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35.願い
しおりを挟むシュトラールが見た光景より、少し前に遡る。
ルフトが落ち着いてシュトラールと共寝を再開すべきか、ルーチェは悩んでいた。
後継となる男児を出産したがルフト一人では心許ない。
本来ならばシュトラールに側室を迎えて貰いルフトに兄弟を、と思うところだが、第二王子たちを見ていると気軽に接する事はできないだろうし結局正妃の子が後継者として優先されてしまう現状、例え側室に子を為して貰ってもあまり意味が無いように思えた。
シュトラールが迎える意思を見せないならば三年経過して周りから色々言われる前にもう一人男児を設けるべきだろうか、と思案していたのだ。
けれど、自ら誘う事はできない。
目標としていた後継者が生まれたのだ。
もうしなくていいのでは? と一度でも思うと無理だった。
子を設ける為誘いもした事はある。それは義務を果たす一心だった。
ずっと我慢していた。
男に溺れないよう、ずっと自分を律し押さえていたのだ。
出産し、落ち着いたところで再び再開しないといけないのだろうかと悩み始めて嫌悪感も拭えない。
だからせめて、再び義務を果たす前に、ルーチェはシアンに抱かれたいという気持ちが溢れて来ていた。
決意が固まったのは、翌日がルーチェの休暇日でもある日あった。シュトラールから閨の誘いは無い。だがいつ来るか分からない。
悩みに悩み、せめて一度だけでも、とルーチェは意を決した。
日中はルフトと触れ合い愛情を注いだ。
シュトラールにどこか似てはいたが、それでも自分の子とシアンが言ってくれた事で問題無く愛せていた。
夜、ルフトが寝てからはルーチェはシアン以外を下がらせた。
限られた時間をシアンに使いたかったからだ。
それでも自ら誘うのははしたないと感じていたし、母親となった今感じ方も変わってくる。
何度も躊躇い、何度も迷い、結局ルーチェにできたのはシアンとお茶を飲み他愛も無い話をするだけだった。
シアンはルーチェの惑いを感じ、熱を帯びた瞳なのに行動に移せないルーチェに愛おしさを感じていた。
とはいえ主を誘うわけにもいかず、こちらももだもだしたまま悪戯に時は過ぎ去る。
動いたのはルーチェだった。限られた時間を無駄にしてはならないと、唇を噛み締めシアンに向き直る。
「シアン、その……」
女性から誘う事に恥ずかしさでいっぱいになり心臓は早鐘を打つ。だが一歩進む為にも勇気を出せと鼓舞した。
「わ、私、義務を果たせたわ。だから、……その」
何度も指を組み換え、緊張を解す。シアンはその様子を見ながら黙って聞いていた。
「でも、一人じゃ心許ないってまた、殿下に誘われる前に、お願いがあるの」
ちらりとシアンを見れば真剣な眼差しをしている。
断られたらどうしようと不安になるし、命令されたから断れないのも嫌だった。
「私、貴方との距離をもっと近くに感じたいの。
これまでも殿下に抱かれるときは貴方だと思っていたけれど、本物を知りたいの……」
ルーチェの告白にシアンは目を見開いた。
初夜はあの覗き部屋から見届けの意味も兼ねて見ていたが、ルーチェを抱いているのは自分だと安心させる為、夜の警護以外で時折見ていた。
それでもルーチェが抱かれるのを見て、肌を合わせる事でシュトラールへの愛が再燃してしまうのでは。
気持ちのベクトルを変えたとて、真実に愛が芽生えればそんなものを打ち消すのでは。
シュトラールがルーチェを愛するようになれば自分の存在などただの当て馬でしかないのでは、と思っていた。
だがそうではなかったと知り、押さえていたものが湧き出る感覚に覆われる。
ルーチェはその立場からずっと己を律していただけで、本心は思ってくれていたのだとシアンは嬉しくなった。
ルーチェの隣に移動し、口付ける。
腰を引き寄せ深い口付けに変わっていく。
そこまでは今までしてきた事だ。
