【完結】とらわれた籠の鳥

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です

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ロビン・バスタード

妻にとらわれた幼馴染み


 俺は幼馴染みの女の子が好きだった。


 いつから、とか何で、とかもう今更覚えてない。
 ただ、そばにいるのが当たり前で、その子がいない生活とか日常とか考えられなかった。

 嬉しいも悲しみも、色んな感情を共有したい。
 彼女が嬉しいと自分も嬉しい。
 彼女が泣いているとその涙を拭いたい。
 自分だけに笑いかけて欲しい。

 ともすれば、彼女をどこかに閉じ込めて誰にも見せないように過ごしたい。

 肢体を暴き、その白い肌に印を刻み、彼女からの愛を乞いたい。


 そんな欲望にまみれた自分を、醜い感情を持つ自分を知られたくなくて。

 俺は彼女に全てを曝け出すのを躊躇い。



 彼女だけを失った。



「はぁ、リチア今日も可愛すぎた」
「ロビンはリチアの事好きだね」

 リチアの義兄であるシュライクに話す日常。

「もうリチア以外嫁に考えられない。早く結婚したい!」
「婚約もしてないのに」

 ……ぐっ。

 そうなのだ。
 俺の家は伯爵家、リチアの家は男爵家。
 政略結婚が主な貴族で、リチアの家と繋がるメリットが家に無い為リチアと俺は婚約者同士ではない。

 強く望めば叶うかもしれないけど、リチアに想いを伝えて、もしフラれでもしたら俺はどうしたらいいか分からないから気持ちを告げる事もできない。

「いっその事囲って」
「リチアを愛人にするのか?ふざけるな」

 俺だって叶うなら正妻にしたい。
 リチア以外いらないんだ。
 愛人なんて、リチアに失礼だし妻となる女性に対しても悪い。

「うぅ、貴族に産まれなければ……」
「リチアに会う事もなかったな」

 詰んだ!
 せめてうちが伯爵家じゃなくて子爵家ならまだ望みがあったのだろうか。

 リチアの家はこれといった特産も無く、グラム男爵家自体慎ましやかに暮らしている。

 俺の家──バスタード伯爵家とグラム男爵家は貴族街で近所でリチアとは小さな頃から一緒にいた。
 けど、両親はリチアの家は男爵家だからあまりいい顔はしていない。
 だから、リチアと婚約の話を持ち掛けてものらりくらりと躱されていた。
 そのうち身分差の無い令嬢との結婚を望まれているのは分かっているけど、俺はリチアを諦められない。

「なぁ、シュライク。リチアとの仲をとりもってくれよ」

 リチアの義兄シュライクにがばりと頭を下げ、お願いする。
 だが、シュライクは遠くを見たまま。

「やだね。本気で欲しいなら自分で動きなよ。それに何もしないのにおこぼれ貰おうって奴にリチアはやらないから」

 こいつは優しくない。
 ──いや
 確かに俺が動かないといけないのは分かる。

「……ハァ、リチア……」

 リチアは可愛い。
 銀糸の髪に紫の瞳。ぷるんとした唇に白磁のような肌。

 デビュタント後間もなく、まだ夜会などに数える程しか出席してないから社交界での認知度は低いが、一度夜会に出席すれば年頃の男の目線を集め、愛人を探す輩の邪な目線さえリチアに向いてしまう。
 少女から大人になる間際の危うさはリチアの魅力を更に増し、男たちの的になる一方で女性陣から目の敵にされている。

 リチアが悪いわけではないのに、悪しざまに言われ。
 それゆえリチアは積極的に夜会に出席したがらない。

 たまの出席もエスコートはもっぱら義兄であるシュライクばかり。
 一人で行く事もままある。

 婚約者にさえなれたら俺が常に側にいるのに。

 俺は伯爵家嫡男として教育され、親の敷いたレールの上を歩いている。
 そのレールから外れる事をするという事は小心者の俺にとってかなりの勇気がいる事で。

 それでもリチアを諦められない。
 でも。
 だけど。

 ずっと、自分に言い訳して雁字搦めにして動けない。──動かない。

 俺はズルイやつなんだ。
 リチアが勇気を出してくれるのを待ってる。
 俺を、レールから手を引いて連れ去ってくれる。そんな女々しい考えの奴にリチアは惚れるわけがない。

