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かつての母娘【淑女の顔も二度目まで/リリミアとアヴニール・マキナ】
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しおりを挟む午後のうららかな日差しが暖かい季節。
リリミアはアーサーに手を引かれ庭に設置されたソファに座りゆったりとした時間を過ごしていた。
一度目、二度目の夫マクルドから逃れて三度目の正直といわんばかりに逃げ切った今世。
二人の息子と愛する夫に囲まれ、穏やかで優しい時間を過ごせることにリリミアはようやく幸せを実感していた。
長男へルック・デウスは前回は育った環境からぶっきらぼうで粗野な子になった……と思ったが、伯爵家嫡男として生まれても本質は変わらないようで。
弟ができて嬉しさを爆発させてからはしょっちゅう構い倒し次男エルピス・エクスクロスからけむたがられている。
エルピスは体を動かすよりも本を読むことを好む少年だ。
二人を見ていると、いつかのあの日を思い出させる。
エルピスが生まれて、リリミアはその子がエクスクロスの生まれ変わりだとすぐに気付いた。
マクルドから守ってくれた小さな騎士は、リリミアと本当の母子となったのだ。
エルピスにエクスクロスとしての記憶は無いが、やはり本質は変わらないのだろう。
体が弱った母を常に気遣い、優しい子に育った。
エクスクロスと違うのは、両親に甘えることができるようになったこと。
リリミアを傷付けてばかりだったマクルドから守るため、必死に体を張っていた以前と比べ、父アーサーは何よりも妻を大切にしていた。
だから今世ではお役ごめんとなり、彼は遠慮なく両親を慕い、甘え、時に反抗もする。
一度目、二度目を通して実の両親に心から愛されなかった彼を思えば大きな進歩で、記憶を持つリリミアをはじめ、事情を知るアーサーやシヴァルさえも正直へルックよりも甘やかしてしまうのは否めない。
とはいえ、へルックを疎かにしているわけではない。彼は前世で孤独を我慢していた本質があるせいか、素直で明るく人好きのする性格に世話好きで、一緒になってエルピスを構い倒すので、どちらかといえば疎かにされがちなのはアーサーの方だった。
そんな仲睦まじいアルクトゥルス伯爵家の面々は、バラム侯爵家と密に交流を深めていた。
リリミアの実家バラム伯爵家は、ティンダディル王女ルフェイを迎え入れると同時に陞爵され侯爵家となった。
留学していたときにあれよと言う間に整ったシヴァルとルフェイの婚約は、周囲に驚きをもたらしながらだった。
女っ気のなかったシヴァルが、留学から帰国していきなり王女を妻にすると両親に言ったものだからバラム伯爵夫妻が卒倒したのも頷けるだろう。
最初は恐縮しきりの夫妻だったが、ルフェイが王女だが気さくな性格でカメロンに馴染もうと伯爵夫人をたてる女性だったのであっという間に打ち解けた。
結婚してすぐに長女アヴニールを授かり、従兄弟ができたへルックとエルピスは不思議な気持ちで眺めていたが、ルフェイが頻繁にアヴニールと共に伯爵家へ来るので仲良くなるのに時間はかからなかった。
けれどリリミアは、アヴニールの存在が少し怖くもあった。
アヴニールはかつての娘のマキナの生まれ変わりだったからだ。
二度目のとき、生まない選択をしたのはリリミアだ。
一度目で愛人メイから生まれたかったという言葉は、孤立無援のリリミアの心を引き裂いた。
夫の裏切りに心を痛める中、離縁を思いとどまり公爵家に戻ったのはひとり娘のマキナがいたからだ。
けれどリリミアが知る前からマキナはマクルドがメイに会わせエクスに懐かせていた影響からか愛人メイを慕っていた。
夫だけでなく娘にすら裏切られたリリミアは現世に未練をなくしてしまったのは当然といえるだろう。
だから、時を戻り娘を生まない選択をした。
マクルドと行為をしたくないのもあるが、どう接したらいいか分からなかったのだ。
もう一度無条件に愛せる自信もなかった。
顔を見れば辛かった日々を思い出すだろう。
後悔はなかった。
