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23.決別
側室や愛妾は持たない。
生涯ルーチェだけを妻とし愛していく。
そう言ったシュトラールはリリィを目の前にした瞬間簡単に以前に戻ってしまった……ようにルーチェには映っていた。
目線はリリィに釘付けになり離せない。
リリィもまだ別れて一年程しか経過していないせいか頬を赤らめている。
やはり、という気持ちとまた、という気持ちがルーチェの中でごちゃまぜになり小さく溜息を吐いた。
同時にこれは自身が招いたこと。
リリィの存在が第二王子に知られているならばもう腹を括るしかない、とシュトラールをしっかり見据えた。
「殿下、リリィを愛妾に迎えなさいませ」
その声にシュトラールの肩が跳ねた。と同時にバッと隣にいる妻を思い出し、目を泳がせながら表情を青くしていく。それが滑稽で哀れで、ルーチェの気持ちは冷水を浴びせられたように冷えていく。
「ル……チェ、わたしは……」
微かに震える唇を、乾いていく喉を必死に潤そうとしてかしきりに唾を呑み込み何度も唇を舐める。
「第二王子殿下がリリィの存在を知っているなら、彼女は貴方の弱みとなるでしょう。
見捨てるならばよろしいのですが……」
「それは……っ……ぁ……」
見捨てられるはずがないだろうことはルーチェも分かっている。
今はもう冷めたとはいえ一時期は溺愛していた相手だ。情けが少しでもあるならば見捨てたりしない、そう、踏んでいた。
「元々貴族令嬢が純潔でないのは結婚に対して致命的。それならばリリィを職業婦人として指導し手に職を付ければ……王宮で働けば誰かに見初められるかもしれないと思ってもいましたが……」
顔を俯け、震えながら聞いていたリリィはハッとして顔を上げた。
「殿下とリリィは……どうしても結ばれる運命なのでしょうね」
諦めたような、ホッとしたような笑みを浮かべたルーチェを見て、リリィはじわりと涙を浮かべた。
「ルーチェ、違う、違うんだ、私は……私は……」
シュトラールは、表情を青ざめさせたまま頭を振りながらぶつぶつとうわ言のように呟く。
「いいのですよ、殿下」
「ルーチェ……! 私はそなたを」
「殿下が私を愛していないのがハッキリとわかってかえってスッキリしました。もう、私も遠慮しません」
許されたと思っていた。
結婚してからルーチェを労り気遣い、誠実さを示してきたつもりだった。
常に愛を伝えているのに応えてくれないルーチェに憤りも感じていた。
けれどリリィを目の前にしたシュトラールの様子を見てルーチェは察してしまった。
「リリィ、貴女はメイドを解雇よ」
「……っ、そんな! 妃殿下私はっ!」
「そして王太子殿下の愛妾として殿下に仕えなさい。元々そのつもりだったのだし、予定が早まっただけよ」
「ルーチェ!」
「殿下の庇護下にいれば第二王子殿下が何かしてきても迂闊に手出しはできないわ」
「待ってくれルーチェ」
「貴女がこれからも勤勉な態度を見せるならオスクロル家門の伝手を頼り然るべき家の養女として推薦できる。そうすれば側室にもなれる」
シュトラールが王太子である為にはオスクロル公爵家の後ろ楯があるからだ。
王太子妃としてルーチェは王太子の弱味になりそうなものを排除しなければならなかった。
身分の低い、愛する女性などはその最たる例だ。
女性を人質にされれば、動揺しない程シュトラールは強くない。流されやすく自分の欲望に正直なのはリリィとして接し、その後ルーチェに戻った時に嫌でも痛感してしまった。
だからルーチェはリリィを保護しなければならなかったのだ。
リリィがマナーを学び貴族夫人として大成できるならそれでも良かった。純粋にシュトラールを愛し彼と結ばれる事を夢見て独り身でいるならば、王宮で働きその地位をオスクロル公爵家の後押しで確立してやれば王家とて迂闊に手を出せない。
