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番外編〜リディア編〜
6.用意周到な婚約
しおりを挟むオズウェルの行動は早かった。
リディアの気が変わらないうちに、とその日に婚約を交わそうとすぐさまローレンツ侯爵を呼び契約を交わした。
議会で呼び出されていたローレンツ侯爵は、リディアが拒絶された事に憤りを感じていたが、日も跨がぬうちにオズウェルから婚約したい旨を伝えられ怒りの矛先が霧散してしまった事にもやもやした思いを抱えた。
しかし。
「ローレンツ侯爵におかれましては戸惑われるかもしれませんが、僕はリディア嬢を愛しています。
彼女に出逢った時から一目惚れでした。
それから手紙をやり取りして、益々好きになりました。
僕が今まで婚約しなかったのは派閥の事もありますが、彼女に想いを寄せていたからです。
年下だから、兄上に御子がいないから、と言い訳をしていましたが今回兄上の側妃として来たのを見た時、後悔しました。
ですが兄上が側妃として娶らないならば、僕にも機会があると希望を見ました。そして彼女は応えてくれた。
ですからお願いします。
リディア嬢との婚約を認めてください」
一気に捲し立てられ、がばりと頭を下げられれば侯爵とて無碍に断る事も出来ず。
「……リディアは二人の男性から否定されている。
殿下は拒絶なさらないで頂きたい」
「僕はずっと彼女を望んでいました。今はまだ信じられないかもしれませんが、彼女を拒絶する事は無いと誓います」
若者の勢いだけかもしれない。
だが侯爵はリディアがとある人物からの手紙を待ち望んでいた事を知っている。
その手紙が、婚約破棄の憂いを癒やしていた事も。
娘がいつしか手紙を大切そうに見つめ、うっすらと頬を染めていた事も知っている。
――それが、目の前にいる男だという事も。
「リディアは……彼で良いのか?」
男の隣に座る娘を見つめた。
「彼を、信じたいと思いました」
その瞳には決意が宿る。
侯爵が目を瞑ると、幼い頃からの娘の姿が次々と浮かんだ。
「幸せに、してやって下さい」
「――っ!!あ、ありがとう、ございます!」
娘が言うならば親としてこの男を信じよう。
侯爵は笑顔で微笑み合う二人を見て拳を握った。
侯爵の許しを得て、オズウェルは侍従のグラントに申し付け予め準備していた婚約証書を取り出した。
婚約破棄の時といい今回といい、手際の良さに侯爵は呆気にとられた。
「本当ならすぐにでも入籍したいところですが、婚約者としても過ごしたいですし、結婚式の準備も必要ですから一年後の入籍でよろしいでしょうか?」
笑顔で決めていく彼は普段は大人しく控えている印象だった。だが今はテキパキと物事を進めていく。
侯爵とリディアは呆気に取られながら言われるままに従った。
とはいえ疑問は丁寧に説明され、侯爵側の希望も聞いて来る。何よりリディアの意見を尊重し、真摯に耳を傾ける姿に侯爵は短時間でオズウェルに対して信頼を寄せていた。
その瞳はリディアを見つめ、彼女がいる事が嬉しいと伝えている。
当のリディアは戸惑いはあるもの、オズウェルに対して悪感情は無く、己の気持ちを少しずつ出していけたら良いと侯爵は思った。
出来上がった婚約証書はその日のうちに提出され、二人は晴れて婚約者となった。
侯爵は「くれぐれも頼みます」と頭を下げ、オズウェルは笑顔で応えた。
その夜、晩餐の席で母親であるセレニアにリディアが婚約者となった事を紹介すると、セレニアも、側に控えていたギルバートも目を見開き固まった。
「あなた、いつの間に……」
「ずっと手紙のやり取りはしていたのです。
兄上の側妃として来た時には絶望しましたが、彼女は僕を受け容れてくれました」
我が息子ながら手際の良さにセレニアは戦慄した。
リディアは昨日までは王太子の側妃候補だったはずである。
ほんの七日程前までは自身が側妃としての心構えなどから簡単な執務を任せられる程には教育した。
あくまでも『王太子の側妃となる』前提だったのだ。
それが今は長年婚約者がいなかった息子が婚約者としたと言えば何が起きているのか分からなかった。
頭を抱えながら状況の説明を求めると、オズウェルはそれはもうにこやかに話した。
「リディアは……いいの?その、……この子で」
戸惑いながらリディアに尋ねると、はにかむように頷いた。
「元々私が王太子殿下の側妃となる決意をしたのは、オズウェル殿下へ恩返しをしたかったからです。
婚約破棄されて傷心の中を支えてくださいました。
ですから、彼の憂いを除いて差し上げたかったのです」
「リディア……」
オズウェルはリディアを悲しそうな顔で見つめた。
「僕が貴女を追い詰めてしまったんですね……。
申し訳ありません。でも貴女を兄上に奪われなくて良かった……」
「オズウェル様……」
早速二人の世界に入ろうとする息子に咳払いをして窘め、セレニアは複雑ながらも祝福した。
そして、今まで秘めた想いを爆発させたようにリディアに蕩ける笑みを浮かべる息子を見て。
その笑みを戸惑いながらも嬉しそうにしているリディアを見て。
セレニアはようやく肩の荷がおりたような気がしていた。
翌日、オズウェルは早速兄に事の経緯を説明しに赴いた。
「……は?婚約?もうした?え?どういう事だ?」
昨日の今日で、と混乱しうろたたえる兄を見て、義姉以外の事で動揺するんだなあと感心した。
「元々リディアと僕は以前からの知り合いでした。
僕の悩みを解決したいと彼女は側妃になる決意をしたんです。
だから、彼女が子を成したあと下賜して頂ける様にお願いするつもりでした。歴代側妃殿の中には家臣に嫁いだ者もおりますし」
元々臣籍降下を希望していたオズウェルは、彼女が決意した事なら邪魔をせずその後の事を考えていた。
「僕の閨教育も彼女に、と思っていました。
けれど、……兄上が閨事の為に彼女の部屋を訪れたと聞いて、やはり胸が痛みました。
覚悟していても、苦しかった。
だから兄上が彼女を側妃として迎えないならば、と懇願したのです」
王太子テオドールは異母弟の行動力に驚いていた。
自身の側近オーランドから図書室でのやり取りを聞き、改めて己の身に起こった事に何かの因果を感じていた。
「兄上、王妃殿下が御懐妊されたのなら、王妃殿下の執務は義姉上に降りかかるのでは?
それでは義姉上の負担も大きいはずです。
ですから、リディアを頼られてはいかがでしょうか」
オズウェルの言葉にテオドールは渋面だ。
ただでさえリディアの尊厳を傷付けた。
それを異母弟に体良く押し付け尻拭いをさせているような気がしたのだ。
まるで最初から仕組まれていたかのように。
幸いリディアは閨事の完遂をもって正式に側妃として王籍に入る予定だった為側妃としての御披露目はしておらず、あくまで候補という立場だった。
その候補が外され、婚約者のいなかったオズウェルの隣に収まった。
あまりに都合良過ぎる展開にテオドールは複雑な思いがしていた。
「……確かに側妃候補として教育を受けていた彼女が手伝ってくれるならば助かるが……。
あくまでもリディア嬢の意思を尊重したい」
「リディアは割と乗り気ですよ。母上はもうすぐ離縁されますし、臣籍降下するまでは僕も兄上をお支えします」
オズウェルの言葉にテオドールは口元に手を当て逡巡する。
「……オズウェル、王族として残ってくれないか」
「え……」
テオドールからの提案に、オズウェルは言葉を失った。
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