カーテンコール〜完結作品の番外編集〜

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後悔男たちの嘆き

地獄への片道切符【side クリストハルト】

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 僕は死んだ。
 身体も残らなかった。
 誰かの生命を奪った代償は、容赦無く僕を襲った。

 彼女を愛していた。
 ただ、そばにいてくれるだけで良かった。
 けれど僕は彼女を裏切って、彼女は他の男に奪われた。

「まだこんな所で蹲っているのか」

 黒い髪の教皇が半笑いでそばに来る。
 もう死んだんだ。どこにいようが勝手じゃないか。

「まあ、死んでも嫌な事から逃げ続けるならそれでもいいが」

 言いながら地上を見た彼は眉間にシワを寄せた。
 彼の愛する女性の傍らには赤い髪の男が寄り添う。
 誰にも奪われないように大切に囲っていたはずなのに、結局自分が死んだ後他に奪われているのは教皇も同じだ。

「……幸せに、なれたのか……?」

 赤い髪の男は聖女をエスコートし、聖女も男に微笑んでいる。
 その仕草が自然に見えるのは、少なからず今回が初めてではないのだろう。
 その様を目を細めながら教皇は見ている。
 縫い留められたように呆然としたまま。

「いや、構わん。俺以外と、……そうなるように、別に、…………」

 ボソボソと何かを呟くが、その顔は今にも泣き出しそうだった。

 他人の事は言えないが、生きてるうちになぜ大切にできなかったのか。
 ただ言葉に耳を傾け、寄り添い、慈しむだけでその愛を永遠にできたのに。

 僕も下を見てみる。

 白銀の髪を煌めかせ、彼女は黒髪の男に駆け寄る。
 男の腕から娘を受け取ると、愛おしむように頬擦りをした。
 ぷくりと頬を膨れさせた娘は、母親の首に腕を巻き付け、少しばかり瞳に雫を滲ませていた。
 何かを言われ、満更でもないような表情は、幼い頃の彼女を思わせる。

「…………」

 娘を再び男に預け、彼女は男を娘ごと抱き締めた。
 嬉しくてたまらないという表情で、嬉しそうにお腹に手を当てている。
 その慈愛の眼差しはまるで……。

 僕は自分の胸をぎゅっと掴んだ。

 ──その顔は僕だけが知りたかった。
 知れる権利を得ていたのに。
 一緒に喜びを分かち合いたかった。
 一緒に壁を乗り越えたかった。

 けれど、手放してしまった。
 彼女からの愛も、未来も。

 きつく目を閉じて、せり上がるモノを必死に押さえる。そんな権利は無いのだ……。


「生きているうちに、気付きたいものだな……」

 ぽつりと教皇が呟く。何を、なんて言わなくても分かっている。
 僕も教皇も、愛していたのに、愛されていたのに自ら壊してしまった。
 愛が永遠に続くなんて幻想に縋っていた。

「そろそろ行く。亡霊に付き纏われてたんじゃ、あいつも幸せになれん……」

 僕はまだ見ていたかった。
 辛い現実でも、彼女が見れるならそれだけで良かったから。

 けれど、死者は死者として行かねばならぬ場所がある。
 生者とは道は分かたれるのだ。

「僕も行きます」

 何度も下を見ながら、彼女の幸せそうな笑みを焼き付ける。
 例え他の男の為に笑っているのだとしても。


 導かれてやって来たのは暗い道。
 生前の行いから僕たちに光の道は無い。

 目指すのは地獄への道。その門前に一人の男がいた。

「お待ちしておりました」

 青緑の頭を下げ、その男は言う。

「クラウス……」

 まさか彼までここにいるとは思わなかった。
 光の道に行ったのだと思っていたのだが。

「お伴しますよ」

 スッキリした表情で笑うが、……だが、彼は。
 まだ生きているようだった。

「伴は要らない。お前は戻れ」

 生きているならば、一緒には行けない。
 クラウスは目を見開き息を呑みこんだ。

「しかし……」
「お前には待ってくれている者がいるだろう?」

 クラウスは口を噤む。
 下を見ると、彼の幼い頃によく似た緑色の髪を持つ少年が、侍女と共に庭を散歩していた。
 そこは白い花が咲き、その中にアクセントとして赤い花、そして青い花が咲いている、彼の王都にある実家で。
 少年は侍女と手を繋ぎ花を指差し、何かを強請っているようだ。
 侍女は笑顔で答える。おそらく花の名を聞いているのだろう。
 二人は母子のように寄り添い、ひとときを楽しんでいる。
 クラウスは二人を見て、唇を噛み締めた。

 暫らくすると庭師の男が母子に一礼する。
 三人はまるで親子のように庭に咲く花を眺めていた。

「誰も、待ってなど……」
「いや、そうでもないだろう」

 少年が侍女に何かを問う。

『父上は、まだ帰らないのでしょうか……』

 侍女はそっと、少年を抱き締めた。

『いつかきっと、帰って来ますよ』

 まるで、自分に言い聞かせるように、侍女も呟く。

「私は……」
「待っている者がいるなら還れ。お前にはまだ地獄は早い」

 教皇はぶっきらぼうに言うと、クラウスを門から引き離し正道へと導いた。

「殿下!」
「役目を終えたら杯を用意して待ってるぞ」

 ぐにゃりと、クラウスの顔が歪み、地上へ落ちて行く。
 おそらく生死の狭間を漂っていたのだろう。
 ……これで目覚めるはずだ。

「生きてる間に正道を歩めよ、クラウス」

 愚鈍なのか忠実なのか、僕が狂っても側近のままだった。
 僕の言葉を真に受けて、アストリアを傷付けた。
 子爵令嬢を側に置きながらアストリアを見ていた。
 でも、いつしか子爵令嬢への視線にも熱がこもるようになっていた。
 白に狂っても、ニセモノをホンモノにできたなら、きっと幸せになれるはずなんだ。
 生きていれば、何度でもやり直せる。

 望まれているなら、チャンスがあってもいいだろう……?


「先に逝くぞ」

 教皇は未練を振り切り地獄への門を潜る。
 僕たちに光ある世界への道は許されていない。
 あまりにも生きているときに道を外し過ぎた。
 沢山の人を傷付け、時に殺め、好き勝手に振る舞って来た結果、死しても楽にはなれない。

 一歩、踏み出す。

 自分の選んだ結果だ。

 また、一歩、踏みしめる。


 門を潜る前、一度振り返る。


 幸せそうに笑う白銀のきみ。


「どうか、幸せに……」

 その笑顔はきっと隣にいる黒髪の男が守るだろう。
 名残惜しく踵を返し、僕は地獄への門をくぐった。
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