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第二部〜オールディス公爵家〜

国王と若き宰相の話

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「上手くいったようだな」

「全く、僕に押し付けるのは止めて頂けませんかね」

「私とて兄上の尻拭いはしたんだよ」

「えげつないやり方ですがね」

 クスクス笑うのは現国王ヴィルヘルム。
 デーヴィドの実弟である。
 まだ40にも満たない若き王は10年以上玉座を保持している。

 彼と対等に話すは若き公爵家後取りのランドルフ・オールディス。
 この度義父の後を継ぎ宰相の末席に加えられた。

 年老いた義父の頭脳をそのまま受け継いだ彼は国王であるヴィルヘルムの命を受け、とある任務を遂行した。

 かつての王太子、ヴィルヘルムの兄であるデーヴィド・ハイリーを宰相補佐として任命する事。
 但し為人ひととなり、仕事に対する態度、能力如何ではそのまま文官の末席のまま据え置く事も付け加えられた。

 能力の高いランドルフをわざわざひなびた部署へ派遣したのは、ひとえにデーヴィドの観察の為だったのだ。
 最終的な判断はランドルフに任せられたが、存外デーヴィドの事を気に入ったようだ。ちなみにアデリナも引き抜く事にした。
 種明かしをした時二人とも戸惑いつつも了承し、引き継ぎを終えた後はランドルフに与えられた執務室に勤務する事になっている。

「まあ、あれでも兄上は亡き妻の借金は自分で返したからね。そろそろ人並みの幸せがあってもいいんじゃないかと思ったんだ。
 ちなみに私は借金がこれ以上増えないようにしただけだよ。兄上が投げ出すような人なら貴重な国庫から出さないといけなくなるからね」

 人好きのする笑みを浮かべ、国王は事も無げに言った。

「……仮にも伯爵夫人が場末の酒場に行くなど、正気の沙汰ではありませんね」

「そうだね。たまたま行った酒場でたまたま破落戸ごろつきの喧嘩に巻き込まれたりするからね。
 大変に、危険だよ」

 ランドルフは底冷えするような王の笑みを正面から見ないようにした。
 彼のした事を、容易に想像できたからだ。
 直接手は出していないだろう。だがそれを明確にはしない。王家の裏を見た気分だった。

「時に母君はお元気かい?」

「ええ、相変わらず夫婦仲良くやってるようですよ」

「そうか。……義姉あね上達には帝国との同盟に尽力して貰ったからね」

 惜しまれつつ騎士団を引退したディートリヒは、その後暫く妻カトリーナと共に領地経営に専念していたが、その後帝国将軍たちと個人的に交流し、なんと同盟の話までこぎつけた。
 将軍達の奥方とカトリーナが仲良くなった為らしいが、四方を守る将軍と剣を交えたディートリヒも男同士の絆を築いたらしい。
 それを帝国の皇帝に進言すると、それならば友好国として同盟を組む事になったのである。
 以後夫妻は親善大使として帝国と行き来をしている。

 その事もあって、過去の功績等を鑑み、ランゲ伯爵は侯爵へと陞爵された。
 ディートリヒは頑なに固辞していたが、いい加減英雄の爵位を上げないと後がつかえているとヴィルヘルムが説得したのだ。この時いくつかの爵位も賜った。

「ときに国王陛下」

「ん?どうした?」

「いい加減、人の母を義姉呼ばわりするのはお止め頂きたいのですが」

「いやあ、癖って中々抜けないよね」

「母があなたの兄の婚約者であった期間と、婚約破棄されて父と結婚した期間とどっちが長いと思ってるんですか。いい加減現実を見て下さい」

「妻って言わないだけマシじゃない?」

「気持ち悪い事言わないで下さい。王妃陛下に言いつけますよ」

 王妃を引き合いに出され、ヴィルヘルムは苦笑を浮かべた。
 王妃とは政略結婚である。
 最初は互いに愛は無かったが徐々に芽生え、ヴィルヘルムが側妃や愛妾を取ることも無かった。
 兄が真実の愛という名の浮気をしてからは反面教師として、婚約者を悲しませないようにと己を律してきた。

「大丈夫だよ。王妃は私の想いを知っているから」

 そう言ってどこか遠くを見る目をした王に、ランドルフは溜息を吐いた。

「父のライバルは多そうですね」

「いやぁ、ランゲ侯爵には敵わないよ。夜会でも奥方を絶対離さないという意思を感じる。私にさえ牽制するくらいだからね」

 年齢を重ねる毎にディートリヒの色気が増し、顔の傷など些末ごとのように女性が群がるようになった。
 だが彼にとって妻以外の女性は目に入らない。
 蔑む視線を送っていた者がいくら言い寄ろうと、相手にしないのだ。

 カトリーナも元よりの美貌に妖艶さが加わり、かと思えば清純で貞淑な妻の顔も見せる。
 舞踏会を開けば彼女と踊りたいと手を挙げる男は後を絶たない。
 だが、例え踊れたとしても睨みを効かせる英雄を横目に平気でいれる男は少ない。
 その為下心のある輩は軒並み遠巻きに見る以外に無かった。

 最早二人の仲を邪魔できる者はいない。
 いたとしても己に集るハエの如く振り払う。

 常に寄り添い理想の夫婦像を描く二人は、アーレンス王国にとっても重要な人物になっていた。

「時にジークはどうしてる?」

 ジークとはランドルフの兄ジークハルトの事である。

「兄上は……騎士団に入団はしましたが中々芽が出ないようで悩んでますね。元々優しすぎる性格ですから……。ヴェルナーの方が騎士向きなんじゃないですかね」

「そうか……。婚約者とはうまくいっているのか?」

「仲良くやってますよ。義姉上になる方は兄をしっかり支えてくれる方ですから」

「結婚式には行くからな。お前の両親の時行けなくて悔しい思いをしたんだ」

 過ぎた日の事を未だ根に持ち顔を顰める国王を見て、ランドルフは苦笑した。

「あ、お前の時も行くから。なに心配するな、執務は王太子が上手くやるよ」

「王太子殿下は真実の愛に浮かされてませんか?」

 ランドルフが揶揄うように問い掛ける。

「そんな事をいい出した時点で廃嫡するよ」

 再び事も無げに言った国王を見て、ランドルフは身震いした。
 父親として王太子に接する彼の表情とは違う、為政者としての顔。
 こんな表情をするから彼は国を統べる王としてヴィルヘルムを慕っている。

「これからもアーレンス王国の為に尽くす所存です」

 恭しく礼をしたランドルフに、国王ヴィルヘルムはにやりと笑った。




【未来編/了】


 ~~~~~~~~~


 本編より未来のお話はこれでお終いです。
 次回より過去のお話になります。
 主人公はカトリーナの両親です。
 もう少しお付き合い下さいm(_ _ )m

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