジャムも色んな種類、毎日日替わりできるから飽きない。ドライフルーツやチョコチップを混ぜたまである。
 何も気にしなくていいならいくらでも食べたい。
 それくらい、カトリーナはスコーンに夢中だった。

 今日は夫であるディートリヒと二人きりのティータイム。子どもたちは祖父と曾祖父母の所に出掛けている。
 久しぶりの夫婦水入らずの時間を、のんびり楽しんでいたのだ。

 おやつは勿論、カトリーナのリクエストのスコーン。
 仲良く会話をしながら、カトリーナは個数を気にしながら食べていたが、最後に残った1つをディートリヒがぱくりと食べてしまった。
 あと1つくらいなら、と思って手を伸ばそうとした時にそれを見たカトリーナの、様々な努力や我慢していたものが止まらなくなったのが痴話喧嘩の発端である。

 突然捲し立てられ驚きはしたが、ディートリヒにとっては子猫がじゃれてくるようで可愛くて仕方ない。
 一見、責められているような言葉も自分に対する愛が溢れ、ずっと聞いていたいような気持ちになるのだ。

 実のところ、ディートリヒも最近やけにスコーンが食べたくて止まらなかった。
 妻と好みが似通うものなんだなぁ、と浮かれて食べ過ぎたのは否めない。
 勿論平謝りしたが、おやつのスコーンで怒る妻を今日も愛おしむのだった。



 そんな夫婦の様子を見ていた新人使用人は呆気にとられていた。

「あれは何ですか?」

「気にしてはいけません。夫婦がいちゃいちゃしているだけです」

「いつもこんな感じなんですよ。慣れて下さいね~」

「はぁ……」

 先輩使用人はニコニコしているか無表情かだ。
 あんなハートを周囲に撒き散らす貴族夫婦がいたのか、と新人は戸惑いを隠せないのだった。


「仲良き事は、良きかな良きかな~」







 ちなみにこの数日後、めでたくカトリーナの第3子の懐妊が分かるのだが、それはまた別の話。
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