シュトラールを待ちたいと言う、リリィの願いを叶える事はルーチェとしても好都合だった。
学ぶうちは公爵家で匿い、シュトラールの意志があればいつでも迎えられる準備もしていた。
どちらにせよ、誰かと結婚しない限りはいずれ愛妾として迎えることになるだろうと予感していた。
貴族の結婚に婚家は純潔を提示する場合が多い。だがリリィは純潔を失ったどころか王太子のお手付きとなった。再び王太子に目を付けられる可能性もある娘を好んで貰う貴族は少ない。いるとしても好色な男が殆どだ。
貰い手が無い令嬢を持て余す家の取る態度は殆どが好色家の後妻など。それでは若き女性の末路など悲惨だ。
シュトラールがリリィの純潔を奪ったのならばその責任を負わなければならない。
若さゆえの過ちと片付けられない貴族の責任が押し寄せて初めて気付いたリリィはその場で泣き崩れた。
「わた、私……私は……」
リリィが泣き崩れ、嗚咽を上げながら肩を震わせる。シュトラールは思わず駆け寄り慰める為にその背に手を乗せた。
半ば無意識だった。
泣いている女性を慰めるのは紳士の務め、と教育されていれば自然な行為とも言えるだろう。
何かに縋りたかったリリィも、嗚咽しながらシュトラールの腕を伝い背中に手を回す。
久しぶりの抱擁に、シュトラールも強くリリィを抱き締めた。
「すまない……、すまない、リリィ。私が守るから……」
「シュティ……」
それはさながら悲劇の恋人同士が慰め合う姿で、誰もが口を挟めなかった。
自らが招いたこと。それがかつての愛する女性を危機に晒してしまうかもしれない。
いつでも側室の子らにとって代われる存在の王太子。妻の実家の力があってようやくその地位を守れる己の弱さに歯がゆさが増す。
リリィを腕に抱きながら、シュトラールは何があっても守ると決意し、顔を上げた所でルーチェと目が合った。
「……っ!!」
ばっ、とリリィを引き剥がし口を開けたり閉じたりしながら何か言葉を探すが出て来ない。
表情を無くしたルーチェだったが、やがて美しく微笑んだ。
「殿下、これからはリリィ様と一緒にいられて良かったですね。お腹の子が後継でなければまた義務を果たす為に来て頂かなくてはなりませんが……」
「待ってくれルーチェ、私は……」
「いいのですよ、殿下。分かっておりましたから。当初の予定通り、義務を果たしたらお互い好きにしましょう」
ルーチェの声にリリィの嗚咽が止まったが、やがて発狂したような声に変わった。
「違う、違うんです妃殿下! 私はもう、身を引きます。これ以上妃殿下を侮辱するような真似はしたくないんです……!」
「いいえ、当初の予定通りです。これで私も、もう、好きにできる。……もう、いいですよね?
申し訳ございませんが、休みたいので一人にしていただけますか?」
「ルーチェ、私は……私はそなたを……!」
つう、とルーチェの頬に一筋の涙が伝う。
誰も拭うことの無い涙が。
シュトラールは手を伸ばしその涙を拭おうと近寄ったが、ルーチェは咄嗟に払い除けた。
「他の女性を触った手でこれ以上私を触らないで! 貴方に慰められるだけで惨めになる……!」
払われた手を下ろす事もできぬまま、シュトラールは呆然とルーチェを見ていた。
彼女が感情を顕にする事は珍しいことだった。
「貴方なんか大嫌いよ……。何一つ信用ならない。いつも嘘ばかり。大嫌い……大嫌いよ! 出て行って!」
「ルーチェ、落ち着くんだ」
「出て行って! 一人にして! ……っう……」
興奮するルーチェを宥めようと近寄るが振り払われ、それでも抱き締めようと腕を掴んだところで突如ルーチェはお腹を押さえて前のめりになった。
真っ青になった顔と額に汗を滲ませ、痛みと苦しみで悶え、遠くでルーチェを呼ぶ声を聞きながら意識を手放した。
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