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第二部〜オールディス公爵家〜
自覚と求婚
しおりを挟むそれからアドルフはマリアンヌに対する態度をガラリと改めた。
言い争いをするのは変わらないが過保護に接するようになったのだ。
マリアンヌの体調が悪くならないよう常に彼女を見つめている。
そんなアドルフの態度を、素直に受け止めて良いのか、ただの友情としてなのか、マリアンヌは測りかねていた。
「あー、アドルフ、アドルフ。お前と、マリアンヌ嬢は……婚約でもしたのか?」
見かねたユリウスがアドルフを引き止めた。休憩時間にマリアンヌの元へ行こうとしたからだ。
「いや、そういうわけではないが」
「ならばまるで婚約者のように彼女に会いに行くのはよさないか」
言われてアドルフははた、と気付いた。
その場に固まり、瞬きだけは早くなる。
彼にとってそんなつもりは無かった。だが周りからはそうは思われていないようだとこの時初めて気付いたのだ。
身体が弱いとはいえ侯爵家令嬢。いずれどこかの家に嫁いで行くかもしれないと思うと婚約しているわけでもない男が付き纏うのは良くないだろう。
だが、そう思ったところでアドルフの胸はモヤが掛かったようになりざわざわと騒ぎ出した。
(いやだな)
自然と、そう、感じた。
あの弱々しい身体を、白い肌を、自分以外が、と思うと自然と怒りが湧いてくる。
「……婚約者になれば良いんだな」
「アドルフ……お前まさか」
ユリウスの静止も構わず、アドルフはマリアンヌの元へ行く。
「マリアンヌ」
フローラと共に中庭のベンチに腰掛けていたマリアンヌは、聞き慣れた筈の声が不意に自分の名前を呼んだ事にどきりとした。
「オールディス様……」
マリアンヌが言い終わらぬうちにアドルフはその前に跪き、彼女の手を取った。
「マリアンヌ嬢、私と結婚してくれ」
それは何も飾らない、突発的でストレートな求婚だった。
「えっ、あ、あの」
「今まで気付かなかったが、どうやら私は君を好きらしい。君が他に嫁ぐと考えた時、嫌だと思った。君を世話するのは私でありたい」
言葉が紡がれる度顔が赤くなり鼓動が早くなるマリアンヌに対し、アドルフは無表情だが情熱的に求愛をする。
だがマリアンヌは是と言う事ができない。
「……わ、私は、身体が……」
「私が介護する」
「あ、あの、あなたは公爵家を継ぐ方で、私は……子どもが…」
「私には異母異父兄弟姉妹がいる。顔は見た事無いが、それらにやればいい」
「そ、それは、そんな、事……」
「それはいいから、君の返事が欲しい。私ではだめか?他に……いるのか?」
縋るようなアドルフの瞳が揺れる。
その瞳に見つめられると、マリアンヌは拒否できないのだ。
「他に、誰もいないわ……。でも私は……あなたに子を授けられないかもしれない。行為だって、できないかも…。だから愛妾とか、できたりして、私は……」
「君がいるなら他はいらない」
マリアンヌはアドルフを見る。彼の表情は相変わらず無い。だがうっすらと耳が赤くなっている。瞳を見れば深い碧の瞳にはしっかりと自分の姿が映り、捉えて離さない。そしてその熱はマリアンヌに向けられていた。
「マリアンヌ嬢、君の気持ちを聞かせてくれ。後継とか、今はそんな事を考えるのではなく、私の事が良いか、受け入れられるか、求婚に応じてくれるかどうかを知りたい」
「……ちょっとお待ちください、それは私に拒否権は無いではありませんか」
「拒絶の言葉は聞こえないんだ」
「なっ……、そんなの、イエスしか言えないではないですか!」
「イエスか!応じてくれるのだな?」
「ちょ……待って、今のは無し、撤回します!」
「言っただろう、拒絶は聞かない。……ありがとう、マリアンヌ嬢……、これからはマリアンヌと呼ぶ」