一度唇を離し、ルーチェは抱き締められる。
それだけで幸せな気持ちになり満たされていく。
ルフトに対する愛情とは別の愛しさが溢れ、もうこの腕の中以外では嫌だと思うまでになっている。
「ルーチェ、ずっと待っていた。だが、いいのか?」
その言葉が嬉しくて、了承とばかりに背中に手を回す。
「シアン、愛しているわ。そんな言葉だけじゃ足りないけれど、貴方を愛しているの」
ずっと言いたくて言えなかった。
勿論シュトラールにも言っていない。
一度口にすればもう止められない。いや、ルーチェは自分の思いを止めたくなかった。
だがシアンは一度ルーチェへの抱擁を解いた。
なぜ、と戸惑う間に、頭を下げられる。
「シアン?」
「ルーチェ、いや、王太子妃殿下。私は貴方に謝らなくてはならない事があります」
「なに……?」
シアンからされて謝罪されるようなことは何も無い。思い当たる節も無いがルーチェは続きを促す。
「以前、第二王子殿下がここに来られた事があったでしょう?」
「ええ」
「あの方を招き入れたのは私です」
シアンの告白にルーチェは目を瞬かせた。
「姉の嫁ぎ先が第二王子殿下を推していて、一度会いたいと言うので招きました。自分が休暇を取った日を選んだのは偶然ですが……。あのあと妃殿下に起きた事を知った時は後悔しました」
第二王子はシアンへの招待客とて容易に入れたという。宮に入る前までは変装していたから誰も気付かれなかったようだとシアンは言った。
シアンとしては表向き姉を招待したつもりだったが、それが第二王子に利用される事は承知の上だった。
懺悔を聞きながら、ルーチェは思い出していた。
彼女にとって確かに体調に異変が起きてあわや、のところではあったが、第二王子の一言で乱された自分の弱さもあったしシアンが招き入れたとしてもそれだけが原因ではないと思った。
あの日の失態は己の中で戒めとすべき点であるのは事実だが、シュトラールへの執着を捨て去れた分岐点でもあったのでルーチェとしても都合が良かった。
「シアン、大丈夫よ。結果として私は無事だったわ」
「しかし……」
「貴方だけが全てを背負う必要は無いわ。貴方はお姉様を招待しただけ。そしてできれば私に第二王子を紹介するように言われただけでしょう?」
「やはり知って……いたのですね」
ルーチェはシアンの頬に手を添え頷いた。
シアンは裏切りだと思っているがルーチェにとっては何でも無いこと。
シアンの立場では断れないのも仕方ない。
それにただ世間話を身内にしていたからと言って、頼まれた事をしたからといって、何を咎められるのだ。
そもそもシアンは公爵家の雇用で、王宮騎士では無い。シアンの主はルーチェで、ルーチェの命令に背いたわけではないのだから。
この件は父も関与しているとルーチェは踏んでいる。その目的は何かは分からないが、父は父で動いているので害が無い限りは傍観する事に決めた。
「それでも貴方が私に罪悪感を抱いているなら、私を抱く事で許すわ」
それは甘美な誘い。
例え愛する人に裏切られようとも、ルーチェは己の信念を貫きたい。
それがルーチェなりの愛だった。
シュトラールは壊してしまったがシアンは踏み止まった。
そんなどこまでも甘く、どこまでも痺れそうな、抗えない彼女からの誘惑に抵抗できる術など持たない。
「ルーチェ、愛しています。例え貴女は他の男の妻でも、今だけは俺を愛してください」
「シアン、私の愛は貴方だけのものよ。愛していると言うのも貴方だけ。
お願い。愛し愛されることが私の望みなの。だから」
ルーチェの言葉を遮るように口を塞ぐ。
「これ以上女性に言わせるのは男としてどうかと思うから……」
シアンは耳元で何かを囁き、ルーチェは顔を真っ赤にして小さく頷いた。
そうしてシアンはルーチェを横抱きにし、二人は寝室へと消えていった。
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