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シュライク・グラム
花にとらわれた鳥
王国の第三王子。
俺の元を辿ればここになる。
女狂いの陛下が侍女に手を付けて芽吹き、母の守りと母周りの気遣いで無事この世に産まれた。
だが俺が5つくらいの時、母は正妃の手によって命を散らされた。
俺の目の前で。
人の命は儚い。
ちょっとの力ですぐに無くなってしまう。
母の死でそれを知った。
母亡きあと、無表情になった俺を引き取ったのがグラム男爵夫妻だった。
男爵夫人は母の友人で、正妃からの暗殺指令に毎日が脅かされ、どこにも居場所が無かった俺を迎えてくれた。
夫妻が魔術師として名を馳せていたのも運が良かった。
俺は王国一の魔力保有者で、魔術の使い方、制御の仕方、全てを夫妻から教えてもらった。
そんな夫妻の一人娘も、出会ったその日から義兄として接してくれた。
「大丈夫よ。あなたは生きていいの」
小さな手で頭を撫でられ、ぎゅっと抱き締められると不思議と気持ちが穏やかになる。
それがリチアだった。
それにより、俺は少しずつ人を取り戻していた。
リチアは俺の拠り所で。
家族として、義兄として、守るべき大切な存在で。
そこにいるだけで安らぎ、癒やされる、不思議な少女だった。
彼女は男を惹き付ける力を持っていて、本人は無自覚だが邪な感情を持つ男に言い寄られるのは一度や二度では無い。
その為俺は彼女の護衛として、義兄として。
リチアの側にいるようにした。
必然と幼馴染みのロビンと仲良くなり。
三人で遊ぶ事もよくあった。
リチアの義兄として側にいて、常にリチアを見ていれば気付く事もある。
リチアがロビンを見る時の瞳。
友情を超えたもの。
胸の奥がチリリと痛む。
本当は俺の事を見て欲しい。誰にも渡したくないのにリチアはそんなの気にもせず、ロビンだけを見続けている。
ロビンもまた、父親に反対されながらもリチアを熱の籠った瞳で見つめる。
ヘタレで貴族に縛られているロビンなんかにリチアを汚されたくない。
だから、ロビンから相談された時は少しずつ少しずつ、自信を奪い取る。
「なぁ、シュライク。リチアに告白しようと思うんだ」
「へぇ。……振られたら慰めくらいはしてやろう」
「振られたら、って……。振られる前提かよ!」
「だってヘタレロビンじゃないか。そうなった場合、リチアと今まで通り接していけるの?」
ぐっ、と言葉に詰まるロビンに、『振られたら』と言葉を侵食させていく。
それだけで現状に甘んじたいロビンはリチアに何も言えない。
そんな頼りない奴に可愛い義妹はあげたくないな。
そんな、比較的穏やかな日を過ごしていたと思う。
そのせいで、俺は忘れてしまっていたんだ。
人の命の儚さを。
あるとき、男爵家を襲った正妃からの刺客は、俺が遊んでいる間に男爵夫妻を狙った。
舐めていた。
舐めきっていた。
手応えあって楽しかったからじわじわ嬲ってトドメを差そうとしている隙に相手は狙いを反らし攻撃は夫人へ向かった。
夫人を庇い男爵が散り、動揺した俺を逃がす為夫人が散った。
「逃げ……て… …」
息を引き取る瞬間まで俺なんかの心配をして。
俺なんかの為に。
リチアを置いていくなんて。
「お義兄様……」
「リチア……ごめん……、俺のせい……で、
俺が……俺が死ね、ば、良かっ……のに………」
リチアはゆるく頭を振る。
「あなたは、生きていいの。せめてお義兄様が無事で良かったわ……」
震えながら、ポロポロ雫を溢しながら、リチアは俺を撫で続ける。
やめてくれ。俺にはそんな資格も価値も無い。
俺が生きていたから、死ななくていい人が死んでしまった。
歯を噛み締め、目が熱くなるのをやり過ごす。
泣いていい資格なんか無い。
だが、リチアはそんな俺を抱き締める。
その温もりに縋りたくて、リチアの背中に手を回す。
震える声と漏れる嗚咽。
繰り返す謝罪の言葉をリチアは全て受け止めてくれた。
ずっと、リチアを守っていると思っていた。
だけど、守られていたのは俺の方だったんだ。
