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本編
3.想いの反比例【side 王太子】①
しおりを挟むずっと、死んでいた私の息を吹き返してくれたのは新たに婚約した彼女だった。
己の内に抱えた持って行き場の無かった苦しみを笑顔で聞いてくれて「忘れなくて良いのです」と言ってくれる度、あれだけ忘れられなかったアンジェリカの事が一つずつ思い出に変わっていった。
周りは「早く忘れろ」と言っていたが、婚約者だけは「忘れなくても良いのです」と、いつも笑顔で言ってくれた。
苦しみをぶつけても、いつも笑顔で。
愛する事はないと酷い事を言っても笑顔で。
皮肉を言っても笑顔だった。
なぜだ。
なぜそんなにも笑顔でいられる。
「生きているのがお前ではなくアンジェリカであったなら」
こんな人でなしな言葉をぶつけてもなお笑顔でいる彼女。
いつしか彼女のその笑顔に癒やされている事に気付いては、自分は生きている事を実感した。
「殿下はそのままで良いのです。愛する方を忘れるなんて、できませんから」
違うんだ。
貴女に出逢えて、私の世界が色付いてきたんだ。
その時、本当は生きたいのだと。
ただ、思い出の中に生きるのではなく、未来を生きたいのだと、思ったんだ。
思えば初めての顔合わせの時、貴女に出逢えた私の胸は高鳴り、頬を薔薇色に染めながらじっとその瞳を見つめていた。
煌めく瞳も、さらりと流れる髪も、血色の良いくちびるも、全てが好ましく色鮮やかに映ったのだ。
己の胸の高鳴りをたしなめるように手を当て、薄く微笑み、貴女の姿を見て一つ頷いた。
自分の中にいるアンジェリカの面影が薄くなる気がして怖かった。
だから、ずっと。
辛く当たっていたのに。
貴女はいつも私を包み込むように優しく微笑んでいた。
そんな貴女に惹かれていったのだ。
亡くなった人を愛し続けるなど、私にはできなかった。
アンジェリカに対する裏切りだと思った。
けれど、私は生きている。
これからも生きたいのだ。
願わくば愛し愛され、支え合える女性に触れ温もりを享受したい。
アンジェリカではない女性と共にありたいと願ってしまった。
それに気付いたらこの想いを伝えたくてたまらなくなった。
早く夜が明けないかと、目が冴えてなかなか寝付けなかった。
早く貴女に逢いたい。
逢って……
今までの非礼を詫びて、貴女に愛を伝えたい。
そしてこれから貴女を大切にすると。
「殿下、陛下がお呼びです……」
早く、貴女に愛していると、伝えなければ。
──だが。
「は……、父上、今、何……と……」
国王である父から告げられたのは、婚約者の彼女との婚約が解消されたというものだった。
うまく、事態が飲み込めない。
侍従が呼びに来たとき、浮かない表情をしていたのはこの事に気付いていたから……?
「お前がアンジェリカ・ブラックリー嬢を未だに深く想っているとは知らなかったんだ。……許せ」
父上は悲痛な顔をしている。
周りを見渡せば婚約者の父親もいた。彼は無表情に目を伏せている。
「生涯ブラックリー嬢だけを愛したいお前の気持ちを無視してすまなかった。私が……息子の気持ちを尊重しなかったから……
罪もない令嬢の人生を、奪ってしまった……」
「陛下が気に病む事はありません。
娘が望んだ事でした。ですが……、これ以上は申し訳ございません。我が侯爵家は婚約を辞退させて頂きます」
恭しく一礼した侯爵の言葉を即座に理解することは俺にはできなかった。
(なん……なん、で、何で、婚約……辞退……?)
「侯爵……スタンレイ侯爵、お待ち下さい。何故です……」
鼓動が胸焼けしそうなくらい苦しく重く響く。
喉奥が焼け付くようにひりついて、言葉を上手く紡げない。
「彼女は……、っ……、彼女、とは、うまく……いってた、っく、はず、です……」
いつも微笑んで、全てを許してくれるかのように優しく。
どうして。どうして、どうして、どうして。
頭の中のどこかで理由は分かっているのに、肯定したくない自分がいる。
スタンレイ侯爵は私に視線をやり、そっと目を伏せた。
「娘は……心を病み、修道院へ行く事になりました」
「なぜっ……」
「娘は……、自害しようとしていました」
ヒュ、と思わず息を呑んだ。
じ、害……なんて、そんな、そんな……と、ばくばくと鳴る胸を押さえる。たらりと、額から汗が伝う。
「王太子殿下。元々貴方はブラックリー令嬢以外を愛する事は無いと宣言なさっていた。
それでも良いと手を挙げたのは娘です。
愛されずとも良いと言いながら殿下の婚約者となり、実際に愛されなかったからと心を病むのでは、王太子殿下の婚約者として相応しくありません」
違う。それは違う。彼女は良くやってくれていた。本来ならば数年かけてやる教育も必死に勉強して、寝る間も惜しみ励んでいると教師も褒めていた。
それだけでなく慈善活動も、社交も積極的に行い、私の地位を、次代を盤石にしようと動いてくれていると報告もあった。
そう、言いたいのに私の口から言葉が出ない。
「侯爵……ちがう、すまない、彼女が悪いわけではない……違うんだ……すまない、私が悪いんだ」
しきりに頭を振りながら、許しを乞うように絞り出す。
額から汗が吹き出し、顎から滑り落ちる。
そんな常ならぬ私の様子に、侯爵は訝しげな目線を投げている。だがその目を見る事ができない。
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