アドルフはそう言って、マリアンヌの手に口付けた。
「早速君の両親にご挨拶に行こう。次の虹の日なんかはどうだ?」
「む……」
「む?」
「無理っ……!」
プシューっと音を立て、マリアンヌはへなへなと崩折れた。
「マリアンヌ!?大丈夫か?しっかりしろ!」
「アドルフ様!?ちょ、そんな事したら噂がっ!」
「構うものか!マリアンヌが倒れたのだぞ!?救護室に連れて行く!」
制止するフローラの言葉も聞かず、そのままがばりとマリアンヌを横抱きにし、アドルフは救護室へ向かう。
フローラと、友人を追い掛けてきたユリウスは、顔を見合わせ溜息を吐いた。
ユリウスは集まってきていた生徒たちに説明し散らせたが、今までに見た事の無い友人の変貌ぶりにただ驚いていた。
気を失ってしまったマリアンヌを救護室に運び、そのベッドにそっと降ろす。
身体に負担をかけてしまったのか、とアドルフは小さく息を吐いた。
彼女がキャパオーバーで倒れたという発想はない。ただひたすら目覚めるまでその身を案じていた。
眠るマリアンヌの肌は白いが頬に赤みがある。以前倒れた時のような病的な白さではない事にひとまず安堵した。
それと同時に考える。
おそらく学園内で噂が出るだろう。自身とマリアンヌの仲を囁くものが。
公爵家と侯爵家。身分に問題は無い。
マリアンヌには兄と弟がいる。オールディス公爵家に迎える事も可能だ。
だが身体が弱い。
幼い頃から何度も倒れていると救護員に話を聞いた。──婚約するとなれば後継問題がついてくる。果たして彼女の身体が出産に耐えられるのか。そもそも、子作りの行為をできるのか。
できないならば、両親は反対するだろう。
だがアドルフはマリアンヌに求婚した。
これから先一緒に歩むなら彼女が良いと思ったからだ。
「……ん…」
かすかに身動ぎしたマリアンヌの瞼がゆっくりと開いていく。ぼんやりとした空色の瞳に、無表情だが色濃く心配するアドルフの姿が映る。
「…あ、アドルフ……様」
途端に先程のプロポーズを思い出し恥ずかすさから掛布を引っ張り顔の半分を隠した。
「調子はどうだ?」
「大丈夫…です」
額にそっと触れた手の温もりに、マリアンヌの鼓動が跳ねた。
「顔が赤くなって倒れたんだが、熱は無いようだな」
「あ、あの、それは……」
それの原因は羞恥からです、とは言えずマリアンヌは口篭った。すっ、と離れる手に名残惜しさすら感じてしまう。
「大丈夫なら良かった」
ホッとしたように微笑む。普段無表情だと言われている人から微笑みを向けられたらどうすれば良いのだろう。マリアンヌの思考はいっぱいいっぱいだった。
そんな彼女の手を取り、アドルフは瞳を見据えた。
「マリアンヌ嬢、先程の件だが私は本気だ。
君の身体の事もあるから問題はあるだろう。だが解決策もある。
生涯君だけを愛する事を誓うよ。だからどうか頷いてくれ」
乞うように、縋るように見つめられ、マリアンヌの瞳に涙が滲む。
「私で……良いのですか?後悔しませんか?」
アドルフは眦から雫を掬い取る。そのまま額を撫でた。
「君が良いんだ」
マリアンヌの瞳から、とめどなく溢れてくる。
「わた、私も、あなたが……いい」
差し出した手を取られ、マリアンヌはアドルフの胸に飛び込んだ。
背中に回された手が、とても熱く感じる。
「好きだ」
たった一言。
飾りも何も無い、その一言がマリアンヌの全てに染み渡る。
きっと自分は長くは生きられない。
けれども、自分にある限り全力で彼を愛そう、彼と生きよう。──彼と生きていきたい。
マリアンヌは、自身の腕をアドルフの背中に回す。
弱々しい、非力なものだが、自分からは離さないと誓ったのだった。
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