それからは二人だけの生活になった。
俺は男爵家を継ぎ、魔術師として動く傍らグラム男爵として活動する。
この頃にはリチアの事を義妹として見るのは難しく、かと言ってどこにも向けられない想いは奥底でどろどろと溜まって淀みを作っていた。
『愛している』なんて言葉では足りない。
気付いてほしい、いや、こんな醜い俺を見ないでほしい。
遠くへ逃げてほしい、側にいてほしい。
君からの愛などいらない。
喉から手が出るほど欲しい。
何度も声に出そうになるのを、喉まで出かかった言葉を呑み込む日々。
血は繋がらないのだから遠慮はいらないだろう。
それに男爵家はリチアのもので。
本来ならリチアが継ぐべきものを横取りした形になってしまって。
それならリチアと俺が婚姻を結べば丸く収まる話だが、リチアは俺を男として意識していない。
このまま優しい義兄を演じればずっとリチアの側にいれる。
──何もしないロビンを笑えない──
本当は、誰にも渡したくないのに。
やがてリチアはデビュタントを迎え、社交会へと進出する。
その中で彼女はある男と出逢った。
フェザント・ハルバード公爵。
女嫌いのくせに色狂い。
ある夜会でリチアを見初め、以来かぎまわっているらしい。
あの夜会から帰って来たリチアは妙に色っぽかった。
ふつふつと、俺の奥底にあるナニカが騒ぎ出す。
それは表に出してはいけないもの。
優しいお義兄様を演じなければならないと自分に言い聞かせるが、奥底のモノは檻から這い出ようともがいてしまう。
だから公爵から巧妙に隠していたが、なんのイタズラか見付かってしまった。
嫌な予感がして、リチアの様子を見ていると。
ああ、あの瞳だ。
ロビンの時と同じ。
いや、それ以上だ。
アレは危険だ。
リチアの全てが奪われてしまいかねない。
何か手を打たなくてはと思案しているうち、断れない遠征が入ってしまった。
魔術師として才覚を表し、筆頭にまで上り詰めていた俺は魔獣討伐や戦争などに引っ張りだこで。
今回も王命が下り出陣せねばならなくなった。
公爵家からの婚約の打診は即断ったが、このままではリチアを奪われかねない。
せめてものやれた事は、王の許可を保留にしてもらう事だけだ。
公爵家に嫁として行くなら男爵家出身だと無理だから高位貴族に養女として入るだろう。
それをまず阻止する為留守中申請があった場合保留ないし却下するよう陛下に進言した。
それでも食い下がるようなら偽造文書を作れとおどした。
陛下は正妃の件もあり、基本、俺に逆らわない。
ちなみに正妃はリチアを狙ったので返り討ちにしたら手を出して来なくなった。
よりにもよってリチアの友人を装ってさらおうとしたのだ。
正妃の手先として近付いてきた女は実は暗殺者で、リチアには「引っ越すらしいよ」と言っておいた。
相手するのもいい加減鬱陶しくなって。
正妃の夢を悪夢ばかりに変えてやった。
そんなこんなで一抹の不安を抱えたまま俺は遠征に行き。
帰って来て出迎えてくれたリチアを見て愕然とした。
嫌な予感は的中し、全てを奪われたあとだった。
狂いそうだ。
いつも。いつも、いつも、いつも。
リチアは俺では無い男を選ぶ。
俺にはリチアしかいないのに。
あまつさえ、婚姻前に純潔を捧げるなど。
男の魔力をその身に纏わせるなど。
「そうして……裏切るんだね」
俺を選んでくれないなら。
俺を選ぶように選択肢を潰すまで。
リチアに選べる二つの選択肢を潰す為、血が繋がっただけの父に進言する。
「父上、残りものの王女をハルバード公爵家に、兄上が婚約破棄なされたスティレット侯爵令嬢を、バスタード伯爵子息と繋げてください」
スティレット侯爵令嬢は第二王子と婚約していたが、第二王子は子爵令嬢と懇意になり婚約破棄された。
婚約破棄された令嬢は「それだけの理由がある」としてキズモノとなり以後まともな縁談は望めない。
だから紹介した。
格上の侯爵家との縁談をロビンの父は断らない。
流され体質のロビンの事だ。父の言う事に逆らわないだろう。
令嬢には念の為アレを仕込ませる。
