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最終章〜縁の糸の結び直し〜
16.失くした愛
しおりを挟むリリミアへの愛を失くし、クロスが憑依する間魔女に引き取られたマクルドは、魔女から水晶を通じてリリミアの様子を見せられていた。
アーサーと仲良くする姿を見て湧き上がるのは苛立ちと焦燥と憎悪と――大きな悲哀。
かつては自分が独占していた笑顔も泣き顔も全て別の男に向けられ、マクルドはどうしてこうなったんだ、と苛立ちを押さえきれない。
クロスが憑依しなければ、マクルドはリリミアの事なんかどうでもいい、もう好きにする。
沢山の女性を侍らせて泣いて縋っても許すものか、と二回目の人生で我慢していた事を満喫するはずだった。
だがそうしよう、決めた、と思っていても苛立ちはおさまらず、何もかもが億劫で体は動かせなかった。
クロスに好き勝手されていなければ今頃鬱屈した日々を過ごしていただろう。
それくらい、マクルドは無気力で何もかもが面倒になっていた。
「どうだ、お前が捨てた愛は。眩しいだろう。羨ましいか」
魔女の嘲るような言葉を無視して水晶に映るリリミアの笑顔から目が離せない。
「別に。もう捨てたものだ。惜しくない。……全く、未練も無い……」
言いながら胸が痛み出す。同時にどこから間違えた、何故間違えた、という疑問が湧き上がり、今すぐ行かなければ奪われてしまう、とさえ思うのにやはり身体は動かない。
「強がりよのう。その割に言葉に全く覇気が無い。説得力皆無だぞ」
けらけらと笑いながら魔女は手元のワインをくるくる揺らした。
魔女に何か言いたいが水晶の中のリリミアはマクルドが大好きだったあの笑顔。
淑女の義務的な笑みでなく、愛しい人に向ける照れたような温かな気持ちになれる笑みに、どうして自分に向けられないんだ、と悲しくて虚しくてイライラして。
「……これで良いんだ、良いはずなんだ……」
言いながらその笑顔を自分に向けてほしくて心は飢える。
魔女は溜息を吐き指を鳴らすとマクルドは小さな球体となった。
「あんた鬱陶しいからちょっと勉強しといで。
あんたが欲しがるそれが、どれだけ尊くて温かくて、……いかにして失われたのか」
「な!? ちょっと待て!」
マクルドの抵抗虚しく吸い込まれていく。
その先は――ある少女の中だった。
「お父様、どうしよう。カリバー公爵令息様から婚約を申し込まれてしまったわ」
王太子の側仕えを決めるお茶会で出逢った二人は、マクルドの一目惚れから始まった。
グイグイくるマクルドに始めは戸惑いがちだった少女はやがてその明るさに惹かれ淡い想いを抱くようになる。
気紛れに一輪花をやれば頬を染めて目を輝かせた。
花束になっても相変わらずはにかむように笑い、温かな気持ちが湧き上がる。
(大好きで、大好きで、本当に、大好きで……)
少女もゆっくりと確実にマクルドに想いを寄せていく。
けれど、幸せな日々はマクルドが学園に入学してしばらくして変わってしまうのだ。
毒蛾は次々と男たちを誘惑する。
始めは低位貴族から、徐々に狙いを上げて行き、遂には侯爵令息を毒牙にかけた。
そこから王太子を誘惑し、更に確かなものにする為に魅了の魔法を手に入れた。
王太子が堕ちれば毒蛾は思うままに振る舞った。
だがマクルドは少女を愛していたし王太子にも婚約者がいたからそれとなく諫言した。
けれどあるとき、毒蛾はマクルドに言った。
「マクルド様は婚約者の女性のどんなところが好きなんですか?」
「え……、きみに教えてやる義理は無いけど」
「マクルド様の婚約者の方だから、きっと可愛いんだろうなぁ。私もその子のようになりたいわ」
マクルドの婚約者は可愛い。
この女、毒蛾のくせに良い事を言う。リリミアには敵わないが。
そんな考えがマクルドに芽生えた途端に心が蝕まれた。
「私もマクルド様の婚約者のようになりたいわ……。けれど男爵家だから多くは望めないわね」
毒蛾が俯いて悲哀の表情を浮かべると何故か守ってやらねばという気持ちが湧いてくる。
けれど少女を裏切るわけにはいかない、と、マクルドは痛む頭を押さえながら離れた。
だが王太子にまとわりつく妖蝶は、王太子の側仕えを陥落していく。
「マクルド、メイをあまり邪険にするなよ。可哀想だろう?」
可哀想? ……可哀想、うん、可哀想だ。
いつも瞳を潤ませているから。
マクルドに何とも言えない感情が湧き上がる。