そんなマキナはシヴァルとルフェイの間に生まれた。
初めて見たとき、嬉しさと戸惑いとで涙が止まらなかった。
会いたかった、会いたくなかった、幸せになってほしい、どうして生まれてきたのか。
リリミアの気持ちは混沌とし、姪であるアヴニールを可愛がりたい気持ちがなかなか湧かなかったのだ。
だが、リリミアとアヴニールの中に立ち、緩衝材の役割をしたのがへルックとエルピスだった。
人好きのするへルックは初めての小さな妹の存在に目を輝かせ、ことあるごとに会いに行きたがった。
アルクトゥルス伯爵家はバラム侯爵家の隣に領地を持ち、体が弱って社交を控えていたリリミアはそちらにいることが多かった。対してアヴニールは王都にいる。頻繁に遠出できる距離でもなかった。
社交シーズンがオフになると、ルフェイらも領地で過ごすので、アヴニールに会いに行ったり連れて来たり。
そうして過ごすうち、アヴニールはリリミアを慕うようになったのだ。
「おばさま、私にマナーを教えてくださいますか?」
「いいわよ」
ルフェイはカメロンのマナーを覚えはしたが、完璧とは言い難い。
リリミアは公爵家夫人として社交界を渡ってきた過去がある。
それもあり、母娘はリリミアに習うことも訪問の目的となっている。
「リリミアの所作はいつ見てもきれいね」
「お義姉様も洗練された美しさがありますわ」
「本当? 貴女にそう言われると自信に繋がるわ」
いつものようにマナー教室を終え、のんびりティータイムを楽しんでいるが、アヴニールはまだ一人復習していた。
「アヴィ、無理は禁物よ」
「お母さまは口出ししないで。私は立派な淑女になるんだから」
同じ姿勢を保ったままふらつくアヴニールを心配して、ルフェイは宥める。だがリリミアを憧れとするアヴニールは、訓練すればしただけ成果が出ると信じときには無茶な訓練をすることもあるようで。
「お母様はアヴィが心配なの。気を抜くときは抜かないと、辛くなるのはアヴィよ」
「アヴニール、小さなことの積み重ねで洗練されていくのよ。小さなうちはちょっと失敗しても愛嬌でなんとかなるわ」
「でも……」
「いらっしゃい。お母様たちとお菓子を食べましょう。ほら、アヴィの好きなものも沢山あるわよ」
ちらりと見れば大好きなお菓子がアヴニールを誘う。けれど淑女として体型を気にし、大好きな気持ちを押し殺してしまうことが最近よくあるのだ。
だからアヴニールはドレスをギュッと握り、ぷいっとそっぽを向いた。
「いらないわ。お菓子なんて食べてたらふくよかになって、立派な淑女とはいえなくなっちゃうもの」
ルフェイとリリミアは顔を見合わせた。
貴族が幼いうちから感情をコントロールし、社交界を渡ることを良しとしているのは、他家に侮られないためだ。
だが淑女教育を修めている令嬢ほど感情が表に出にくく、対して修めていない令嬢は天真爛漫に振る舞い、それが年頃男子に魅力的に映ることを鑑みれば、淑女教育の在り方に疑問が出るだろう。
だからルフェイはアヴニールには思うままに過ごしてほしかった。
日々の動作を気を付けることで所作などは自然に身に付くし、人目があるなら尚更。
それは気が抜けない戦場のような感覚なので、身内の前では緩くいてほしい。
緩急のつけ方を身に付けるのも大事だし、幼い頃から無理をしてほしくないのだが。
「アヴィ、ちょっといらっしゃい」
ルフェイは少しきつい口調でアヴニールを呼んだ。これ以上続けても幼いアヴニールの体が悲鳴をあげてしまうからだ。
けれどアヴニールは無視して、そのまま姿勢を正した。
「アヴィ」
近寄ってきた母に、アヴニールはきっと睨む。
「……お母さまは生まれたときから王女さまだから、私の気持ちは分からないのよ」
ぼそりと言うと、ルフェイは一瞬顔をしかめた。
それをアヴニールは敏感に察知し、「言ってはいけないこと」と判断した。
それに気まずくなり、たまらずその場から駆け出す。
「アヴニール!」
リリミアはその後ろ姿を見ながら、かつての娘を思い出していた。
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