カーテンコール〜完結作品の番外編集〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です

文字の大きさ
16 / 17
かつての母娘【淑女の顔も二度目まで/リリミアとアヴニール・マキナ】

叔母と姪

しおりを挟む

 放っておいて構わない、というルフェイを宥め、リリミアは使用人にアヴニールを追うように指示をした。
 子どもの足だ。あまり遠くへは行かないだろうが失言をしたまま時間が経過すれば母娘関係にヒビが入りかねない。
 一度目の自分とマキナのように。
 今のアヴニールはマキナの生まれ変わりだろうとはいえ、記憶はない。けれどどこかではマキナの片鱗が見え隠れしていた。
 マクルドとも自分とも血の繋がりは無いし一緒に生活しているわけではないから真似をする事もないはずなのに不思議だった。
 だからこそ、リリミアは今度はマキナが――アヴニールが母親を傷付けるようなことをしないように気を配りたかったのだ。

 使用人から居場所を聞けば、庭にある薔薇で彩られた生け垣のそばにアヴニールは座り込んでいた。
 リリミアはゆっくり近付き、そっと隣に腰を下ろした。

 かつての我が子の魂が宿っているのだろう姪子。
 母譲りの可愛らしい顔立ちは成長すればきっと周りが放っておかないだろう。
 きらきらの純粋な瞳は赤くなり涙で濡れ、時折鼻をすする音もする。

「……私は淑女にはなれないのかしら」

 ぽつりと漏れた小さな声。
 不安と自分に対する憤りと悔しさが混ざり、アヴニールは唇を噛み締めた。

「アヴニール、ルフェイは……生まれた時から王女だったわ」

 そんなこと知ってる、と言わんばかりにギュッとドレスを掴む。

「けれど、生まれた時からマナーができたわけではないわ」

 アヴニールはちらりとリリミアを見る。
 柔らかな笑みを浮かべた叔母は社交界でも名高い淑女の鑑と言われている。

「ルフェイはその立場に見合った振る舞いをしなくてはならない義務があった。だからきっと誰よりもマナー教室を頑張ったわ。幼い頃から少しずつね」

 叔母が言わんとすることが分からず、アヴニールは見上げた。目線が合ったとき、なぜだか分からず涙が出る。
 懐かしさか、嬉しさか、申し訳なさか。
 よく分からない感情が混ざり、頬をポロポロと大粒の雫が溢れた。

「王女だからできたわけではないわ。王女だから、せざるをえなかった。それこそ国の代表として見られるから、一瞬たりとも気が抜けないわ。
 でも、少しずつ、少しずつ、練習して、できることが増えていったの。そうするとね、年月の積み重ねが表に出るようになるのよ」

 叔母の話はアヴニールには難しく、少ししか理解できない。
 どうしてもすぐに出る結果を追い求めてしまい功を焦り、結局母や叔母を心配させてしまう。

「私は……早く大人になりたいわ。立派なレディになって、お母さまが何も言われなくていいようにしたい」

 ルフェイはブリトニア王女ではあるが、カメロンの社交界に完全に打ち解けたかといえば難しい話だ。それを幼心に敏感に感じ取り、アヴニールなりに母を守りたい気持ちもあったのか、とリリミアは思った。

 それは、母の境遇を知り意識を変えようとしたマキナのようだ。――そのことは、亡くなってしまったリリミアには知る由もないが、生まれ変わってもどこか本質は似てくるもので、アヴニールを見ながら、あの時のマキナも 、根気よく教えれば、ちゃんと話し合えば。
 もしかしたら味方になってくれたかもしれない。
 気持ちを分かってくれたかもしれない。

 そう思うと、リリミアは目頭が熱くなり、思わずその名を呼ぶように口を動かした。
 もう二度と呼ぶことはないと思っていた名前。
 今世ではティンダディルへ行くときに名乗る際に使用するミドルネームとしてつけられたもの。
 音にならず、空気に溶けたと同時に、リリミアの中でのわだかまりも少しずつ解れていく気がした。