 分かっているけれど。

 ため息ばかりこぼす俺は、その時のシュライクの顔を見ていなかった。


 ♠◆♠◆

「──……ぇ」

 それは突然のリチアからの告白。
 頬を染め潤んだ瞳でうっとりするような眼差し。

 だけどそれは俺に向けられたものではない。

「ハルバード公爵様なの」

 聞けば偶然夜会で出会い、口付けされて驚いたけど嫌じゃなかったらしい。
 そして別の夜会で偶然再会し、付き合う事になったらしい。

「私といると癒やされるんですって」

 そのはにかむ笑顔が俺に向けられているものでは無い事に胸が痛む。
 うまく空気が吸えない。

「もう、ロビン聞いてる?」

 頬を膨らませぷりぷり怒るリチアを可愛いと思いつつ、先程からの言葉から現実逃避している。


 いつか。
 いつかは。
 リチアが俺に告白してきて、俺はそれに飛び跳ねて応え、色々問題はあるけど二人で。

 この先もリチアが側にいて。
 それが、当たり前で。

 そんな、ありもしない事を。
 現実に起きるはずもない夢を見ていた。

 いつも。
 いつでも。
 俺はリチアにばかり動いてほしいと願って。

 自分に言い訳して、動かなかった結果。
 リチアはハルバード公爵と付き合う事になってしまった。

『やだね。本気で欲しいなら自分で動きなよ。それに何もしないのにおこぼれ貰おうって奴にリチアはやらないから』

 シュライクが言ってたじゃないか。
 本気で欲しいなら自分で動くべきだった。

「……聞いてるよ、リチア。……良かったな……」

「……ええ。ありがとう、ロビン」

 リチアが頬を染めて微笑む。
 その笑顔が眩しくて、俺は目を逸らした。


 その後、自邸に戻りぼんやりとしていた俺を父が呼ぶ。

「お前もいい年だ。そろそろ身を固めたらどうだ」

 差し出された姿絵は当然リチアでは無くて。
 どこか虚ろに見ていると、父が口を開く。

「スティレット侯爵家のお嬢さんだ。お前と年も変わらないだろう。気立ての良い女性と聞く」

 姿絵には赤みがかった金の髪に緋色の瞳の平凡な女性が描かれている。
 銀糸の髪に紫の瞳ではない。
 でも姿絵にあるはずのない面影を探してしまう。

「─……分かり……ました……」

 父に返事をし、部屋をあとにする。
 ズキズキと痛む胸を押さえ、自室に戻るとそのままベッドに突っ伏した。

 ちょうどいいじゃないか。
 リチアはハルバード公爵と付き合いだした。
 その瞳は俺を映していない。
 その唇も奪われ、いずれはリチアの全ても。

「ぅうううぁああああ」

 その先を想像して頭を掻き毟る。
 長く大きなため息を吐いてやり過ごすが胸の仕えは取れない。

 こんな事になると分かっていたなら。
 勇気を出せばよかった。

 リチアが欲しいなら動けば良かったのに。
 幼馴染みという近くにいれる存在だったんだ。手を伸ばせばすぐ届いたかもしれない。
 必死に口説けば、はにかみながらも頷いてくれたんじゃないだろうか。

 だけど、もう遅い。
 今更後悔したところでリチアは手に入らない。

 結局俺は自らレールを外れる事をしなかった。
 その結果が今なだけだ。


 ♠◆♠◆

「パフィンと申します。今日はよろしくお願い致します」

 見合い相手の女性は柔らかに微笑んだ。
 格上の侯爵家令嬢。
 聞けば一度婚約破棄をされてしまった為適齢期を迎えてしまったらしい。

「ロビンと申します。よろしくお願い致します」

 力無く答えたが彼女は柔らかに微笑んだ。

 スティレット侯爵邸で行われた顔合わせ。
 俺は今までリチアばかり見ていたから気付かなかったが、パフィン嬢も中々美しい人だった。
 赤みがかった金の髪に緋色の目。
 なぜ、誰から婚約破棄されたのか不思議でならない。
 淑やかに微笑む姿は淑女の鑑として申し分無い。
 そんな女性が自分と見合いしているのが不思議だった。

