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第二部〜オールディス公爵家〜
本心はこれじゃない
しおりを挟む結局フローラの誕生日パーティーでは候補を見繕えなかった。
両親は落胆し、重い溜息を吐く。
「自分で見つけられないならこちらで見繕う」
父グスタフの言葉はアドルフに重くのしかかった。
オールディス公爵家は時の王弟の臣籍降下から始まる。アーレンス王国の長い歴史の中でも比較的古い方で代々血を繋いで来た。
王女や王子が降嫁して来た事もある。
そんなオールディス家にとって血を繋ぎ家を存続させる事はある意味で義務でもあった。
アドルフの両親は政略結婚。母親は親戚筋からの者だ。
一人息子を設けてからは互いに自由に過ごしている。
体外的には夫婦仲は良好だが半分血の繋がった兄弟姉妹が何人いるんだか、とアドルフは溜息を吐いた。
今の所後継はアドルフだが、うかうかしていたらそれすら奪われるな、とアドルフは舌打ちしたいのを堪えた。
その後アドルフは王立学園に入学した。
王太子ユリウスの友人として行かない選択肢は無かった。
最悪ここで誰かに出逢えればいい、父の道具となる前に。アドルフはそう考えた。
「あー、生徒代表挨拶とか面倒くさい。アドルフ代われ」
「何を言ってるんですか。代表挨拶なんか国王になれば一度や二度では済まないでしょう?駄々捏ねずさっさと行って下さい。フローラ嬢も見てますよ」
アドルフがフローラの方へ目線を促すと、その隣には先日誕生日パーティーの時にいた令嬢が彼女の隣で微笑んでいた。
あの時のような屈託の無い笑顔ではなく、儚げで華奢で庇護欲をそそるような淑女然とした落ち着いた笑み。
『あんな顔もできるのか』
アドルフはしばしその笑みに見惚れてしまった。
「……ん?なんだアドルフ、お前まさか…」
「えっ、いや、ちが、これは」
慌てるアドルフ。何が違うと言うのか分からず、自分のこんな様子に彼自身が一番びっくりしていた。
「フローラは俺のだから!俺の!婚約者!!見るな!減るわ!」
「は?見るわけ無いだろう!?」
「じゃあ誰を見て………あ、はっはーん」
いつもと違う様子のアドルフに、ユリウスは目を光らせた。
「いや、違う。あれは無いから。絶対無いから!あんな、淑女じゃないみたいな女……」
「何が無いのかしら?」
「え」
振り向いた先にいたのは先程の金色の髪の少女とフローラだった。
聞かれていたのか、と思うとアドルフは冷や汗をかき顔が引き攣るように強張った。
少女の顔つきが険しかったから。
「淑女じゃないみたいで申し訳ございません。生来身体が弱くてまともな教育を受けていないせいですわ。でもご安心下さいね。
私も、あなたのように失礼な殿方は、絶対にありえませんから!!」
きっ、と睨まれアドルフは思わず後ずさった。
空色の瞳に射抜かれ、たじろぐ。
「す、すまない……」
その勢いに押され、アドルフの口からは思わず謝罪の言葉が漏れた。すると先程までアドルフを睨んでいた女性は、きょとんと怒りを解き、その瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「なあんだ。謝る事もできるのね。いいわ、今日は許してあげる」
ぷいっとそっぽを向くと、チラチラとアドルフを見てきた。
「あ、ああ、ありがとう……?」
「ふふん、どういたしまして」
そう言って得意げに笑い、カーテシーをする。アドルフにはその姿が鮮明に焼き付いた。
「君の名は……」
「マリアンヌよ。マリアンヌ・ソレールですわ、オールディス公爵子息様」
「マリアンヌ……。俺はアドルフ・オールディスだ。アドルフでいい」
言ったあとで、アドルフはハッとする。
マリアンヌも眉根を寄せ訝しげに彼を見た。
「アドルフ……様?では、私の事もマリアンヌと」
「あ、ああ……」
戸惑う二人を見かねたフローラとユリウスはコソコソと囁きあう。
「ユリウス様、オールディス公爵子息様ってこんな方でしたっけ?」
「いや、俺も驚いているぞ。熱でもあるのかもしれん」
「それは問題だわ、マリアンヌに感染ったら大変」
「えっ、それはどういう」
ユリウスが言い終わらぬうちにフローラはマリアンヌを呼び出した。
「マリアンヌ、行きましょう。式に遅れるわ」
「えっ?え、ええ、そうね」
後ろ髪引かれつつ、マリアンヌたちはその場をあとにする。
残されたアドルフは自身の変化に戸惑い、またあの女性が気になる事に驚いていた。
「俺たちも行くか」
「えっ、ええ、そうですね…」
ぽん、と肩を叩かれ、アドルフたちも式場へ向かう。
ユリウスは先程フローラが言っていた事を頭の中で反芻した。
『熱でもあるのかもしれん』
『感染ったら大変』
加えて誕生日パーティーでの会話も連鎖的に思い出す。
『マリアンヌ!会いたかったわ!今日はいいのね?嬉しいわ……』
『えへへ~、フローラの為にやって来ました』
ちらりと隣を歩くアドルフを見やる。
予想が当たっていれば、彼女はおそらく。
後程フローラに確認しようと思い、足早に式場へと足を向けた。
アドルフも先程の彼女を思い出していた。
最初から『無い』と弾いたハズの女性。
だが彼女から『絶対にありえませんから』と拒絶された時、何故か胸が激しく痛んだ。
(お互いに無いと思っているんだ。それでいいじゃないか)
思えば思う程、胸の痛みは増して行く。
気付いたときにはもう手遅れなのだが。
アドルフが己の本心に気付くのはまだ先だった。
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