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第一部〜ランゲ伯爵家〜

許せる筈がない〜オスヴァルト⑨〜

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「辺境伯殿、解毒はできないのですか?」

 ディートリヒのいる部屋に外から鍵を掛け、オスヴァルトは怒りを堪えて憤る。
 おそらく答えは想像している通りだろう。
 だが誰かに否定して欲しかった。

 しかしオスヴァルトの希望虚しく、辺境伯は真面目な顔になり、緩く頭を振った。

「団員の話を聞くと……狙われたのはランゲ卿だけらしい。休憩時の水分補給で……辺境騎士の差し出した茶に、混ぜられていたみたいで……、その」

 辺境泊は何かを堪えるようにして言葉を絞り出す。

「フランツ殿がランゲ卿の異変を感じた時には……辺境騎士の刃が、王都騎士に向けられて……。フランツ殿はランゲ卿を庇いながらだったので怪我を。
 ああ、ちなみに王都騎士を襲った奴らはシバって自白剤を吐かせた」

「父上、ランゲ卿に盛られた物は」

「『天上の楽園』だ」

 その言葉に、テレーゼはハッとする。

「ランゲ卿にそれは……っ」

 テレーゼは悔しげに拳を壁に打ち付けた。
 その尋常ならざる行動に、誰もが目を見張る。

「辺境伯、『天上の楽園』とは一体……」

「夫婦交合薬だ。ただの媚薬ではない。解毒は……」

 辺境伯は目をつぶる。



「女性と交わる以外に無い」


 ぞわり、と背筋に何かが走る。
 オスヴァルトはその意味を、瞬時に理解した。

 妻を溺愛する兄が盛られたソレは、解毒する為に女性を抱く以外に無い。
 だが今ここに、ディートリヒの妻はいない。
 それはつまり。

 妻を一途に愛する兄に、妻ではない女性を抱けと言っているようなもので。

 だがそんな事をすれば。

「……他に、本当に他に解毒方法は無いのですか……?」

「『天上の楽園』は元々夫婦不和脱却の目的で作られた。だがそれを悪用する輩が多く出た為すぐさま製造と流通は禁止になったんだ。
 他に解毒方法が無いのも問題になった。もう5年以上前の話だ」

「だけど裏でこっそり作る人がいた、という事ですね」

 便利な物は本来の効能とは別に悪用されやすい。そして良く売れる。
 だから表では流通されてなくても、裏で出回る事はよくあるのだ。

 そこにいる全員が、重苦しい沈黙に包まれた。


「私が……」

 そんな中テレーゼがぽつりと漏らす。

「私が解毒します」

「テレーゼ!!」

 ここにいる誰もがテレーゼに向いた。
 テレーゼは顔色悪く、少し震えながら答える。

「ここにいる女性は私しかいません。だから」

 テレーゼが、兄に、抱かれる……?


「ふざけるな!!!!」

 オスヴァルトは頭に血が登り、目の前が沸騰しそうに熱くなった。
 兄に、テレーゼを抱かせる?

 そんな事は許せない。
 義姉に対しての裏切りだ。

 何より、兄にテレーゼを、と思うだけでオスヴァルトの胸はギシギシと痛み、吐きそうになるくらいの想いが溢れてくる。

「兄上は……っ、兄上は、義姉上を裏切りたくないと言っていました!!だからっ……あなたを絶対この部屋には入れません!」

「オスヴァルト様……ですが…」

「流通しなくなって5年は経つのでしょう?何か、解毒薬があるかもしれません!
 薬師の所へ案内してください。ここで何もしないよりはマシだ!!」

 オスヴァルトの叫びは、誰よりも辺境伯が縋りたいものだった。
 できればランゲ卿に妻以外を宛てがう事などしたくなかったのだ。
 他に解毒方法があるならそれに懸けたい。


「分かった。今はそれに掛けるしか無いだろう。誰が行くかだが」

「辺境伯殿、俺が薬師の所へ行きます。案内して下さい」

「しかし」

「お父様、私も行きます」

 薬師の居場所などオスヴァルトには分からない。
 彼一人を使うならテレーゼが一緒に行くと言い出した。
 辺境伯は渋ったが、やがて了承した。

「英雄を疑うわけではないが、正気を失うとどう行動に出るか分からん。
 オスヴァルト殿、娘を頼みます」

 辺境伯はテレーゼを使いに出す事で娘を一時的にではあるが守った。

「お任せください。テレーゼ様、案内してください」

「分かりました!急ぎましょう」

 夜通し掛けて帰って来たが、不思議と二人に疲労は無かった。
 むしろ様々な感情が奮起してくれているのか、力が漲るような感覚が二人を包んでいた。


 厩舎から体力充分な馬を借り、素早く乗ると颯爽と駆け出した。

(待っていて下さい、兄上。絶対に裏切らせる事はしません)

 初めて見た兄の弱った姿。
 こんな時なのに、兄から頼られた事の喜び。

 オスヴァルトは疲れも気にせずひたすら馬を走らせる。


「オスヴァルト様、こちらです!」

 テレーゼの誘導をしっかり確認しながら着いて行く。
 陽の光に照らされた彼女の後ろ姿は、オスヴァルトからは希望の光に見えていた。
 鮮明に焼き付け、ひたすら後を追う。

 彼女も殆ど寝ていない。
 だがそんな事おくびにも出さず、常に凛としていた。

(ずっと、見ていたい)


 それは、先程気付いたある想い。
 自分の中に芽生えた確かなもの。

 なぜ出逢った時から眩しく感じたのか。
 なぜ兄に抱かれると思った時、絶対に嫌だと思ったのか。

(俺は、テレーゼ様を……)


 だが今はうつつを抜かしている場合ではない。
 オスヴァルトは頭を振り、再び馬を走らせる事に集中する。


(全てが終わったあとでいい)

 表情を引き締め、オスヴァルトはある決意をしたのだった。
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