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フェザント・ハルバード
王家にとらわれた公爵
彼女は唯一の光だった。
何物にも心を動かされない私──フェザント・ハルバード。さる王国の公爵位を賜っている。
昔から表情が乏しく、誰かに関心を持つ事が無かった。
女性に対してはむしろむせ返るような香水の匂いに酔わされ、意識的に避けてすらいた。
だが私の見てくれに吸い寄せられるように女性達は集まってくる。
そう、夜の灯火に群がる羽虫の如く。
女性は嫌いではない。
その肉体だけ利用させてもらう事はよくある。
だが、一生を共にしたいと思う女は誰一人としていなかった。
付き合いだした暫くは良い。
貴族令嬢らしく慎ましやかに接してくる。
契を交した後がダメだ。
娼婦のようにしなだれかかり、ドレスや宝石を強請る。
望むままに買い与えてやると次第に欲深くなっていく。
『ハルバード公爵の好い人』と周りに吹聴して回り、醜態を晒すようになる。
それが一人、二人、三人と続けばウンザリして来る。
だから結婚に興味を持てなくなったし、夜会を渡り歩いては一夜の相手を探してその場限りの逢瀬を楽しむ事に切り替えてからは幾分気が楽になった。
後継は養子を取ればいい。そう思っていた。
そんな中出逢ったのが、リチアだった。
大勢が酔いしれる夜会で一人壁に背を寄せ所在無さげに立っている姿は、そこだけ淡い光を放っているかのようだった。
「レディ、よろしければダンスの相手を……」
いつもなら甘く微笑めば女性は顔を赤らめて私の手を取る。
だがその女性は目を丸くして固まり、私の手を取る事は無かった。
「申し訳ございません。……足を…痛めておりまして……」
両手でドレスの胸元をぎゅっと握り、俯く。
私の誘いを断るとは……。
仕方無くその時は別の適当な女性を見繕って休憩室に連れ込んだ。
だが、どれだけその女性を酔わせても、先程の彼女が忘れられない。
頭の中でチラついて離れないのだ。
行為を早急に済ませ、意識を失った女性に敷布を掛け、扉の外にいた使用人に世話を頼むとすぐさま会場へと引き返した。
その途中、庭で声がするので行ってみれば、壁の花となっていた彼女が噴水のそばで佇んで一人ダンスを踊っていた。
それは決して上手いとは言えないものだったが灯火と月明かりが噴水に反射して彼女を輝かせ、私の目を引きつけて離さなかった。
暫く見ていたが、ふと気付く。
彼女は足を痛めているのではなかったか。
今のダンスを見るとそういう風に見えない。
私は意を決して彼女に近付いた。
「レディ、いつの間にか足は治ってしまったようですね。心配していました」
「えっ」
思わずといった風に振り返った彼女は驚きで目を見開き、固まってしまった。
「それとも……断る口実だったかな?」
意地悪く笑い近寄ると、顔色を悪くする。
「も……申し訳ございません……。私のような者が、貴方様の手を取るなど分不相応だと思いましたので……」
震える身体を叱咤して頭を下げる彼女を見ると、私が悪人のような気持ちになってくる。
「悪いと思うならば、私と踊って頂けますか?」
再び手を差し出すと、彼女は躊躇いながらもそっと重ねてきた。
抱き寄せ密着すると、彼女の肩が跳ねる。
緊張しているのか足取りは覚束ないが彼女から女性特有の不快な匂いは感じられなかった。
白魚のような手、細い腰。
身体は女性らしいのに顔つきは幼く、伏せがちの紫の瞳を見つめれば吸い込まれそうな錯覚を起こす。
そのアンバランスさに酔い、私は気付けばその唇を奪っていた。
軽く、啄むようなものから次第に深くなるそれは、いつもしているものよりもずっと多幸感に包まれた。
彼女は慣れていないのか、その動きは辿々しい。
だがその初々しさが新鮮で、私の情動を突き動かした。
先程したばかりなのに身体が熱くなる。
欲しい。
この女性が、どうしても欲しい。
だがそれは叶わなかった。
息苦しさに負けた彼女は私を力いっぱいに突き飛ばし、その紫の瞳に涙を浮かべるとくるりと踵を返して走り出した。
私は拒否された事がショックで追い掛ける事すら忘れてしまった。
我に返った時には名前すら聞けてない事に気付き、その場でがくりと項垂れた。
分かる事といえばこの国ではさほど珍しくない、銀糸の髪に紫の瞳。
今日初めて見た女性。
情報量が少なすぎて頭を抱えた。
だがこの夜以降、私の頭の中には彼女が住み着き、夜会で一夜の逢瀬を求める事はしなくなっていた。
手下を使って彼女を探すが一向に見つからない。
掴みかけたと思えばするりと逃げて行く。
まるで野生の鳥を捕まえているような錯覚に陥る。
