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第一部〜ランゲ伯爵家〜
言えない気持ち〜護衛とエリン・後日談①〜
しおりを挟む「はっ!」
「甘い!」
「と見せかけてっ」
ぴとっ。
「う~~あ~~また負けたぁ~~!!」
首筋に木剣を当てられ、女性は悔しそうに頭を抱えた。
「いやあ、すげえよ。めちゃくちゃ努力してんじゃねぇかよ」
男は苦笑いしながら冷や汗をたらりと流した。
ランゲ伯爵邸の庭で鍛錬に励む男女──護衛のベルトルトと奥方付きの侍女エリンだ。
「稽古をつけてほしい」とエリンに頼まれ空いた時間を使って基礎から教えた。
最初は非力だったエリンは、毎日の鍛錬の積み重ねにより武器を使わない護身術を会得した。
だがそれだけに留まらず、暗器を使った訓練にも着手し、奥方付きのスーパー侍女として成長していたのだ。
ちなみに稽古自体はベルトルトとエリンの二人から始まったが、エリンの動機を知った他の使用人たちも時折稽古に参加し、今やランゲ伯爵邸に仕える使用人たちは戦える使用人が殆どである。
これも全て奥方の為。
日中は騎士団に赴く邸の主に代わり邸の女主人を、また子どもたちを守る。
武術を会得できない者もその心構えだけは共通して持ち、自分にできる事を主人に仕える事で返すのだ。
するとカトリーナも使用人たちの過ごしやすい環境を整える為に動く。
そのやり取りでランゲ伯爵邸は他家には無い絆で結ばれていた。
ただ、あまりにも団結力が強いと個人で動きにくいのもまた事実で。
暗器を持ち鍛錬を続ける女性を想う男は、自分の気持ちを長い間しまい続けていたのだった。
いつもの使用人たちのミーティングが終わり、片付けを引き受けたエリンに、彼女の他に誰もいないのを確認したベルトルトが話しかけた。
「あー、今度、街に出掛けないか?」
きょとんとするエリンを可愛いと思いつつ、照れから見れずにそっぽを向く。
テーブルを拭きながら、エリンも内心どきどきだった。
「今度は何?何を見てほしいの?」
「あー、えと。そ、そうだな。お前の使えそうな武器……、そう、武器をだな」
今まで出掛けて買った物は、護衛に必要そうなものだけだった。
ベルトルトの物、エリンの物、勉強に使う為の物。
全て護衛に使う為に必要なものを買いに行く。
それがベルトルトにとって、断られない唯一の誘い文句だった。
普通にデートに誘えれば良いのだが。
居心地の良すぎる職場では均衡を崩せない為中々難しい。
「いいわよ。いつにする?奥様に言っておくわ」
「あ、ああ。じゃあ、明後日はどうだ?市も建つらしいし、見物がてら」
「あ、明後日ね。分かったわ」
目的のもの以外を見ながら買いに行くなんて、それはまるでデートのようだと、テーブルを拭きながらエリンの頬は熱くなる。
そんなエリンに気付かないベルトルトは、約束を取り付けられたと軽く拳を握った。
「あ、じゃあ、またな。皿は俺が戻しとくよ」
「えっ、あっ」
おやつが並んでいた皿をひょいっと持ち、ベルトルトは部屋をあとにした。
エリンもまた、きれいになったテーブルをいつまでも拭いていたのだった。
「明日、お休み?」
翌日、早速奥様であるカトリーナに休暇を願い出た。
執事に言う方が筋なのだが、奥方付きのエリンは、結局は奥様の許可次第な為直接願い出る事にしている。
「いいわよ。ゆっくりのんびりしてちょうだい」
「ありがとうございます」
直前になっての休暇願いを、カトリーナは快く承諾した。日頃から良くしてくれる侍女に対して、女主人はできる限り希望に添いたいと思っているのだ。
奥方付きのエリンとソニアはあまり休暇の希望を出さない。
実のところカトリーナは二人がずっと側に居てくれるのは嬉しいが、良き出会いを見つけて欲しいとも思っているのだ。
もし伴侶に巡り会い、結婚して子どももできたら、自分の子の遊び相手になってほしいとも思っている。
だが誠心誠意尽してくれる二人には浮いた話もあまり聞かない。
それ故、プライベートな時間を取りたいと願うなら、よほどの用事が無い限り希望を断る事はしなかった。
一方ソニアは急に休暇届けを出した同僚を訝しんでいた。
だが、そう言えば。
明日は広場で市が建つと聞いた事を思い出す。
なるほど。誰かと一緒に行く約束でもしたのか、と。
その誰かも、ソニアには見当がついていた。
同僚が幸せになるのは嬉しい。
寂しくもあるが、やはり嬉しいが勝つ。
明日はエリンが居ないのだ。
自分がしっかり奥様のお世話をしなければ、とソニアは思うのだった。
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