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本編〜アリアベル編〜
34.決意
しおりを挟む翌日、アリアベルの懐妊は国王夫妻を始め、オズウェルたち、また使用人から騎士や魔術師たち、文官やメイド、馬丁に至るまで知れ渡り、皆が手を挙げ喜んだ。
特に王妃ジルヴィアは涙を流し、アリアベルをお祝いした。
アリアベルの実家である公爵家へも緊急の魔術鳩が飛ばされ、知らせを聞いた両親が祝いに駆け付けた。
「外野があれこれ口出してプレッシャーを与えるのはどうかと思っていたんだ。
アリアベル、おめでとう」
両親も涙を流して喜んだ。
王妃と王太子妃の同時懐妊で執務に滞りができるのを防ぐ為、より一層国王と王太子は執務に励んだ。
目まぐるしい忙しさに瞬く間に時間は過ぎていく。
悪阻の時期を終え、いつもの孤児院への慰問に来たアリアベルは、衝撃の場面を目の当たりにした。
ちょうど馬車が到着して従者の手を借りて降りていた時、荷物を抱えた見窄らしい身なりをした女性が、そっと孤児院の玄関先に籠を置いて、手を合わせたと思ったら走るようにして立ち去って行ったのだ。
「――っ、今の女性を追い掛けて!」
王太子妃の言葉に一人の護衛騎士が反応し追い掛けて行く。
荷物からはふぎゃふぎゃと泣き声がこだまする。
まさに、子を捨てる瞬間に出くわしてしまったのだった。
アリアベルはすぐさま孤児院の院長を呼び、赤子の保護を願い出た。
指示を的確に出しながらも内心動揺する彼女に比べ、院長は慣れた事のように赤子の入った籠を持ち上げアリアベルにも中へ入るように促した。
「妃殿下には信じられないでしょうが、ああした事はままあるのです」
応接室に案内され、院長は語り出す。
リトス王国は割合豊かな国だ。
だがそれでも貧富の差はあり、貧しくて子を手放す親が後を絶たないと。
特に貧民街と呼ばれる地域は治安も悪く、望まない妊娠をする事もある。
弱者は強者に従わねば生きていけない。逆らえば何があるか分からない。
生きる為、生きていく術の為に身体を売り、――子を身籠ってしまう。
けれど自分たちが食うに手一杯で子を育てる余裕も無く、彼女たちは孤児院の前に子を置き去りにするのだとか。
「孤児院の前に置いて行くならばまた良い方です。少なくとも子を思う母の心が芽生えているのですから。
問題は産み捨てる事です」
「産み……捨てる?」
院長は真顔で頷いた。
「望まぬ行為で身籠った場合、子は要らぬモノとして産んで……そのままという場合もあるのです。
赤子は誰かの手を借りずして生きられません」
その場合、待つのは死のみだ。
その言葉はアリアベルの心を痛烈に抉った。
「……望むところに来ず、望まぬところには来るのですね……。子授け鳥は気まぐれなのでしょうか……」
ただの迷信だと分かっていても、口にしてしまったと、アリアベルはハッとして口元を押さえた。
「……そうですね。……我々の預かり知らぬところで気まぐれを起こされてはたまったものではないのですがね。
望む場所に望むものが与えられないのも、世の中の皮肉にも感じます」
それは子を授かる事だけではありません、と院長は言う。
「親も、きっと苦しんでいるのでしょう。
子を生んだところで育てられるのか、愛情を持てるのか。
自分が生きていくだけで精一杯ならば、子を育てる余裕すら無くなってしまいます。
けれど、余裕があっても授からない夫婦もいらっしゃる。
いても、いなくても、親の立場として見られる者は苦しむものです」
結婚し、夫婦となれば次は子を、と言われる事はよくある。
時期を見て、いざ励んでも授からなかったり、今は無理、という時に授かったり。
「……親になる立場の者を救えば、子を置き去りにする方は減るでしょうか……」
アリアベルは孤児院への慰問で常に幼子が親の庇護を与えられない事に心を痛めていた。