「閣下、女性の正体が掴めそうです」
その日の報告は一縷の望みを見出した。
聞けばその娘は男爵家の産まれで、デビュタント後間もない女性だった。
名はリチア・グラム。
年は18と私より7つも下だ。
あどけない少女の大人になる前の危うい魅力が私を捉えて離さない。
どうして彼女を手に入れようか。
頭をフル回転させて算段をつける。
あの細い腰を抱き寄せ彼女の全てを暴きたい。
全てを使って俺を教え込み、離れられないように。
ああ、逃げられてはいけないから足枷を手に入れなければ。
痛くないように柔らかくて丈夫なものでなければいけない。
仄暗い考えが寄せては返す。
暫くして、恐ろしい事を考えていたと頭を振る。
遅くに来た初恋は俺の正常な意識を遠ざけた。
まだ知り合って間もなく、名も名乗りあって無いというのに。
だが迷ってはいられなかった。
グラム男爵家に婚約の打診を送るがすげなく断られた。
仕方なく私は持てる全てで彼女と再会する為、参加するであろう舞踏会には全て顔を出した。
中々見つからずに焦っている所へ、ようやく再会を果たせた時には奇跡だと思った。
その夜会は普段なら適当に理由を付けて断っていた家からの招待だった。
あれから数ヶ月、流石に社交シーズンも終わりに近付き始めた頃。
全く会えないままで焦っていた所へ間違えて出席の連絡をしてしまったのが功を奏した。
出席するつもりは微塵も無かったので適当に挨拶だけして帰ろうと思っていると、彼女がいた。
銀糸の髪を結い上げ、徐々に綻ぶ花のような彼女は出会った時よりも私の視線を釘付けにした。
深い碧のドレスに散りばめられた宝石が彼女を輝かせる。
あまりきらびやかなドレスを着ると他の男が吸い寄せられてしまう。それはまずいと私はすぐさま彼女に近寄った。
「失礼、レディ。私を覚えておいででしょうか」
「……あっ……あなたは……」
白い頬を薄紅に染め、目の前の少女の瞳が潤む。
「ああ、逃げないで。私は貴女に囚われた鳥なのです。どうかあわれに思うならば、貴女の籠に入れていただきたく」
彼女の髪を一房取り、口付ける。
我ながらクサイ台詞だと思うが、彼女を手に入れられるならなんでもいい。
「……あなたは自由な鳥ですわ。羽休めならばどうぞ他へ行ってらして」
その言葉にどきりとする。
彼女は私の事を知っている。
私のあまり人に褒められないような常の行いを。
「羽休めなどではありません。お疑いならば私の羽などもいでしまっても良い」
「まぁ……痛そうですわね」
くすくすと笑う彼女の笑顔が眩しくて、目が眩むかと思った。
貴女はこんなにも私を囚えて離さない。
「貴女に癒やして貰えるならば」
彼女の目の前に差し出した手に、そっと白く華奢な手が添えられた。
「私で良ければ……喜んで」
ああ。
ああ、何という。
何という、僥倖なのだ。
神がいるならば感謝を申し上げたい。
それから彼女とフロアに出て踊る。
シャンデリアに照らされ、光り輝く女神を手にしたと、私は浮かれていた。
それから彼女とは人目を忍ぶようにして会った。
専ら公爵邸だけだ。
夜会などには連れて行かない。彼女の美しさを誰にも見せたくない。
早く自分のものにしたくて、性急に身体を繋げた。
初めてであろう彼女は震えていて、優しく丁寧に愛した。
こんなにも。こんなにも、交わりで幸せになれるなんて知らなかった。
潤む瞳、口付けを誘う唇、白く細い肢体。
その全てが自分を溺れさせる。
どうか、どうか君も私に溺れてほしい。
私だけを見ていてほしい。
ああ、これがきっと「真実の愛」なのだろう。
もう私は彼女以外いらない。身体だけの関係も全て断った。
早く婚姻と言う名の鎖で繋ぎ、私の檻に彼女を囲ってしまおう。
「リチア、愛している。君といると癒やされる」
「フェザント様……」
「リチア、私の事はフェザーと」
「……フェザー……」
彼女から呼ばれる自分の名の甘い響きに酔わされる。
こんなにも胸が切なく締め付けられそうな想いは、これまで生きてきて初めてだった。
「フェザー、久しぶりね」
彼女以外から呼ばれる自分の愛称に不快感を覚えた。私の名を呼んだのは、この国の第三王女のマーレット殿下だった。
「第三王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「嫌だわ、フェザー。私と貴方の仲でしょう。他人みたいな言い方は辞めてちょうだい」
王女とはいい仲ではない。幼い頃に一度婚約の話が持ち上がっただけだ。すぐに消えた。
「王女殿下、私に何かご用でしょうか。用が無ければ失礼致します」
「待って、フェザー。私と貴方の婚約の話が出ているのよ。私は貴方ならば嬉しいわ」
なんだ、そんな話聞いてないぞ?
