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34.短い幸せ
しおりを挟む結局、シュトラールは泣き疲れて眠ったリリィを内密に運ぶように護衛に指示を出した。
自分がしてきた事の結果に押しつぶされそうになりながら歯を食いしばる。
愛と呼ぶには軽すぎたものだった。
独占欲が強い割にはどこか冷めてしまってもいた。
リリィの素直さ、屈託のなさ、愛らしさは確かに好ましかった。煩わしい事を考えずただひたすら快楽だけを追求させてくれるリリィといれば何も考えず楽で良かった。けれど、それは愛玩動物を愛でるに等しかったと今なら気付く。
リリィが淑女として戻って来ても、もう身代わりでは満足できなくなった。
政略結婚だからと捻くれていただけで、本当はずっと心のどこかでは求めていたのに。
会場に戻る気にはなれなかったが主役の一人として重い腰を上げた。
室内を出たところでトラウとかち合い、会が終了した事を知るとそのまま室内へ戻った。
服を脱ぎ捨て湯浴み場へ行くと蛇口を捻って頭から水を被る。
何もかも忘れられたら楽なのに、と自嘲しながら全てを洗い流すように浴び続けた。
成婚一年の会は恙無く終了した。嵐の前の静けさのような感覚はルーチェの中に残ったまま。
その後は順調に月日が過ぎて行く中でリリィの下賜先が決まった。
相手は王宮勤めの子爵家次男だった。
オスクロル公爵家の力を使い裏調査をし、性格や素行など問題無いとされたので下賜が決まった。
「王太子妃殿下には私の教育を施していただき感謝しております。おかげさまで良い殿方に巡り会えました」
後宮を出るリリィは今までにないほどの淑女の笑みを浮かべ、礼を述べた。それが何だか薄ら寒く、ルーチェは思わず気取られない程度に身構える。
「これからの貴女の道行く先に幸が多くあることを願うわ」
「ありがとうございます。王太子妃殿下も、どうぞご健勝でいられますよう」
以前のリリィはまだ朗らかで素直さが取り柄のようだったが今は全く違う印象を与える。
静かな湖のようで正反対の印象だった。
けれどどこかスッキリしたような気もしている。
それはリリィが挨拶を終えて退室するまで警戒を解かなかったシアンも感じていた。
「私は結局、リリィ様に悪戯に期待を持たせただけなのね……」
ルーチェはどうすれば良かったのか自分を責めた。
自分を蔑ろにしてまでも一緒にいた二人の別れに虚しさを感じていた。
誰かを傷付けてまで成就させたかった恋が簡単に終わってしまう事が許せなかった。
リリィを愛するならば貫き通してほしかった。
ルーチェを傷付けた価値があるくらいの愛だと証明してほしかった。
中途半端で軽薄で、それでも時折見せる優しさに期待する自分も嫌で。
それならば近くにいて徹底的に叩き潰してほしかった。
「人の心は変わりゆくものです。あっちにフラフラこっちにフラフラしていたあの男が悪いんですよ」
ルーチェはもうシュトラールに期待していない。
期待するだけ失望を重ねるからだ。
泣いて土下座をして謝罪されても、今更自分に言い寄って来ても、流される彼を信じる事は到底無理だった。
それでも政略結婚をした夫婦として接しなければならない。
ならばもう完全に公私を分けて割り切っていこうと固く誓った。
もうシュトラールに振り回されたり、尻拭いをするのはごめんだった。
月日は流れ、産み月を迎えたルーチェは難局を乗り切って出産した。
産後は母子ともに健康で、望まれた通り後継となる男児だった事に一堂喜び、早速一年先のお披露目までのスケジュールが組まれた。
「ルーチェ、ありがとう」
シュトラールは入室を許可されてベッドに横たわる妻を労った。
「後継となる男児でホッとしています」
「……うん。ありがとう」
我が子の誕生に感極まったせいかシュトラールの目は赤くなり、時折鼻を啜る音もする。
それを見て、ルーチェは目の前の男は、子の父親なのだと、我が子の誕生を喜んでくれるのか、とホッとして胸の奥が疼いた。
「体調も大丈夫と聞いた。でも産後は見えないだけで身体にダメージがあるとも聞いたから、無理はしないように」
「ええ、分かっています」
「子は乳母に任せてルーチェはしっかり眠るように」
「少しは母乳を含ませる予定ですよ」
「……無理だけはしないように。……無事で良かった」
ルーチェは目を瞬かせた。
我が子だけでなく妻の心配もするのか、と。
それが何だか可笑しくて、ついふふっと笑みが漏れた。
「どうしたのですか? 殿下が心配するなんて」
「……ルーチェが二回目覚めなくて、もし出産中にトラブルがあって、ずっと目覚めなかったらどうしようと思った」
出産中のトラブルは付き物だ。万全の体制を整えても容赦無く牙を剥く。だからシュトラールはずっと無事であるように祈っていた。
微かに震える手を見て、ルーチェはむず痒くなってくる。
「ご心配ありがとうございます」
そう言うと、シュトラールは満面の笑みを浮かべた。
ルーチェとシュトラールの子は、ルフトと名付けられ皆に可愛がられた。
産後三ヶ月頃まではルーチェもルフトの世話を中心にしてゆったりとした生活を送った。
二人の私的な時間はルフトに注がれ、溝のある二人を埋めるような存在にシュトラールも幸せを感じていた。
夫婦生活はルーチェの体調を考慮してまだ再開されていない。
ルフトは乳母よりも母を選んで夜はルーチェと寝るからだ。
何度も乳母に預けようとしたが泣いて嫌がり、ルーチェが抱くと収まるを繰り返して困らせた。
最初は夫婦の寝室で寝るようにしていたが、ルフトは同じ寝台でないと泣いてしまう。
シュトラールも小さな我が子に気遣いながらでは身体が緊張して充分な睡眠を摂れなかった為、結局ルーチェは私室の寝台で寝るようになったのだ。
「今はルフト中心になるから仕方ない。落ち着いたらまた寝室を同じにしよう」
シュトラールとしては愛する妻と息子と共に寝れるのだから寝不足でも構わなかった。だが執務が滞り会議に支障が出ては流石に待ったがかかる。
仕方無く独り寝をしているが、勿論添い寝係を呼ぶ事は無かった。
ルフトがようやく落ち着いて、乳母のもとで眠るようになったのは生後半年以上が経過してからだった。
けれど、どちらからと言い出す事もできず、寝室は別のままだった。
だからシュトラールはそろそろいいか、とルーチェを誘う事にした。
言い訳を悶々と考えながらルーチェの私室の扉前にやって来た。
勿論王太子の私室から繋がる扉で、こちらには護衛はいない。だから少し油断していたのかもしれない。
「ルーチェ、ちょっといいかな……」
私室にあたる場所にルーチェの姿は無い。
室外に出た様子は無いので、寝室にいるのか? と躊躇いながらも近付いた。
「ルーチェ? 体調悪いのかな? ……開けるよ?」
伺いながら、シュトラールはそっと扉を開けた。
中は薄暗いが外はまだ明るい為室内の物ははっきりと見える。
寝台で蠢く影を見て、シュトラールは声を掛けようとした。
「ルー……」
「ああっん!」
聞こえた声に全身が跳ねる。
久しぶりに聞くルーチェの艶めかしい声に心臓が早鐘を打つ。
「シアン、ダメ……っ、んふぅっ」
(……え……)
ばくばくと鳴る鼓動を宥めるように胸を押さえ、シュトラールは顔を上げた。
そこには胸をシアンに舐められ、恥じらいながらも快楽に悶えるルーチェの姿があった。
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