 目を潤ませたまま押し黙った叔母を見て、アヴニールはなぜか言わなければ、と思った。

「叔母さま、わたし、叔母さまのこと大好きよ」 

 伝わってほしい、と切な願いが込められる。
 リリミアの瞳からぽろりと雫が伝った。

「ええ、ありがとう。私も、アヴニールが大好きよ」

 改めて言われて、アヴニールの口元が緩んでいく。嬉しくて、やっと願いが叶ったような不思議な感覚。

「ねえ、叔母さま。アヴィて呼んで」

 リリミアはアヴニールに対して無意識的にどこかで線引きをしていた。だが、アヴニールはその線をいとも簡単に乗り越えた。
 今のリリミアにはそれが嬉しく感じた。

「もちろんよ。アヴィ」

 アヴニールが呼ばれて顔を綻ばせると、リリミアも釣られて笑う。
 それはいつかの我が子との触れ合いのようだった。

「でも、一番大好きなのはお母様。そうでしょう?」

 リリミアの問いにアヴニールは少し気まずそうにこくりと小さく頷いた。
 アヴニールはマキナの生まれ変わりだ。だがマキナであり、マキナではない。だから、それでいい、と思った。

「大好きなお母様を守りたいのね。大丈夫よ、あなたならできる。あなたは素直でちゃんと反省できる子。失敗しても、立ち上がれる子よ。
 だから、ゆっくり、大人になりなさい。結婚して家を出たら婚家に尽くさなければならないのだから」
「私、結婚できるかしら」

 不安そうに目を伏せたアヴニールの頭をリリミアはそっと撫でた。

「もちろんよ。素敵な旦那様に巡り会えるわ」
「立派な淑女じゃなくても?」

 必死なアヴニールに、思わず苦笑する。

「完璧にならなくていいの。殿方はちょっと隙がある方が支えたいって思うそうよ」
「そうなの?」
「ええ。頼りにされたいのですって。そして一番大切なのは笑顔よ。淑女の笑みではなく、貴女が心から笑うこと。いつも笑顔でいればきっといいことがあるわ」

 大好きな叔母に言われ、アヴニールははにかむように笑った。

「じゃあ、お母様のところへ行きましょうか」

 立ち上がり、アヴニールに手を差し出す。
 小さな手は迷い無く掴み、ぎゅっと握った。

「叔母さま、ありがとう。私、お母さまにちゃんと謝るわ」
「ええ、お母様もきっと待ってるわよ。……ほら」

 リリミアが指し示した生け垣の向こうに、ふわふわの髪が見える。そわそわと落ち着きがなく見えるのは我が子が気になるからだ。
 アヴニールはくすりと笑ってリリミアからそっと手を離し、母親へと駆けて行く。

 小さなドレスがぽふん、と大きなドレスに包まれ、くるりと回った。
 ふわふわの髪が踊る。

 リリミアはその様子を見ながら、離れてしまった己の手に少しの寂弱をおぼえた。

(これで、いいのよ)

 ぎゅっと、手を握り締める。そこへ肩にショールがかけられた。
 驚いて振り返るとアーサーが優し気な眼差しを向けていた。

「少し風が出てきたからな」
「……ありがとう」

 マクルドと決別し、アーサーの手を取ったことに後悔は無い。
 リリミアが彼の腕に手を添えると、そっと腰を支えられた。


 その後、アヴニールは頑張るときと休憩をするときの区別をつけるようにした。

「私、今度お姉さまになるの。だからちゃんとお母さまの言うことを聞いて、お手本になるのよ」

 心境の変化を聞いたとき、さらりと言うからルフェイはお茶でむせかけた。
 後日、ルフェイ懐妊の知らせが届いたのは言うまでもない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ
恋愛
 初夜の最中。王子は死んだ。  犯人は誰なのか。  妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。  12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

処理中です...