メイについててやらねば。
その行動が、愛しているはずの婚約者を悲しませると思いもせずに。
マクルドの婚約者は学園に入学して足が遠退いていた彼をずっと待っていた。
「きっと忙しいのよ。王太子殿下の側近ですもの」
ずっと信じて待っていた。
「お身体を壊されていないと良いのだけれど」
そんな事も知らずに、少女の婚約者は毒蛾の餌食になり、その身体に触れていた。
「マク、だめよ、貴方には婚約者がいるんだから」
「今は誰も見ていない」
唇が触れるか触れないかの距離に近付き、密やかな笑い声が響く。
「マクルド様も頑張っているから、私もしっかりしきゃね」
そうして、二人は唇を重ね、腰を強く抱き、深く貪った。
マクルドの婚約者が学園に入学する頃には王太子と側近たち、そして男爵令嬢の噂は学園内に広まっていた。
「マクルド様、男爵令嬢の方との距離が近過ぎるのでは?」
「大丈夫だよ、友人だから」
「友人同士の距離感では無いのでは?」
「気にしなくていいって。結婚するのはリリなんだよ? どっしり構えてなよ」
少女の心は嫉妬で黒く染まる。
どうして、なぜ、とずっと問い掛けるが答えは出ない。
苦しくて、嫉妬で醜く変わる自分が嫌で、婚約解消を申し出たがマクルドは頷かない。
「大丈夫だよ、リリ。俺を信じてほしいな」
その言葉を信じるしかない。
マクルドはリリミアに相変わらず優しい。
交流の為のお茶会の回数が減っても、男爵令嬢との距離感が近くても、学園内でリリミアを見掛ければ抱き締める。
「リリ、信じて……」
「マクルド様……」
「リリの為だから。リリと結婚するから……」
その言葉を信じて――。
「嬉しいわ、マク。素敵だったわ」
マクルドの隣にはうっとりと寄り添う毒蛾。
毒蛾の髪に指を絡めながらマクルドはぼんやりとして状況を整理するが頭はモヤがかかってうまく掴めない。
「ね、もっかいする? 時間はあるでしょう?」
その目を見ると抗えない。しないといけない、と思ってしまう。
そもそも何故毒蛾が裸でいるのだろう、確かリリミアとの練習に、と言って。
そこまでもやもやしながら、ふと思い出す。
(リリに会ったのいつだっけ)
ぼんやりとしながら毒蛾が身体を這うのを止められない。
(きっと泣いてる)
リリミアが、マクルドの事で傷付いて泣いている。
(もっと、泣いて、いや、笑って、泣いて、笑って笑って泣いて)
マクルドの思考はぐるぐる回る。
毒蛾を組み敷き、喰い殺さんばかりの勢いで好きに動いた。
心は晴れないままに。
一線を越えた男女の空気はがらりと変わる。
それを気付かない程リリミアも鈍感では無い。
リリミアの淡い想いは恋に変わり、愛へと変化した。
そのタイミングで裏切りをまざまざと見せつけられて苦しくて苦しくて、息もできないくらい悲しくて、それでも手放せないから余計に辛くて。
(リリ、リリミア、違う、違うんだ……、リリ、ごめん、ごめんなさい……)
慰めたいのに手足は無い。そもそも実体すら無い球体のマクルドはリリミアの荒れ狂う心に曝されて身動きがとれない。
(違わない。この時俺はリリミアを裏切っていた。目の前で、ずっと)
自分がした事を見せつけられ、リリミアの気持ちを強制的に感じさせられ、マクルドは穏やかな愛が消えて行くのを感じていた。
「メイが妊娠したから彼女と結婚するよ」
この頃のマクルドはリリミアの事は忘れていた。
「そんなのは許さん! 腹の子は処分しろ!」
そうだ、何を言ってるんだ、自分はリリミアと結婚するんだ。元々結婚はリリミアとするはずだった。だからこれは当たり前の事なんだ。
そんな気持ちで臨んだ結婚式でさえ、リリミアは複雑な気持ちだった。
けれど必死に淑女の顔を保ちつつマクルドを信用しようとしていた。
リリミアを見ればリリミアを愛しいと感じる。
だがメイを見れば守ってやらねばと思ってしまう。
そんな曖昧なモノでもリリミアはマクルドに笑みを向ける。
(この時の笑みはどんなだった?)
ぎこちなくて、泣き出しそうな、今にも壊れてしまいそうな。
けれどどうにかマクルドを信じようと。
優しくて子ども思いで、自分を労ってくれる夫を支えよう。
あの女性の姿はもう見えない。
大丈夫、これからは三人で仲良く暮らせるはず。
(そんなリリミアを、俺は――)
リリミアの想いを打ち砕くのは、いつだってマクルドだった。
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