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本編

19.願い【side リヴィ】

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『今日は王城主催の夜会なんだ。仲良いところを見せなければならない。だから……』
『はい、殿下。ありがとうございます』
『……はぐれるといけないから腕に捕まってろ』

 冷たい言葉に、微かな優しさが見え隠れして、そんな所に惹かれた。
 歩幅が大きくて付いて行くのに必死だったけれど、転びかけてからはゆっくり歩いていた。

『……言わなきゃ分からないだろう』
『申し訳ございません』
『お前も自己主張くらいしろ。アンジェリカは言っていたぞ』

 最後には必ず愛しい女性の名前を出され、嬉しい気持ちに陰が差していた。


 最近の彼はその名前を口にする事は無い。
 いつでも私を気遣ってくれて、優しくしてくれる。

 今も会話は無いけれど、歩調はゆっくりとして並んで歩いている。
 しっかりと手を握ってくれて、人混みに押されないように守ってくれている。

 あの頃としたら随分変わった。
 私に謝罪して、向き合ってくれるルドを、もう憎めなくなっている。

 変わりたくない。今のままが良い。
 そう、思うけれど、このままルドの気持ちを無視していいのかな?って。

 ルドは何も求めない。
 それをいい事に居心地の良さに甘えている。
 ずっと自問自答している。

 だけど。

 繋いだ手を離したくない。
 そばにいたい。

 その為には今のままではいられない。
 だから。

 自分の弱さに決着を付けたい。


 祭壇に行く前に、屋台で花を買う。

「アンジェリカ様はどんなお花が好きだったんですか?」

「そうだな……。オレンジ色の花を好んでいたな。薔薇よりも野の花が好きだった」

「ではこのお花にしましょう」

 おじさんに言って花を受け取り、代金を払う。

「鮮やかなオレンジ色だな。何ていう花だ?」

「マリーゴールドです」

 ルドはオレンジ色を、私は黄色を選んだ。

 祭壇には既に沢山の色とりどりの花が捧げられていた。
 みな思い思いに祈りを込めて花を置く。
 私とルドも、そっと花を置き手を合わせて祈った。


(アンジェリカ様……。申し訳ございません。
 また、好きになってもいいですか……?)


 彼女が亡くならなければきっと話す事も無かった。
 私も誰かと結婚し、二人が統治する国を支えていっただろう。
 けれど、アンジェリカ様は亡くなってしまった。

 婚約者として出逢った彼を支えたいと願っていた。
 けれど。

 亡くなったアンジェリカ様を愛する殿下を、愛し続ける事はできなかった。
 愛されたいと願ってしまったから。

 ずっと、解放してあげてほしいと思っていた。
 いつまでも過去に囚われた彼自身を。
 そして、囚われたのをアンジェリカ様のせいにした。

 そんな事を考える自分が嫌いになった。
 だから修道院に逃げたのだ。


 ──二度と逢わないと思っていたのに。
 謝罪する為にそばにいて、自分を殺してまで私に償う彼に、また惹かれてしまった。

 愛し続ける事はできなかった。

 でも。

 もう一度、好きになってもいいですか?


 ちらりと隣のルドを見る。
 じっとマリーゴールドの花を見ている。

 私の視線に気付いたのか、ルドは目線を上げた。

「行こうか」

 再び手を繋いで歩き出す。
 振り向くと、オレンジ色と黄色のマリーゴールドが陽の光に照らされてキラキラ輝いて見えた。


「リヴィ、その、ありがとう」

「いえ」

「……ここに来て、アンジェリカの事は思い出になっていたけど、改めて区切りが付けられた気がする」

 ルドは目を細め、笑みを浮かべた。

「彼女には感謝している。だが、……もう、俺は……」

 そして、私を見る。
 視線が交差して、心臓が跳ねた。

「リヴィ、俺は、貴女が好きだ。
 今は貴女だけを想っている。だが、貴女からの愛を望める資格が無い事も分かってる。
 返さなくていい。愛さなくていい。だが。
 これからもそばで、見守る権利がほしい」

 真っ直ぐな言葉が私の胸に突き刺さる。
 もう、有耶無耶にしてはいけない。
 曖昧にしてはいけない。

「私は、醜い人間です。私を傷付けた殿下も、貴方の心に残る女性の事も好きになれません。苦しくて、自分が嫌いになるから。
 きっと、これからも沢山嫌な事を言ってしまう。もう笑顔で見過ごす事はできません。
 こんな私で、いいですか……?」

 ルドが言葉を失い目を見開く。

「それでも、いい。貴女は、貴女の気持ちに正直でいいと以前も言った。
 私は全てを分かち合いたい。
 嬉しいも、悲しいも、苦しいも、楽しいも。
 貴女と一緒に感じたい。
 貴女の苦しみを受け止めるのは私でありたい」

 その眼差しは強く、私を貫いた。
 もう逃げない。

 様々な感情を全て曝け出した時、残ったものはただ、貴方が好きだという事だけだった。
 私は思わずルドの背中に腕を回す。

「り、リヴィ……」
「嫌いになりたかった。でも、それ以上に貴方が好き」

 力無く下がったままのルドの腕が、ゆっくりと私の背中に回る。
 その温かい感触が、心を満たしていく。

「リヴィ、好きだ。愛している。
 ありがとう、リヴィ、……ごめん、ありがとう……」

 ルドの声がかすれていく。
 それを聞いて、私の瞳が潤んでいく。


 しばらく抱き合った後、ルドは名残惜しそうに離れた。

「リヴィ、その……これ」

 躊躇いがちにルドが差し出したのは、小さな石が付いたネックレスだった。
 黄色と紫の飾り石が付いたそれは、おそらく露店で売っていたもの。

「本当は、大きな宝石が付いた物を特注できたら良かったんだけど、……ごめん。
 今の俺じゃ、買えなくて」

「私にくれるの?」

「うん。二つ並んだ石が、リヴィと俺の瞳の色で、何か嬉しくて買ってしまった。
 リヴィが嫌なら」
「嬉しい。着けてくれますか?」

 ルドが買ってくれた物を、嫌がる理由なんて無い。
 辿々しくチェーンを外し、私の首に飾ってくれた。
 小さな二つの石が仲良さげに並んでいて、何だか温かくなった。

「ありがとう、ルド」

「ああ、……よく、似合ってる。と言うか、……嬉しくて、顔が緩む」

 顔を引き締めようとして結局緩み、片手で口元を押さえるルドは、必死に照れ隠しをしていた。
 そんな姿に思わず笑ってしまった。

 婚約していた時、何も貰わなかったわけではない。
 高くて素敵な宝石を頂いた事もある。
 けれど、そのどれよりも、このネックレスが嬉しかった。

 きらきら光る、寄り添う二つの石が、私たちみたいで、幸せな気持ちになれた。
 それは、どんな物よりも価値があるように思えたのだ。

「ありがとう、ルド。嬉しい。……ありがとう」

 もう一度お礼を言うと、ルドは優しく笑った。



 ──二人の未来を願っていた。
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