こうして月数回の交流で、子どもたちは気丈に生きているがふとした瞬間に寂しそうな瞳をするのだ。
恵まれない子に施しを、と活動してきたが、今回目の前で置き去りにされる様を見て根本的な解決をしなければ、と思ったのだ。
「そうですね。生活に余裕ができるならば心にもゆとりが生まれましょう。
一人増えても良いと思えるくらい余裕ができるならば、ですが」
アリアベルは頷いた。
根本的な解決をしなければ、これから置き去りにされる子は減らないだろう。
それならば自分がその解決に乗り出そうと、心に決めた。
アリアベルは王太子妃という立場にいる。
新たな制度を打ち出せる。
これからの国の課題として、議会に案を出す事にした。
子を授かった今、我が子を捨てざるをえない状況になってしまう親に寄り添いたかったのだ。
先程の赤子の親は見つからなかったと、護衛騎士が戻って来た。
赤子は年長の子たちの子を中心に世話をされていた。
慣れたようにミルクをやり、おむつを替えると籠の周りに子どもたちが集まって来た。
「この子に名前つけてあげなきゃ」
「何がいいなかぁ」
「……あ、待って、何か紙があるよ」
赤子の入っていた籠に、小さな紙が折り畳まれて置いてあった。
子どもたちが開くと何か書いてある――が、未だ字が読めず、きょとんとしていた。
年長の女の子が紙を取り、文字を読み上げる。
「えーっ、と。この子の名前、は。
『リベルタ』です。女の子です。
私では育ててあげられないのでどうかお願いします」
読み終えると、子どもたちは再び籠の中の赤子に目を移した。
「リベルタ!」
「リベちゃん!」
「ルタ!」
「妹ができたわ!」
わいわいと新たな家族が増えた事にはしゃぐ子どもたちを見て、アリアベルは苦笑した。
この子らも親がいない分寂しい思いをしているはずだが、それを感じさせない事に気持ちが救われていく気がした。
「あいあたま」
ふと、足元にぎゅっと抱き着いてくる子どもを見て、アリアベルは腰を落とした。
「こんにちは。あなたのお名前は?」
「あーてぃ!」
「アーティ?」
「あい!」
ニコニコと笑う子どもに釣られ、アリアベルも笑みを浮かべるとお世話係の年長の子がやってきた。
「アリア様、覚えてらっしゃいますか?
この子、以前アリア様に抱っこしてもらった子です」
「えっ」
アリアベルは己の記憶を辿った。
二年程前、生まれて間もない赤子を抱っこした。
愛する夫の子を抱きたいと強く願ったときだ。
しっかとした足取りで歩く目の前にいる子が、あの時の子だと思わずに目を見張った。
「……そう、こんなにも立派に成長しているのね……」
月数回訪れているが、会う子会わない子も出てきていた。そんな中、思い出深い子どもの成長を改めて見せられ、アリアベルは嬉しくなった。
「アリア様、懐妊なさったんですよね」
いつかの時、一緒に花冠を作ったデリアが少し寂しそうにアリアベルのドレスを握った。
「私もアリア様のもとに生まれたかったです」
「デリア……」
アリアベルはデリアの頭を優しく撫でた。
「あなた達は、みんな私や王妃殿下の子よ」
「え?」
困惑気味のデリアに、アリアベルは優しげな眼差しを向けた。
「この国にいる者たちは、みんな私たちの子よ。
等しく庇護の対象となるわ」
「アリア様……」
「デリアたちが健やかに暮らせるように、これからもがんばるわ」
アリアベルの言葉に、デリアは笑みを浮かべ、照れたようにはにかんだ。
(この子たちを守りたい)
新たに孤児院に来た子も、成長し大きくなる子も、――成人し巣立つ子も、親となる者たちも、みな等しく守りたい。
その為に自分ができる事をしようと、デリアの笑顔を見ながら改めて決意するのだった。
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