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第二部〜オールディス公爵家〜
婚約したいのです
しおりを挟むランドルフがオールディス公爵家へ養子に入って早いもので二年が経過した。
伯爵家令息として一通り学んではいたが、公爵家跡継ぎとなると当主教育がなされる。
だが元々勉強が好きで暇さえあれば本を読んでいたランドルフにとっては簡単だったようで、水を得た魚のように知識を吸収していった。
家庭教師は唸るばかり、これにはオールディス公爵も驚いていた。
実のところ、オールディス公爵──アドルフは、ランドルフが来ると決まったはいいが、少しばかり苦手意識を持っていた。
何故なら幼い頃の自分に似ていたからだ。
無表情で何を考えているか分からない子ども。それが幼い頃のランドルフだった。
それだけでは無い。
「お祖、……お義父様」
「なんだい、ランド……ぎゃっ!!」
かわいい孫に呼ばれ、だらしなく顔を緩めて振り向いた彼に、ランドルフは掌に乗せたカエルを差し出した。
「~~~~ランドぉ!!お義父様はカエルが苦手だと言ってるだろお!!!!」
涙目で訴える義父をけらけらと笑うランドルフは、この時ばかりは年相応のイタズラっ子になる。
それが嬉しいやら腹立つやら。
だがアドルフは遠い日の事を思い出し、時に切なくなるのだ。
そんなランドルフが、ある日折入ってお願いがあります、とアドルフに真剣な眼差しで言ったのは、自身の婚約についての事だった。
「僕が公爵家に来たのは、その……ある女の子と約束したからです」
もじもじと、恥ずかしそうに少年は言う。
アドルフはこの子にも年相応に照れる事はあるのだと不思議に思った。
「その子はどの家の子だ?」
「はい、リーデルシュタイン辺境伯の……リーゼロッテ嬢です」
アドルフは目を見開いた。
リーデルシュタイン辺境伯へはランドルフの叔父であるオスヴァルトが跡取りとなったテレーゼに婿入りしている。
リーゼロッテはテレーゼの姪にあたる子で、辺境伯を継いだ彼女の養女となった。
だが辺境伯は基本国防の要、滅多に王都に来る事は無い。
まだ10歳のランドルフが、いつその娘と出会ったのか不思議に思った。
「いつの間に辺境伯令嬢と知り合いになったんだ?」
「四、五年程前、ディートリヒ父上の一団が辺境伯領に盗賊退治に行ったのは覚えてますか?」
「ああ、覚えている」
かねてより問題視されていた『天上の楽園』の名前が報告書にあったのを記憶している。
一年程前にようやく解毒剤が作られ、有用性も注目されはしたもの、元々媚薬の類である為長らく議論がなされているのだ。
「その時、たまたま母上が辺境伯領へ軟膏を届けに行く役目を引き受けたので僕たちも着いていったんです。……そのときに出逢いました」
その話も聞いていた。
誰でもない、娘夫婦がその実害に遭ったと聞かされた時は肝が冷えた。
幸い何の偶然か奇跡かは分からないが、二人の仲が壊れるような事態にはならず、安堵したものだった。
まさか、孫が結婚したい相手に出逢うなど思いもしなかったが。
「分かった。リーデルシュタイン辺境伯へ打診してみよう」
リーゼロッテの祖父にあたる男は前国王の従兄弟だ。
身分も問題無い。
また養父にあたる男はランドルフの叔父だ。
何とも身近で惹かれ合うものだと、アドルフは苦笑した。
半月後。
リーデルシュタイン辺境伯領から婚約の返事が来た。
『一度会って話をしたい』
親戚筋ではあるが、身分はオールディス公爵家が上である。
だが辺境伯は二つ返事では無かった。
それをランドルフに伝えると、「分かりました」と小さく返事をした。
その後都合をつけてアドルフとランドルフはリーデルシュタイン辺境伯領へ赴いた。
アドルフはいつでも休めるように部下を育てていた為休暇申請は容易に通った。
「いらっしゃいませ、オールディス公爵殿。
長旅お疲れ様でございます」
アドルフらを迎えたのはリーデルシュタイン辺境伯を継いだテレーゼの夫であるオスヴァルトだった。
「歓迎ありがとう。奥方は息災か」
「お気遣い痛み入ります。妻は現在第二子を妊娠しておりまして、つわりが酷く床に伏せっております」
「それは心配だな。滋養のあるものを持って来た。良ければ奥方へ差し入れてくれ」
「ありがとうございます」
大人の会話をランドルフはじっと見ていた。
実のところ、ランドルフの兄ジークハルトは叔父であるオスヴァルトを慕っていたが、ランドルフはそうでも無かった。
だがリーゼロッテが彼の養父となった事で態度を改める事にした。
よくよく見れば前に会った時より逞しくなってる気がする、と、彼なりの慧眼でオスヴァルトを見定める。
オスヴァルトもランドルフから痛いほどの視線を浴び、居心地の悪さを感じていた。
「立ち話も何ですし、どうぞ中へ」
案内されたのは邸内の応接間。
ソファに座るとお茶が運ばれて来た。
「久しぶりだね、ランドルフ。君がオールディス公爵家へ行ったんだね」
オスヴァルトは優しく話し掛ける。
ランドルフは仮にも養父、粗相があってはいけないと、きゅっと拳を握った。
「はい。……リーゼロッテ嬢と約束しましたので」
「そうか。あの時君たちは離れ難いようだったね。……でも、リーゼロッテは覚えていないらしいんだ」
申し訳無さそうに義父となる男は眉根を寄せた。
ランドルフの思考は固まった。
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