46 / 59
第二部〜オールディス公爵家〜
自覚と求婚
しおりを挟むそれからアドルフはマリアンヌに対する態度をガラリと改めた。
言い争いをするのは変わらないが過保護に接するようになったのだ。
マリアンヌの体調が悪くならないよう常に彼女を見つめている。
そんなアドルフの態度を、素直に受け止めて良いのか、ただの友情としてなのか、マリアンヌは測りかねていた。
「あー、アドルフ、アドルフ。お前と、マリアンヌ嬢は……婚約でもしたのか?」
見かねたユリウスがアドルフを引き止めた。休憩時間にマリアンヌの元へ行こうとしたからだ。
「いや、そういうわけではないが」
「ならばまるで婚約者のように彼女に会いに行くのはよさないか」
言われてアドルフははた、と気付いた。
その場に固まり、瞬きだけは早くなる。
彼にとってそんなつもりは無かった。だが周りからはそうは思われていないようだとこの時初めて気付いたのだ。
身体が弱いとはいえ侯爵家令嬢。いずれどこかの家に嫁いで行くかもしれないと思うと婚約しているわけでもない男が付き纏うのは良くないだろう。
だが、そう思ったところでアドルフの胸はモヤが掛かったようになりざわざわと騒ぎ出した。
(いやだな)
自然と、そう、感じた。
あの弱々しい身体を、白い肌を、自分以外が、と思うと自然と怒りが湧いてくる。
「……婚約者になれば良いんだな」
「アドルフ……お前まさか」
ユリウスの静止も構わず、アドルフはマリアンヌの元へ行く。
「マリアンヌ」
フローラと共に中庭のベンチに腰掛けていたマリアンヌは、聞き慣れた筈の声が不意に自分の名前を呼んだ事にどきりとした。
「オールディス様……」
マリアンヌが言い終わらぬうちにアドルフはその前に跪き、彼女の手を取った。
「マリアンヌ嬢、私と結婚してくれ」
それは何も飾らない、突発的でストレートな求婚だった。
「えっ、あ、あの」
「今まで気付かなかったが、どうやら私は君を好きらしい。君が他に嫁ぐと考えた時、嫌だと思った。君を世話するのは私でありたい」
言葉が紡がれる度顔が赤くなり鼓動が早くなるマリアンヌに対し、アドルフは無表情だが情熱的に求愛をする。
だがマリアンヌは是と言う事ができない。
「……わ、私は、身体が……」
「私が介護する」
「あ、あの、あなたは公爵家を継ぐ方で、私は……子どもが…」
「私には異母異父兄弟姉妹がいる。顔は見た事無いが、それらにやればいい」
「そ、それは、そんな、事……」
「それはいいから、君の返事が欲しい。私ではだめか?他に……いるのか?」
縋るようなアドルフの瞳が揺れる。
その瞳に見つめられると、マリアンヌは拒否できないのだ。
「他に、誰もいないわ……。でも私は……あなたに子を授けられないかもしれない。行為だって、できないかも…。だから愛妾とか、できたりして、私は……」
「君がいるなら他はいらない」
マリアンヌはアドルフを見る。彼の表情は相変わらず無い。だがうっすらと耳が赤くなっている。瞳を見れば深い碧の瞳にはしっかりと自分の姿が映り、捉えて離さない。そしてその熱はマリアンヌに向けられていた。
「マリアンヌ嬢、君の気持ちを聞かせてくれ。後継とか、今はそんな事を考えるのではなく、私の事が良いか、受け入れられるか、求婚に応じてくれるかどうかを知りたい」
「……ちょっとお待ちください、それは私に拒否権は無いではありませんか」
「拒絶の言葉は聞こえないんだ」
「なっ……、そんなの、イエスしか言えないではないですか!」
「イエスか!応じてくれるのだな?」
「ちょ……待って、今のは無し、撤回します!」
「言っただろう、拒絶は聞かない。……ありがとう、マリアンヌ嬢……、これからはマリアンヌと呼ぶ」
アドルフはそう言って、マリアンヌの手に口付けた。
