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第一部〜ランゲ伯爵家〜
告白〜護衛とエリン・後日談/了〜
しおりを挟む二人がやって来たのは広場から離れた緑の多い公園。
市を出る前に買ったクレープを手にやって来て、椅子代わりの大きな丸石にハンカチを敷き腰掛けた。
「ん、これも美味しいわ」
エリンが買ったのはサッパリしたオレンジのクレープ。
甘すぎないのでお気に入りである。
ベルトルトは惣菜クレープで、中身は葉物野菜と甘辛く煮たチキンである。
涼し気な風が二人の頬をなで、髪を揺らす。
何の会話も無いまま黙々と食べていたが、食べ終えてもどちらとも口をつぐんだままだった。
「俺さ」
先に口を開いたのはベルトルトだった。
何度も口を開いたり閉じたりしながら。
やがて、意を決したようにエリンに向き直る。
「俺はエリンが好きだ」
飾らない、真っ直ぐな言葉。
バカ正直で根は真面目で不器用。
ロマンチックでも無ければカッコいいわけでもない。
だけど、エリンは“らしい“と思った。
ベルトルトが自分に、真剣に伝えてくれている。
それを、茶化したりはできないと思った。
「私の……どこが…」
「何事にも一生懸命なとこ。奥様大好きなとこ。しっかり言った事を頑張るとこ。
諦めないとこ。いつも元気で明るいとこ。
あとは」
「あー、もー、いいです。分かりました、止めて!」
あまりにもスラスラと褒め言葉が出て来る為、エリンはいたたまれずにベルトルトの口を両手で塞いだ。
その顔は真っ赤で湯気が出そうなほどだった。
そのエリンの手を、ベルトルトが優しく解き、そのまま緩く握った。
「そうやって顔真っ赤にして照れるのとかすげー可愛い」
「あー、あー、聞こえないー」
「必死に誤魔化して聞こえない振りすんのとか、すげー可愛い」
いつに無いベルトルトの口撃に、エリンの心臓は破裂しそうに高鳴って、そのうちベルトルトに聞こえてしまうんじゃないかと思うと逃げ出したくなった。
だがベルトルトは握った手を離さない。
彼とて積年の想いを全てぶつけようと必死なのだ。
「エリン、好きだ。俺と結婚を前提に恋人になって。
できればずっと一緒に奥様と旦那様を支えていきたい」
ずっと一緒に。
主二人を支えていきたい。
結婚しても奥様の侍女を辞める事を考えられないエリンにとって、ベルトルトの言葉はシンプルに嬉しい言葉だった。
『奥様を守りたい』と言った時、何だかんだ馬鹿にせず素人の自分に真摯に向き合ってくれた人。
飽きずに懲りずに訓練に付き合ってくれたベルトルトを、エリンも好きにならずにいられなかった。
だから。
「あ、あなたには……私しか、いないなら…」
最後は尻すぼみになった言葉は、我ながら可愛げが無いと思いながら返事をする。
だがベルトルトは握った手に少し力を込めた。
「エリンしかいない。エリン以外いない」
「本当?他にも、いるんじゃ…」
「いねぇよ。んな暇ねぇし。本命いんのによそ見なんかできねぇだろ」
「本当?」
「ああ、だから」
必死になるベルトルトが、エリンは何だか愛おしくなった。
「浮気したら今日買ってもらった簪で刺すからね」
エリンが極上の笑みを返す。
言ってる内容は物騒だが、自分たちらしいと、ベルトルトはぞわりとした。
「すげー苛烈!浮気とかしねぇから簪は大事に使え!」
苦笑いしながらも、その気持ちがまるで嫉妬してくれているようでベルトルトは嬉しくなる。
「ありがとう、エリン」
「奥様と旦那様みたいに、とはいかないけど」
「うん?」
「ずっと、私たちらしくいれたら、って思う」
「……ああ」
それから二人は、仲良く手を繋いで伯爵邸に帰ったのだった。
翌日。
朝の身支度をするいつもと変わらない様子のエリンに、カトリーナはそわそわしていた。
昨日のデートの話を聞きたくてうずうずしているのだ。
だが主人から聞いてもいいのか、聞かれて答えてくれるのか、そもそも使用人のプライベートにまで首を突っ込むなど淑女としてどうなのだ、とカトリーナは自問自答する。
ソニアからも「二人の事は二人に任せて」と言われたし、でも気になって仕方ないと悶々としていた。
「奥様」
「ひゃいっ!?」
エリンに呼ばれ、思わず声が裏返ってしまう。内心の焦りを悟らせないよう、カトリーナは平静を装った。
「あの、昨日の今日で申し訳無いのですが、次の虹の日にお休みを頂きたいのですが…」
虹の日とは休日の事だ。
月の日から始まり、虹の日で終わるサイクルを一週間とし、四週ないし四週半で一月となる。
その虹の日にエリンが休暇申請を出したのは過去にあっただろうか、とカトリーナはしばし考えた。
「構わないけど、何かあるの?」
主に問われ、エリンはピクッと肩を跳ねさせた。
それからしばし俯き。
「ベルトルトの家に……婚約の挨拶をしに…」
「こんやく」
「昨日告白されまして、結婚を前提にと言われて……」
「けっこん?」
普段はにこにこして仕事をこなすエリンが、照れて顔を真っ赤にしてカトリーナに結婚報告をするので、つい顔が綻んでしまった。
「い、いつ?いつなの?陛下に言って大聖堂を予約しなきゃ!」
大変な事を言い出す主を、側にいたソニアが窘める。
「奥様、使用人の結婚式に大聖堂は相応しくありません」
「どうして?エリンたちの結婚式よ?」
「私たちは結婚したら貴族籍から抜けます。なので平民と同様になるんですよ」
「でもエリンたちの」
「奥様、招待客はお互いの家族と友人たちのみなのでさほど多くはなりません。ですから小さな教会で挙式して簡単なお披露目パーティーで良いのです」
ソニアに諭され、しゅん、となったカトリーナだった。
「そうなの……。でもお祝いはさせてね?
おめでとう、エリン」
「ありがとうございます、奥様」
「あっ、でも、護衛と侍女は辞めないで欲しいなぁ、なんて、
エリンたちの都合もあるだろうけど、できれば残って欲しいなぁ」
ちらちらと上目遣いに見られれば否やは言えないだろう。
だがエリンはもとより断るつもりはない。
「結婚しても、夫婦共々奥様と旦那様にお仕えさせて下さい」
そう言って頭を下げた。
「勿論よ!こちらからもお願いしますね。
ところで……」
それからエリンは、瞳を輝かせた主から昨日の事を事細かに聞かれ、羞恥に震えながら答えた。
賑やかな三人は、いつもより遅いな、と心配したディートリヒが迎えに来るまで恋話に花を咲かせていたのだった。
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