 リチアは。
 リチアは男爵家で気安い間柄で。

 幼い頃は庭を、野原を一緒に駆け──


 俺はそこまで思考し頭を振った。
 見合いの席で他の女性を想うなど、失礼だ。

 ちらりとパフィン嬢を見ると、ぱちりと目が合う。
 目を細めて微笑まれ、しばしその瞳に魅入られた。

「今日のお茶はいかがです?今日の為に特別に仕入れましたの」

 にこやかに微笑み、優雅にカップを口にする。
 俺もつられてお茶を含むと、香りと今までにない味につい感嘆のため息がこぼれた。
 甘い。甘いのに甘くない。
 甘くないのに、甘くて。

「美味しいです。……ありがとうございます……」

 俺の為に。
 俺の為だけに。
 パフィン嬢が用意してくれた事が何だかむず痒い。
 先程からチラチラと目が合うたび微笑まれ、俺の鼓動は高鳴りだす。
 やがて瞳に熱が籠りだし、息遣いが荒くなってくる。

「……体調、お悪いのですか?しばらく、横に、なりますか……?」

 パフィン嬢の声が遠くにぼんやりと聞こえる。
 おかしいな。
 朝まで何とも無かったのに……?

「……すみません、少しだけ…………」

「では、こちらへどうぞ」

 情けないがパフィン嬢の手を借り、フラフラと歩き出す。
 彼女の冷たい手が心地よくて、思わず頬擦りしてしまった。

「あら、いけませんわ……。私たちは今日会ったばかりですのに……」

 潤む瞳に抗えず、その手に口付ける。

 本当に、何をしているんだろう?

 あんなにリチアの事が好きだったのに、今は目の前の女性が欲しくて堪らない。

 俺はこんな軽薄なやつだったのか?
 だが心の奥底から湧き上がる熱情に蝕まれ、気付けばパフィン嬢をベッドに押し倒していた。

 ぷるりと誘う唇に貪るように吸い付き、割り入れた中に舌を絡める。
 互いの熱をやり取りするように。


 やがてその肌に触れたくて、衣服を乱暴に剥ぎ取る。
 パフィン嬢の声に誘われ、劣情に飲み込まれる。

(ああ、こんな事になればもうリチアには何も言えなくなってしまう)

 理性ではそう思うのに、何かに操られるようにしてパフィン嬢を求める。


 それが例え罠でも。
 自分で選んだ鳥籠だと偽って。


 気付いたときにはもう手遅れで。



 やがて俺とパフィン嬢の婚約は瞬く間に成立した。
 婚約中にも何度も身体を重ね、その結果。

「結婚おめでとう、ロビン」

 シュライクが笑みながら歩いて来る。

『お腹が大きくなる前に』と最短で挙式をする事になり、招待に応じたシュライクに祝いの言葉を手向けられた。

「でも、驚いたな。てっきりリチアに求婚すると思ってたのに」

 肩を竦め、シュライクはさも驚いたかのように言うが、この男の事だ。実際にはこうなる事は分かっていたのだろう。

「シュライク……ありがとう」

 虚ろに答える。
 俺は。
 俺は、本当はまだ。

 まだ、本当は──

「シュライク様。この度は素敵な旦那様をご紹介頂きましてありがとうございます」

 隣にいるパフィン嬢が、シュライクに挨拶した。

 シュライクの紹介……?
 どういう事だ?

「気に入って頂けたようですね。なによりです」

 仄暗く笑うシュライク。
 その瞳はどこか底深い沼のようで。

「おかげさまで、新たな命を授かりましたの。今から楽しみですわ」

 うっとりと頬を染め自らのお腹を擦るパフィン嬢
 その姿は美しいしどちらかと言えば好ましいが、愛では無くて──

「それは良かったですね」

 なんだろう。
 俺の知らない所で二人が繋がっているような空気に居心地が悪い。


 小さな、違和感。
 とても、小さな。

 リチア。

 ねぇ、リチアはシュライクをどう思う?

 俺は、君のことが、──────

 ねぇ、リチア──

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