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第一部〜ランゲ伯爵家〜
仲良し夫婦は似るらしい Ⅰ
しおりを挟む「ゔっ……」
朝目覚めたカトリーナは、覚えのある感覚に襲われ口元を覆った。
慌ててベッドから降り、洗面台へと駆け込む。
暫くして落ち着いて、ベッドに戻ると愛しい夫はまだすやすやと寝息を立てていた。
きっと彼はこの感覚は分からないだろうなぁ、と少しうらめしく思うが、自分はそれにより「確実にここにいる」と実感できるものであると少し誇らしげになる。
「来てくれてありがとう」
確定はしていないが、何となくの予感。
夫が起きたらまっさきに伝えたい。
何と言おうかな?
夫の顔にある傷を撫でながら、カトリーナはその時を待っていた。
「……ん」
撫でられるのがくすぐったいのか、夫であるディートリヒは眉間にシワを寄せた。
薄く目を開けると、微笑む妻の姿が見える。
白い手のひらが自分の鼻筋をずっと撫でている事に少しずつ意識が覚醒し、目が合った妻と微笑みあった。
「いたずらっ子だな」
「おはようございます、だんなさま」
「おはよう、カトリーナ」
挨拶をしながら妻を引き寄せ抱き締める。
額に、頬に、そしてくちびるに口付けるのが二人の朝の始まりだ。
ともすればこのまま再び妻と微睡みたい気持ちをディートリヒは堪えながら体を起こした。
「今日は早いんだな」
「ええ、……少し前に目が覚めてしまいました」
妻の額に手を当て、ふむ、とひとりごちる。
「体調悪いのか?少し顔色が優れないようだな」
「……実は」
カトリーナはディートリヒの手を取り、自身のお腹に当てた。
「……まさか」
驚きに目を見開いたディートリヒに、カトリーナは緩く微笑み頷いた。
「そうか……。侍医を呼ばねばな。ああ、君はゆっくりしてるんだ。朝食はここに運ばせよう」
その声は弾み、ディートリヒは再び過保護な夫になった。
二人目を懐妊した時は隣国との戦でいなかった為、一人目の時の彼を思い出しカトリーナはふふっ、と笑う。
ランゲ伯爵家に子は二人。
長男のジークハルト、次男のランドルフ。
4歳と2歳の可愛い盛りだ。
次は弟かな、妹かな、と、わくわくするジークハルトを思い浮かべると自然と笑みがこぼれる。
ランドルフはままっ子なので赤ちゃん返りをして片時も離れたがらないかもしれない。
でも、きっと、この子のいいお兄ちゃんになってくれる。
カトリーナは何となく、そう思った。
「カトリーナ、待たせた」
暫くして、ディートリヒが朝食を運んで来た。
彼もここで食べるのか、二人分乗っている。
伏せてあるカバーを取ると、温かいスープの湯気が立ち昇った。
普段なら良いにおいに食欲がそそられるが……
「「ぐっ……」」
二人は揃って洗面台に駆け込むと、せり上がって来たものを吐き出した。
苦しそうにするカトリーナの背をとんとんしながら、ディートリヒは自身も同じ症状が出る事に困惑した。
口をゆすぎ、食卓につくと顔色悪くする妻にスープ以外をよそった。
「食べれるものを食べれる分だけ食べよう」
「ええ……。いただきます」
カトリーナもまた、ディートリヒの顔色が悪いことに気付いていた。
だが思いやれる余裕は今の彼女には無かった。
「心配だなぁ」とぼやきながら、ディートリヒは仕事へと向かう。
執事のハリーに侍医の手配を任せ、後ろ髪引かれる思いで馬車に乗った。
朝一番に侍医がランゲ伯爵家を訪れ、問診をするとカトリーナの懐妊を告げた。
母親に侍医が訪ねて来た事を知り、心配していたジークハルトはランドルフと手を繋いで診察を見守っていた。
だが、
「母様のお腹に赤ちゃんが来てくれたのよ」
と、母に告げられたジークハルトの瞳は輝き、しだいに潤んで来る。
何度も目を瞬かせ、意識せずとも口角が上がり喜びを隠せない。
そんな兄を、ランドルフはきょとんとして見ていたが、
「ランド、君もお兄さまになるんだよ」
と優しく言われると、
「にいさま?……にいさま」
ふむ、とその言葉を繰り返し呟いた。
カトリーナの懐妊は使用人たちに通達され、瞬く間に体制が整えられる。
朝、ディートリヒから匂い立つスープは遠慮してほしい旨を言われ少しばかり落ち込んでいた料理長も、理由が分かれば瞬く間に立ち直り、悪阻期間中でも影響が無いような献立に差し替えた。
一人目、二人目と微妙に様子が変わっていたので今回も、と柔軟に対応できるように食材も揃える事にした。
洗濯係のメイドたちは洗濯用の洗剤を無香料に変えたり、厩舎係は掃除をこまめにしニオイが篭らないよう、ことさら気を使う。
屋敷の奥方であるカトリーナを大切に思い、彼女が快適に過ごせるよう、使用人たちは自ら動く。
その事にカトリーナは心からの感謝を告げると、彼らはさらに頑張るのだ。
本当ならば嬉しさから周りに自慢してまわりたいが、懐妊の知らせは屋敷内のみに留まる。
安定期を迎えるまでは油断できない。
そこは徹底して箝口令が敷かれ、使用人たちは友人や家族にさえ口を割らない。
普段通りを貫く為、いざ懐妊が公表されるとランゲ伯爵家の使用人たちは他家の者から驚かれることもあるのだとか。
そんな優しさに包まれ、カトリーナは穏やかに毎日を過ごせていたのだった。
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