「……あいにくですが、私には心に決めた相手がおりますので」
「知ってるわよ!男爵家の子でしょう?身分が低すぎるわ。貴方に釣り合わない」
「お気遣いありがとうございます。ですが、彼女は侯爵家へ養子になってもらい、私に嫁いで来てもらう手続きをしております。ご心配には及びません」
確かにリチアは男爵家令嬢だ。公爵の私とは身分差がある。なのでツテを頼りある侯爵家へ養子として迎えられる事が決まっている。
もっとも、養子になった瞬間私と婚姻を結ぶので一緒に暮らすわけではないが。
今日はその手続きをしに王宮へ来たのだ。
「そうなの……」
「では失礼致します」
何故だろう。漠然とした不安が胸を過る。
早く、早くリチアに会いたい。
会って、抱き締めてその匂いを胸いっぱいに吸い込みたい。
リチア、どうか疑わないで。
私は君だけを───。
数日後、リチアを養子にする手続きが済んだと王城から連絡が入った。
急いでその書類を仕事ついでに取りに行くとまたしてもマーレット王女に出くわす。
「フェザー、ねぇ、お茶でもしない?いい茶葉が入ったの」
たおやかな微笑みを浮かべ、マーレット王女は近付き、腕に絡み付いて来た。
今日は朝から日差しが強かった。
その誘いは魅力的で、喉が乾いていた私は「一杯だけなら」とのこのことついて行ってしまった。
気付いた時には互いに裸で、肩で息をし頬を紅潮させたマーレット王女がうつ伏せで寝ていた。
その白い肌には紅い花がそこかしこに開き、一瞬にして自分が何をしてしまったのかを理解して青褪める。
「ふふふ、フェザー、またシタイの……?」
潤んだ瞳にぷるんとした唇が私を誘う。
(やめろ、俺にはリチアがいるんだ。やめろ、やめろやめろやめろやめろ)
心とは裏腹に身体は勝手に王女の肢体をなぞりだす。
再び繋がり、意識をトバし、覚醒してはまた繋がり。
(なんだこれ、………なんだ、こんなの今までこんな、………)
やめたいのに。
リチアを裏切ることなどしたくないのに。
「マーレ、愛してる」
「うふふ、フェザー、嬉しいわ」
(違う!違う、ちがうちがう違う!チガウ!お前じゃない!俺の愛する人はただ一人だ!)
「マーレ、結婚しよう」
「フェザー……嬉しい……!……っぁん」
(いやだ!嫌だ嫌だイヤだやめろやめてくれ!俺が結婚したいのはリチアだけだ!!)
身体と心はバラバラで。
でもどうしようもない快楽と愉悦に抗えず。
その日から俺はリチアを裏切り続けていた。
まるで何かに操られるようにして王女に愛を囁く。
次第に俺は『マーレット王女殿下と結婚秒読み』と噂されるようになり、それはリチアの耳に入る事になってしまった。
「フェザー……あの噂、本当?」
情事のあと、不安そうに見つめてくるリチア。
「別れよう。明日から二度と会わない。もし見掛けても話しかけないでくれ」
(何を言い出す!?やめろ、口を動かすな!明日からもリチアに会いたいんだ!!)
「王命で第三王女殿下と結婚する事になった。彼女は不貞などは許さないだろう。
君も貴族女性なら分かるだろう?
愛人としても付き合えないから明日から来ないでくれ」
(違う!俺が結婚するのはリチアなんだ!!愛人なんかじゃなくて、正妻になるのはリチアだけなんだ!!)
「分かったなら着替えて出て行ってくれ」
(やめてくれ、帰らないで……リチア、いやだ……)
悲しげに見つめるリチアを置き去りにして、私は部屋を出た。
「ゔ……ぐ……ふっ、ふぐぅ……」
どうにも抗えないナニカが、私を侵食する。
リチアを泣かせたくないのに、リチアだけを愛しているのになぜか身体は王女を欲す。
「リチア……リチアリチアリチアリチア……。
うぁああ、あああああああああああああああ」
なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだ!?
頭がおかしくなりそうだ。
口を開けば王女への愛が紡がれ、リチアを忌避する。
なんの呪いだ。
それからの私は無気力に過ごした。
晴れ渡る青空の下、盛大な結婚式が営まれる。
主役は自分であるはずなのに、まるで他人事のようだ。
それでも王女を見れば蕩けるように愛を囁き、まるで愛しいと言わんばかりに接してしまう。
相変わらず心とは裏腹に。
大聖堂の一角にリチアの姿を見つけた気がする。
だけど隣の王女に目線を戻され、まるで王女を愛しているかのように見つめてしまう。
王族の結婚式はパレードもあり、馬車で街を闊歩すれば愛しい人の姿を見つけた。
(ああ、リチア。泣かないで、今すぐ行くよ。
─…ああ。なぜか身体が、言うことを効かない。なぜだろう、リチアの涙を拭わないと。
──リチア、愛しているんだ。─待ってくれ。行かないでくれ)
私はリチアに向かって必死に手を伸ばした。
隣の王女に睨まれても。
リチア、リチア、リチア、リチア、
私が愛しているのは。
「あ………あ、ぁ……………」
だけど、リチアはもう振り向かない。
隣りに居た男性が、リチアの腰に手を回し手を引いて歩き出す。
彼が振り返り目を細めて口角を上げた気がした。
そして。
傍から見れば幸せに見える私の心はひび割れたまま。
愛の無い生活に囚われた。
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