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24.その手の温もりを
「ねえ、ルーチェ。私は母上が側室たちに嫌がらせされているのを見てしまったんだ」
幼い頃のシュトラールが、城の庭にある大きな木の下で膝を抱えて蹲ったまま呟いた。
隣にいたルーチェはその頭を撫でる。
「大丈夫です、殿下。殿下は私が守ります。私が殿下を愛して、大好きなのをみんなが知ればきっと誰も殿下に手は出せません」
シュトラールが幼い頃、側室たちは本宮にいて、王妃に対する嫌がらせは常にあった。
国王の寵愛は側室や愛妾にあり、公の場のみ正妃を尊重する振る舞いをしていたが、国王の見えないところでなされていた。
複数からの攻撃は王妃だけでなく息子であるシュトラールにも及んでいた。
王妃は常に息子を案じていた。自分に害があっても、息子に及ばないよう常に見張らせていた。
そのうち国王の知るところとなり、側室たちは子供たちと共に離宮へ追いやられ、現在では王家主催のパーティーや執務の時以外は本宮に立ち入れなくなっている。
王太子妃となるべく教育をされていた時、王妃は包み隠さずルーチェに話した。
それを聞いたまだ幼かったルーチェは、絶対にシュトラールを守ってやる。側室たちの攻撃から、側室の子たちの魔の手から、と固く誓った。
自分がシュトラールを愛していればシュトラールの後ろ楯はオスクロル公爵家だ。
自分が婚約を解消しない限り彼を守る事は可能だ。
ルーチェはそれを誰にでも分かりやすくアピールした。次第にシュトラールから鬱陶しく思われようが、構わずそばに居続けた。
王妃の実家も彼を守ってはいたが、オスクロル公爵家の力は絶大で裏で何度暗殺者を処分したか分からない。
シュトラールに愛されなくても、犠牲になるのは一人で十分。
シュトラールに愛する女性ができて、蔑ろにされても、彼を守れるならなんでも良かった。
見返りなんていらなかったのに、いつしかそれを欲するようになった。嫉妬を自覚したルーチェはそれでもシュトラールの安寧と幸せを願っていた。
けれど身体は正直で限界がきて、魔女などという眉唾ものに頼らなければこれから守る事は無理だった。
リリィに憑依したのはルーチェにとって色々を知るきっかけとなった。
自分がやってきた事が全て伝わっていなかった時の絶望は計り知れない。
せめて弱味とならないようリリィをどうにかしたかったが、自分の弱さで手放すこともできず囲うことになってしまった。
ルーチェが後継を生めば、もう彼はリリィだけを守ればいい。
ルーチェが守るのは子どもだけ。
「いかないで……」
遠くで子どもの泣き声が聞こえた気がして、ルーチェの瞳から涙が溢れる。
「行かない。そばにいる。だから目を覚ましてくれ……」
包み込まれた手の温もりが、ルーチェの気持ちを溶かしていくような気がして、再び深くまで意識は落ちていった。
ルーチェが目覚めたとき、微かに開いた瞳からその姿を映したのはシアンだった。
姉に呼ばれて十日程留守にする彼がここにいる理由が分からず、意識がハッキリとしたところでお腹に手を触れた。
「お子様は無事ですよ」
その膨らみと温もりを確かに感じ、ルーチェは安堵して目を閉じた。
「良かった……」
愛せるか不安だった我が子だが、それでも無事だった事に心から安堵し自然と涙が伝う。
不安な母を安心させるかのように、お腹の中でぽこっと動いた。
「私に似ず、強い子のようで良かったわ……」
「お嬢様に似て、強い子でしょう。王太子はヘタレですから」
呆れたようにハッキリと言うシアンに、ルーチェも笑みが漏れる。
目覚めたとき一人ではなくて良かった、と握られていた手を弱々しく握り返した。
「夢を見ていたわ。貴方がこうしてずっと手を握っていてくれたから私は不安が無くなっていったの。ありがとう、シアン」
ルーチェはそう言うと、再びうとうとしだした。
程なくしてすぅ、と穏やかな寝息が聞こえて来る。
張り詰めていた気が緩んだのだろう。安心して眠れるようにシアンはそっと手を引き、掛布を掛け直した。
「……私は今戻ったばかりなんですよ、お嬢様。
貴女が倒れるなんて想定外でした。もう少しで命さえ脅かされていたなんて、死んでも死にきれません。
それにあの女が愛妾として迎えられる事も計画されていたのですか?