これでコマドリは潰れる。
そしてもう1羽。
「本当にこれで手に入るの?」
「効果は保証する。それがあればフェザントはお前のものだ」
訝しげに見るマーレットは俺の異腹の姉である。
幼い頃に一瞬だけ持ち上がったハルバード公爵との縁談を未だ夢見続けている哀れな女。
是非ともフェザントを堕とし、リチアと離れてもらう為頑張って欲しい。
スティレット侯爵家にリチアを養子にする打診が来たらしいから、公爵がリチアを正妻として嫁がせたいのは目に見えていた。
婚約自体断ったから『婚約者』では無かった。
だから強引な手段に出たようだ。
ちなみに養子の話は陛下にも申請があったようだ。
何度も却下したが、しつこかった為偽造文書を手渡したらしい。
だがマーレットが成功すれば無用の産物になるだろう。その時は秘密裏に処分するとしよう。
「シュライク様。あれの効果は絶大でしたわ。おかげで……」
目を細めてまだ薄い腹を擦るのはスティレット侯爵令嬢。
1羽は確実に仕留められたらしい。
スティレット侯爵令嬢に渡したのは茶に混ぜる液体。
シロップ代わりに使うもので、甘くて甘くない茶を作れるもの。
それは惚れ薬と言っても良いもので、媚薬も混ざっている。
口にして、初めて見た相手を愛するもの。
──そう。
親鳥を初めて見た雛のように。
暫くして。
「すごいわ、これ。あなた才能あるのね」
頬に手を当て、恍惚の笑みを浮かべるマーレット。こちらも成功したようだ。
リチア。
これで君の愛する二人は君から離れた。
あの薬はね。
『少しでも好意が無いと効果を発揮しない』ものなんだよ。
だから、二人は元々、相手の女に好意があったんだ。
もしそのまま付き合っても、誘惑されればのこのこ着いて行ったかもしれないね。
公爵に捨てられたリチアは酷く傷付いていた。
公爵は割とリチアに本気だったみたいだから不本意だろうか。
ロビンは……案外それなりにやってるかもな。
だけどそれをリチアが知る事は永遠に来ない。
「お義兄様」
「うん?」
「私……愛していた人に…、もういらない、って……」
はらはらと涙を流すリチア。
声も無く、ただ流れ落ちる雫をそのままに。
美しくて、愛しくて。
俺の為に流す涙ではない事がとても憎らしい。
きっとリチアは知らないままだろう。
俺の奥底の醜い想いも、二人の本当の想いも。
でもそれでいい。
君はきれいなままで、何も知らないままでいて。
純潔を失っても、穢れない気高い花でいて。
「ごめんなさい、お義兄様………私、修道院に、行きます……」
ひとしきり泣いたあと、バカなことを言い出した。
ずっとここにいればいい。
どうせ俺がいつか誰かを娶るときに邪魔になるとか考えているんだろう。
君の優しさが残酷に俺を傷付けると知らずに。
「今すぐ決めなくて良いよ。ゆっくり休んで…。
今後の事はゆっくりまた話そう」
リチアは気付いてないだろう。
君のその身の内に、排除した筈の男の魔力が宿っていることを。
何度も浄化魔法を掛けようとして、やめた。
不本意ではあるが、リチアの子だ。
人の想いを捻じ曲げた罰なのか。
永遠にリチアの想いは俺に向かないだろう。
それでも。
もうみすみす誰かに渡すつもりはない。
二度と、奪われたくない。
公爵と王女の結婚式のあと。
リチアは自身の身体の変化に気付いて、浄化魔法を掛けるように言ってきた。
「私が産めば王女殿下が良い気はしないわ」
愛おしげに、だが悲しげにお腹に手を置くリチア。
「……産めばいいよ。その子を男爵家の後継ぎにすればいい」
「でも……」
「結婚しよう、リチア。それで俺の子として産めばいいよ。王女の事はどうにでもなる」
「お義兄様……」
本当は腸が煮えくり返るくらい嫌だ。
だけど。
愛する人の子を手に掛けられる程、残酷にはなれなかった。
リチアはしばし逡巡して。
「ありがとう、お義兄様……。
……いえ、シュライク」
名を呼ばれた瞬間、俺の目から涙が溢れた。
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