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かつての母娘【淑女の顔も二度目まで/リリミアとアヴニール・マキナ】
叔母と姪
しおりを挟む放っておいて構わない、というルフェイを宥め、リリミアは使用人にアヴニールを追うように指示をした。
子どもの足だ。あまり遠くへは行かないだろうが失言をしたまま時間が経過すれば母娘関係にヒビが入りかねない。
一度目の自分とマキナのように。
今のアヴニールはマキナの生まれ変わりだろうとはいえ、記憶はない。けれどどこかではマキナの片鱗が見え隠れしていた。
マクルドとも自分とも血の繋がりは無いし一緒に生活しているわけではないから真似をする事もないはずなのに不思議だった。
だからこそ、リリミアは今度はマキナが――アヴニールが母親を傷付けるようなことをしないように気を配りたかったのだ。
使用人から居場所を聞けば、庭にある薔薇で彩られた生け垣のそばにアヴニールは座り込んでいた。
リリミアはゆっくり近付き、そっと隣に腰を下ろした。
かつての我が子の魂が宿っているのだろう姪子。
母譲りの可愛らしい顔立ちは成長すればきっと周りが放っておかないだろう。
きらきらの純粋な瞳は赤くなり涙で濡れ、時折鼻をすする音もする。
「……私は淑女にはなれないのかしら」
ぽつりと漏れた小さな声。
不安と自分に対する憤りと悔しさが混ざり、アヴニールは唇を噛み締めた。
「アヴニール、ルフェイは……生まれた時から王女だったわ」
そんなこと知ってる、と言わんばかりにギュッとドレスを掴む。
「けれど、生まれた時からマナーができたわけではないわ」
アヴニールはちらりとリリミアを見る。
柔らかな笑みを浮かべた叔母は社交界でも名高い淑女の鑑と言われている。
「ルフェイはその立場に見合った振る舞いをしなくてはならない義務があった。だからきっと誰よりもマナー教室を頑張ったわ。幼い頃から少しずつね」
叔母が言わんとすることが分からず、アヴニールは見上げた。目線が合ったとき、なぜだか分からず涙が出る。
懐かしさか、嬉しさか、申し訳なさか。
よく分からない感情が混ざり、頬をポロポロと大粒の雫が溢れた。
「王女だからできたわけではないわ。王女だから、せざるをえなかった。それこそ国の代表として見られるから、一瞬たりとも気が抜けないわ。
でも、少しずつ、少しずつ、練習して、できることが増えていったの。そうするとね、年月の積み重ねが表に出るようになるのよ」
叔母の話はアヴニールには難しく、少ししか理解できない。
どうしてもすぐに出る結果を追い求めてしまい功を焦り、結局母や叔母を心配させてしまう。
「私は……早く大人になりたいわ。立派なレディになって、お母さまが何も言われなくていいようにしたい」
ルフェイはブリトニア王女ではあるが、カメロンの社交界に完全に打ち解けたかといえば難しい話だ。それを幼心に敏感に感じ取り、アヴニールなりに母を守りたい気持ちもあったのか、とリリミアは思った。
それは、母の境遇を知り意識を変えようとしたマキナのようだ。――そのことは、亡くなってしまったリリミアには知る由もないが、生まれ変わってもどこか本質は似てくるもので、アヴニールを見ながら、あの時のマキナも 、根気よく教えれば、ちゃんと話し合えば。
もしかしたら味方になってくれたかもしれない。
気持ちを分かってくれたかもしれない。
そう思うと、リリミアは目頭が熱くなり、思わずその名を呼ぶように口を動かした。
もう二度と呼ぶことはないと思っていた名前。
今世ではティンダディルへ行くときに名乗る際に使用するミドルネームとしてつけられたもの。
音にならず、空気に溶けたと同時に、リリミアの中でのわだかまりも少しずつ解れていく気がした。
目を潤ませたまま押し黙った叔母を見て、アヴニールはなぜか言わなければ、と思った。
「叔母さま、わたし、叔母さまのこと大好きよ」
伝わってほしい、と切な願いが込められる。
リリミアの瞳からぽろりと雫が伝った。
「ええ、ありがとう。私も、アヴニールが大好きよ」
改めて言われて、アヴニールの口元が緩んでいく。嬉しくて、やっと願いが叶ったような不思議な感覚。
「ねえ、叔母さま。アヴィて呼んで」
リリミアはアヴニールに対して無意識的にどこかで線引きをしていた。だが、アヴニールはその線をいとも簡単に乗り越えた。
今のリリミアにはそれが嬉しく感じた。
「もちろんよ。アヴィ」
アヴニールが呼ばれて顔を綻ばせると、リリミアも釣られて笑う。
それはいつかの我が子との触れ合いのようだった。
「でも、一番大好きなのはお母様。そうでしょう?」
リリミアの問いにアヴニールは少し気まずそうにこくりと小さく頷いた。
アヴニールはマキナの生まれ変わりだ。だがマキナであり、マキナではない。だから、それでいい、と思った。
「大好きなお母様を守りたいのね。大丈夫よ、あなたならできる。あなたは素直でちゃんと反省できる子。失敗しても、立ち上がれる子よ。
だから、ゆっくり、大人になりなさい。結婚して家を出たら婚家に尽くさなければならないのだから」
「私、結婚できるかしら」
不安そうに目を伏せたアヴニールの頭をリリミアはそっと撫でた。
「もちろんよ。素敵な旦那様に巡り会えるわ」
「立派な淑女じゃなくても?」
必死なアヴニールに、思わず苦笑する。
「完璧にならなくていいの。殿方はちょっと隙がある方が支えたいって思うそうよ」
「そうなの?」
「ええ。頼りにされたいのですって。そして一番大切なのは笑顔よ。淑女の笑みではなく、貴女が心から笑うこと。いつも笑顔でいればきっといいことがあるわ」
大好きな叔母に言われ、アヴニールははにかむように笑った。
「じゃあ、お母様のところへ行きましょうか」
立ち上がり、アヴニールに手を差し出す。
小さな手は迷い無く掴み、ぎゅっと握った。
「叔母さま、ありがとう。私、お母さまにちゃんと謝るわ」
「ええ、お母様もきっと待ってるわよ。……ほら」
リリミアが指し示した生け垣の向こうに、ふわふわの髪が見える。そわそわと落ち着きがなく見えるのは我が子が気になるからだ。
アヴニールはくすりと笑ってリリミアからそっと手を離し、母親へと駆けて行く。
小さなドレスがぽふん、と大きなドレスに包まれ、くるりと回った。
ふわふわの髪が踊る。
リリミアはその様子を見ながら、離れてしまった己の手に少しの寂弱をおぼえた。
(これで、いいのよ)
ぎゅっと、手を握り締める。そこへ肩にショールがかけられた。
驚いて振り返るとアーサーが優し気な眼差しを向けていた。
「少し風が出てきたからな」
「……ありがとう」
マクルドと決別し、アーサーの手を取ったことに後悔は無い。
リリミアが彼の腕に手を添えると、そっと腰を支えられた。
その後、アヴニールは頑張るときと休憩をするときの区別をつけるようにした。
「私、今度お姉さまになるの。だからちゃんとお母さまの言うことを聞いて、お手本になるのよ」
心境の変化を聞いたとき、さらりと言うからルフェイはお茶でむせかけた。
後日、ルフェイ懐妊の知らせが届いたのは言うまでもない。
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