【完結】追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜

凛蓮月

文字の大きさ
6 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜

告白〜護衛とエリン・後日談/了〜

しおりを挟む

 二人がやって来たのは広場から離れた緑の多い公園。
 市を出る前に買ったクレープを手にやって来て、椅子代わりの大きな丸石にハンカチを敷き腰掛けた。

「ん、これも美味しいわ」

 エリンが買ったのはサッパリしたオレンジのクレープ。
 甘すぎないのでお気に入りである。
 ベルトルトは惣菜クレープで、中身は葉物野菜と甘辛く煮たチキンである。


 涼し気な風が二人の頬をなで、髪を揺らす。

 何の会話も無いまま黙々と食べていたが、食べ終えてもどちらとも口をつぐんだままだった。

「俺さ」

 先に口を開いたのはベルトルトだった。

 何度も口を開いたり閉じたりしながら。
 やがて、意を決したようにエリンに向き直る。


「俺はエリンが好きだ」

 飾らない、真っ直ぐな言葉。
 バカ正直で根は真面目で不器用。
 ロマンチックでも無ければカッコいいわけでもない。
 だけど、エリンは“らしい“と思った。
 ベルトルトが自分に、真剣に伝えてくれている。

 それを、茶化したりはできないと思った。

「私の……どこが…」

「何事にも一生懸命なとこ。奥様大好きなとこ。しっかり言った事を頑張るとこ。
 諦めないとこ。いつも元気で明るいとこ。
 あとは」

「あー、もー、いいです。分かりました、止めて!」

 あまりにもスラスラと褒め言葉が出て来る為、エリンはいたたまれずにベルトルトの口を両手で塞いだ。
 その顔は真っ赤で湯気が出そうなほどだった。

 そのエリンの手を、ベルトルトが優しく解き、そのまま緩く握った。

「そうやって顔真っ赤にして照れるのとかすげー可愛い」

「あー、あー、聞こえないー」

「必死に誤魔化して聞こえない振りすんのとか、すげー可愛い」

 いつに無いベルトルトの口撃に、エリンの心臓は破裂しそうに高鳴って、そのうちベルトルトに聞こえてしまうんじゃないかと思うと逃げ出したくなった。
 だがベルトルトは握った手を離さない。
 彼とて積年の想いを全てぶつけようと必死なのだ。

「エリン、好きだ。俺と結婚を前提に恋人になって。
 できればずっと一緒に奥様と旦那様を支えていきたい」

 ずっと一緒に。
 あるじ二人を支えていきたい。

 結婚しても奥様の侍女を辞める事を考えられないエリンにとって、ベルトルトの言葉はシンプルに嬉しい言葉だった。

『奥様を守りたい』と言った時、何だかんだ馬鹿にせず素人の自分に真摯に向き合ってくれた人。
 飽きずに懲りずに訓練に付き合ってくれたベルトルトを、エリンも好きにならずにいられなかった。

 だから。


「あ、あなたには……私しか、いないなら…」

 最後は尻すぼみになった言葉は、我ながら可愛げが無いと思いながら返事をする。

 だがベルトルトは握った手に少し力を込めた。

「エリンしかいない。エリン以外いない」

「本当?他にも、いるんじゃ…」

「いねぇよ。んな暇ねぇし。本命いんのによそ見なんかできねぇだろ」

「本当?」

「ああ、だから」

 必死になるベルトルトが、エリンは何だか愛おしくなった。

「浮気したら今日買ってもらった簪で刺すからね」

 エリンが極上の笑みを返す。
 言ってる内容は物騒だが、自分たちらしいと、ベルトルトはぞわりとした。

「すげー苛烈!浮気とかしねぇから簪は大事に使え!」

 苦笑いしながらも、その気持ちがまるで嫉妬してくれているようでベルトルトは嬉しくなる。

「ありがとう、エリン」

「奥様と旦那様みたいに、とはいかないけど」

「うん?」

「ずっと、私たちらしくいれたら、って思う」

「……ああ」

 それから二人は、仲良く手を繋いで伯爵邸に帰ったのだった。



 翌日。

 朝の身支度をするいつもと変わらない様子のエリンに、カトリーナはそわそわしていた。
 昨日のデートの話を聞きたくてうずうずしているのだ。
 だが主人から聞いてもいいのか、聞かれて答えてくれるのか、そもそも使用人のプライベートにまで首を突っ込むなど淑女としてどうなのだ、とカトリーナは自問自答する。
 ソニアからも「二人の事は二人に任せて」と言われたし、でも気になって仕方ないと悶々としていた。

「奥様」

「ひゃいっ!?」

 エリンに呼ばれ、思わず声が裏返ってしまう。内心の焦りを悟らせないよう、カトリーナは平静を装った。

「あの、昨日の今日で申し訳無いのですが、次の虹の日にお休みを頂きたいのですが…」

 虹の日とは休日の事だ。
 月の日から始まり、虹の日で終わるサイクルを一週間とし、四週ないし四週半で一月となる。
 その虹の日にエリンが休暇申請を出したのは過去にあっただろうか、とカトリーナはしばし考えた。

「構わないけど、何かあるの?」

 主に問われ、エリンはピクッと肩を跳ねさせた。
 それからしばし俯き。

「ベルトルトの家に……婚約の挨拶をしに…」

「こんやく」

「昨日告白されまして、結婚を前提にと言われて……」

「けっこん?」

 普段はにこにこして仕事をこなすエリンが、照れて顔を真っ赤にしてカトリーナに結婚報告をするので、つい顔が綻んでしまった。

「い、いつ?いつなの?陛下に言って大聖堂を予約しなきゃ!」

 大変な事を言い出す主を、側にいたソニアが窘める。

「奥様、使用人の結婚式に大聖堂は相応しくありません」

「どうして?エリンたちの結婚式よ?」

「私たちは結婚したら貴族籍から抜けます。なので平民と同様になるんですよ」

「でもエリンたちの」

「奥様、招待客はお互いの家族と友人たちのみなのでさほど多くはなりません。ですから小さな教会で挙式して簡単なお披露目パーティーで良いのです」

 ソニアに諭され、しゅん、となったカトリーナだった。

「そうなの……。でもお祝いはさせてね?
 おめでとう、エリン」

「ありがとうございます、奥様」

「あっ、でも、護衛と侍女は辞めないで欲しいなぁ、なんて、
 エリンたちの都合もあるだろうけど、できれば残って欲しいなぁ」

 ちらちらと上目遣いに見られれば否やは言えないだろう。
 だがエリンはもとより断るつもりはない。

「結婚しても、夫婦共々奥様と旦那様にお仕えさせて下さい」

 そう言って頭を下げた。

「勿論よ!こちらからもお願いしますね。
 ところで……」


 それからエリンは、瞳を輝かせた主から昨日の事を事細かに聞かれ、羞恥に震えながら答えた。

 賑やかな三人は、いつもより遅いな、と心配したディートリヒが迎えに来るまで恋話に花を咲かせていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...