「早速君の両親にご挨拶に行こう。次の虹の日なんかはどうだ?」
「む……」
「む?」
「無理っ……!」
プシューっと音を立て、マリアンヌはへなへなと崩折れた。
「マリアンヌ!?大丈夫か?しっかりしろ!」
「アドルフ様!?ちょ、そんな事したら噂がっ!」
「構うものか!マリアンヌが倒れたのだぞ!?救護室に連れて行く!」
制止するフローラの言葉も聞かず、そのままがばりとマリアンヌを横抱きにし、アドルフは救護室へ向かう。
フローラと、友人を追い掛けてきたユリウスは、顔を見合わせ溜息を吐いた。
ユリウスは集まってきていた生徒たちに説明し散らせたが、今までに見た事の無い友人の変貌ぶりにただ驚いていた。
気を失ってしまったマリアンヌを救護室に運び、そのベッドにそっと降ろす。
身体に負担をかけてしまったのか、とアドルフは小さく息を吐いた。
彼女がキャパオーバーで倒れたという発想はない。ただひたすら目覚めるまでその身を案じていた。
眠るマリアンヌの肌は白いが頬に赤みがある。以前倒れた時のような病的な白さではない事にひとまず安堵した。
それと同時に考える。
おそらく学園内で噂が出るだろう。自身とマリアンヌの仲を囁くものが。
公爵家と侯爵家。身分に問題は無い。
マリアンヌには兄と弟がいる。オールディス公爵家に迎える事も可能だ。
だが身体が弱い。
幼い頃から何度も倒れていると救護員に話を聞いた。──婚約するとなれば後継問題がついてくる。果たして彼女の身体が出産に耐えられるのか。そもそも、子作りの行為をできるのか。
できないならば、両親は反対するだろう。
だがアドルフはマリアンヌに求婚した。
これから先一緒に歩むなら彼女が良いと思ったからだ。
「……ん…」
かすかに身動ぎしたマリアンヌの瞼がゆっくりと開いていく。ぼんやりとした空色の瞳に、無表情だが色濃く心配するアドルフの姿が映る。
「…あ、アドルフ……様」
途端に先程のプロポーズを思い出し恥ずかすさから掛布を引っ張り顔の半分を隠した。
「調子はどうだ?」
「大丈夫…です」
額にそっと触れた手の温もりに、マリアンヌの鼓動が跳ねた。
「顔が赤くなって倒れたんだが、熱は無いようだな」
「あ、あの、それは……」
それの原因は羞恥からです、とは言えずマリアンヌは口篭った。すっ、と離れる手に名残惜しさすら感じてしまう。
「大丈夫なら良かった」
ホッとしたように微笑む。普段無表情だと言われている人から微笑みを向けられたらどうすれば良いのだろう。マリアンヌの思考はいっぱいいっぱいだった。
そんな彼女の手を取り、アドルフは瞳を見据えた。
「マリアンヌ嬢、先程の件だが私は本気だ。
君の身体の事もあるから問題はあるだろう。だが解決策もある。
生涯君だけを愛する事を誓うよ。だからどうか頷いてくれ」
乞うように、縋るように見つめられ、マリアンヌの瞳に涙が滲む。
「私で……良いのですか?後悔しませんか?」
アドルフは眦から雫を掬い取る。そのまま額を撫でた。
「君が良いんだ」
マリアンヌの瞳から、とめどなく溢れてくる。
「わた、私も、あなたが……いい」
差し出した手を取られ、マリアンヌはアドルフの胸に飛び込んだ。
背中に回された手が、とても熱く感じる。
「好きだ」
たった一言。
飾りも何も無い、その一言がマリアンヌの全てに染み渡る。
きっと自分は長くは生きられない。
けれども、自分にある限り全力で彼を愛そう、彼と生きよう。──彼と生きていきたい。
マリアンヌは、自身の腕をアドルフの背中に回す。
弱々しい、非力なものだが、自分からは離さないと誓ったのだった。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる