【完結】追憶と未来の恋模様〜記憶が戻ったら番外編〜

凛蓮月

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第二部〜オールディス公爵家〜

公爵家へ行ったのは

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 ランゲ伯爵家当主、ディートリヒ・ランゲと、その妻カトリーナは成婚から10年近く経過しても新婚当初と変わらぬ仲の良さを発揮していた。

 リーデルシュタイン辺境伯領での事件が解決した後、ディートリヒは騎士副団長の座を後任のフランツ・ドーレスに譲って一線を退いてからは伯爵領の経営を奥方のサポートを得て専念していた。
 とはいえ救国の英雄の名は衰えず、相変わらず騎士団の訓練には駆り出されている。

 彼の弟がリーデルシュタイン辺境伯子女に婿入りし、そろそろ奥方の懐妊の便りが届く頃。

 ランゲ伯爵邸にカトリーナの父であるオールディス公爵が訪れた。


「お父様、いらっしゃいませ」

「カトリーナ、息災か」

 御年50になろうかというオールディス公爵の目尻には皺が寄り、年月の経過を思わせる。
 だが未だ宰相として、公爵家当主として精力的に活動する彼は若々しい限りだった。

 そんな彼の来訪の目的は、そろそろ公爵家へ養子を取ろうというものだった。

「お父様もお元気そうで何よりです。どうぞこちらへ」

 カトリーナは父を応接間へ促した。
 そこに待たせている人がいるのだ。


 オールディス公爵が応接間へ入ると、中にいた子どもたちと義息子が立ち上がり頭を垂れた。

「お祖父様、ようこそいらっしゃいました」

 代表して長男であるジークハルトが歓迎の言葉を述べる。

「ジークぅ!ランドにヴェルナー今日もお前たちはかわいいなぁ!」

「じいさま、ちょっとひげ痛い」

 先程の威厳はどこへやら。
 国王すら操ると噂されるオールディス公爵は、孫っかわいがりの祖父だった。

「お義父上、ご無沙汰しております。
 どうぞこちらへお座りください」

 少し緊張した様子のディートリヒがソファへ促す。するとオールディス公爵はこほんと咳払いし、「あとで玩具をあげるからな」と孫たちにウインクした。
 孫たちは目を輝かせ、特にまだ小さなヴェルナーは興奮気味になる所だったがカトリーナがたしなめ、公爵と対面するように三人を座らせた。


 全員が腰を落ち着けた所で侍女にお茶の手配を言い、話し合いの態勢になる。

「回りくどい話はよそう。今日来たのはそろそろ養子の話を本格的にしようと思ってな」

 父のその言葉にカトリーナはぴくりとした。
 長男のジークハルトの懐妊が分かった時に誰か一人養子にと言っていたのだ。
 現在ランゲ伯爵家に子どもは5人。
 長男ジークハルト、10歳。
 次男ランドルフ、8歳。
 三男ヴェルナー、5歳。
 それに加えて双子の男女エレオノーラとイザーク2歳。

 双子は小さ過ぎるので対象からは外しても、三人の男児が候補となる。
 公爵も高齢となってきたし、今から育てるにしても時間を要する。
 その為今がぎりぎりの決断の時であった。

 とはいえお腹を痛めて産み、慈しみ育てた我が子をやすやすと手放せる程カトリーナは情けが薄くもない。
 いつかは、と覚悟はしていてもやはりその時が来るのは複雑だった。

 そんな妻を見兼ねて、ディートリヒは子どもたちを見渡す。

 俯くジークハルト、無表情のランドルフ、未だに玩具に思い馳せるヴェルナー。
 カトリーナは言えないだろう。ならば自分が、と口を開きかけた時。


「僕が行きます」


 迷い無く告げたその息子の瞳は強く、オールディス公爵を捉えていた。

 だが他の兄弟は声を上げた者を戸惑うように見ている。


 その様子をオールディス公爵自体、じっと見つめていた。その真意を図るかのように。

「なぜ、と聞いても?」

 この時ばかりは孫を慈しむ祖父として、ではなく、公爵家に相応しいかを見極める公爵家当主としての顔だった。
 オールディス公爵家の歴史は浅くなく、興りは時の王弟が臣籍降下してからのものである。
 以来、幾度となく王族筋の降嫁もあった。
 決して狭くない領地もある。
 親戚筋の者と協力して治めてはいるが、舐められてもいけない為常に目を光らせてなければいけない。
 綺麗事では渡っていけないのだ。

 だが名乗りを上げた子は澄んだ瞳で答えた。

「やりたい事があります。その為に身分が欲しい」

「ほう、……それは何だ?」

「討伐と結婚です!」

 本人は瞳を輝かせ、自信を持って答える。
 だが周りは目を見開き絶句した。


 やがて。

「あっはははははっ、さすがだね!」

 お腹を抱えて笑い出したのは、ジークハルトだった。
 弟の決意を目の当たりにして、「らしい」と思ったのだ。
 ジークハルトは伯爵家長男という肩書きが少し怖かった。だから、それより身分が上となる公爵家に行く事は自分には無理だと分かっていたのだ。
 だが、自分の弟はやすやすと越えて行った。誇らしいと思うと同時に、少しの寂しさと羨ましさもあるのだ。

「僕が公爵家に行ったら兄上も守りますから」

 それはジークハルトの心を揺さぶる。
 おそらく弟は武芸に長けてはいない。
 いつも見かけた時は本を読んでいた。
 父が剣の稽古に誘ってもあまり反応が無かった。

 物事に興味の無さそうな弟が、家族以外で唯一興味を示したのが、いつか出会った女の子だった。
 結婚したいと思うのはおそらくその子だろう。
 兄としてジークハルトは弟をかわいいと思った。

「ありがとう。じゃあ、何かあったら君に頼むよ、ランドルフ」

「お任せください」

 そうして兄弟の間で固く握手が交わされる。
 大人たちの思惑を端にやって。


「では決まりかな。ランドルフ、公爵家に来るからには沢山勉強をしないといけないが、覚悟はあるか?」

「はい。頑張ります」

「分かった。……カトリーナたちも良いか?」

 聞かれたカトリーナは大粒の涙を溜め、息子に駆け寄り抱き締めた。

「ラン、ランド、ランドはお祖父様のっとこに……っく、行っても、うぅ、
 お母様とお父様の、んく、かわいい、子どもだからね!
 辛かったら、ひっく、いつでも、帰って来てね」

 号泣する母親を、ランドルフは優しく撫でる。

「お母様、僕はいつまでもお母様の息子です。
 時折は遊びに来てくださいね。
 ノーラとイザークも一緒に」

「勿論よ!うううランドおおお!!」

 おいおいと泣く娘を見て、公爵は思った。
 娘が貴族の仮面を脱げる場所があって良かったと。
 自身では与えられなかった安らぎの場がここにあって良かったと心の底から安堵した。


 ランドルフは話し合いの結果、諸々の手続きがある為三ヶ月後に公爵家へ行く事になった。

「ランド、公爵家のみんなによろしくね。あと、うちの使用人が珍しいくらいなんだからね。その辺り戸惑うかもしれないけれど、きっと良くしてくれるから」

「分かりました、母上」

「お手紙ちょうだいね。『元気です』って一言だけでも良いから」

「沢山書きます。母上も書いて下さいね」

「勿論書くわ!……うう、寂しいわ……」

 ぐすぐすと泣き出す母に苦笑しながら、ランドルフは馬車に乗り込んだ。

「父上、兄上。母上や弟たちをよろしくお願いします」

「ああ、たまには帰って来るんだぞ」

「任せてよ」


 そうして家族との別れをいつまでも惜しみ、ランドルフを乗せた馬車はオールディス公爵邸へと向かった。




 ちなみに馬車で30分程の距離である。
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