貴女は恐ろしい。どこまでが本気で、どこまでが嘘なのですか……?」
シアンの呟きは寝入ったルーチェには聞こえない。
「私に貴女を害する事はできない。燻っていた剣の腕を貴女に見出されなければ堕ちていくだけだった私を救い出した光。これ以上貴女を裏切るなど……」
シアンの姉が嫁いだ先はオスクロル公爵家の子飼いだが、水面下では第二王子を推している。
シアンはいわゆる二重スパイで、姉から得た情報をオスクロル公爵に伝えていた。
同時に公爵の指示で王太子夫妻の様子を世間話として時折姉に手紙を送っていたのも事実。
自分の目で異母兄の妻を見たいと言ったハルトを手引したのはシアンだった。
王族から言われ断れないのもあった。
始めの頃こそ王太子に愛されないルーチェを哀れに思い、全てを肯定し愛人の真似事もしていたが向けられる笑みに絆され、全てを信頼しきった彼女に危機感と庇護欲が生まれ、いつしか本当に守りたいと思うようになった。
同時に例え愛しても報われないものだとも痛感していた。
魔女によってルーチェの思いはシアンに向いているはずだが、それでもシュトラールを愛する気持ちは無くならない。
なぜならシアンを愛すれば愛するほどシュトラールを愛しているに他ならないからだ。
シュトラールに失望しながらも強い思いは燻り安定しない。だからルーチェはシアンに上手く愛を伝えられない。
シアンを求めているという事が、シュトラールを愛しているという事になるのではないか、と無意識で気持ちを押さえているのでは、とシアンは思っている。
魔女がよほどの天邪鬼でない限り、この推測は当たっているだろう、とも。
シアンとしてはそんな事気にせず真っ直ぐに伝えてくれて構わないと思っている。シュトラールよりもよほど強くルーチェを思っている自負があるからだ。
酷く我儘で傲慢で幼稚な王太子を、シアンは嫌悪している。
この男さえいなければルーチェはもっと穏やかに過ごせるだろうに、と思わずにいられない。
いつかルーチェが義務を果たし自分を求めてきたならば、惜しみなく愛を注ぎたい。
その前に身の回りを片付けておこうとシアンは離宮へ足を向けた。
魔道具で予め呼び出しておいた第二王子はシアンを見つけると彼を見ないようにして並び立った。
「私はルーチェに付きます。貴方に会ったあとルーチェは命の危機に晒された。彼女に何かあってからではやりきれない。申し訳ございませんが別の者をお探しください」
「……脅かすつもりは無かったんだよ。ただ、後継が無事生まれたら臣籍降下すると伝えたかったんだ。でも、義姉上の僕の印象は最悪だろうね。本当に失敗したよ。
男爵令嬢は愛妾になるのかい?」
「不本意でしょうが愛妾になり、現在は後宮に入っています」
ハルトはふぅ、と溜息を吐いた。
「後宮かぁ。女性の園は荒らせないね。愛妾がバカならいいのになぁ」
その腹の中では何を考えているのか分からない。
王太子よりは国王向きだろうな、とは思っている。
「ルーチェが育てている。手出しは無用にて」
「異母兄上が愛妾にハマったらさ、ルーチェは僕が娶れるんじゃないかなぁ。あ、子供は僕の子として育てればいいし」
だが、突拍子もないことを言い出すので油断ならない。
「案外気に入ったんだよ、ルーチェの事。異母兄上には勿体無いよね。
じゃあ、そろそろ行くよ。次会う事があったら敵だね」
シアンの肩をポン、と叩き、ハルトは手をヒラヒラさせてその場を離れた。
シアンもしばらくはじっと己の掌を見ていたが、グッと握り締めて何かを決意しその場を離れた。
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