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本編
24.仲直りと、忍び寄るもの【side リヴィ】
しおりを挟む「お引き取りを。リヴィは体調が悪くて臥せってます」
べハティが私に会いに来てくれているルドを追い返す。
あの日、私に実家に戻れと暗に言った日の翌日から、何の心境の変化があったのか、ルドは毎日変わらず昼休憩時に来ていた。
でも、私は会いたくなくて断っている。
勝手に私の将来を決め付けたルドに怒っているのだ。
何回も甘い顔で許していてもルドは変わらないだろう。
だから会わないって決めた。
「リヴィ、はい、これ」
べハティが預かって来たものを私に差し出した。
今日はパン屋さんのパン。
私の好きな、中にクリームが入ったもの。
割と高級パンにあたるもので、めったに食べられるものではないけれど、数カ月に一度自分へのご褒美として食べていた。
「……食べ物に罪は無いけれど、今度ばかりは許さないわ」
「そうね。食べ物に罪は無いわ。リヴィが食べないなら私が有難く弔って信ぜましょう」
「食べますっ!」
手を差し出してきたべハティからそっぽを向くと、呆れたような溜息が聞こえた。
「初い~~わねぇ。私にもこんな時代があったのかなぁ」
クリームパンを一口かじる。
めったに食べれないそれはふわふわで、中に甘いクリームが入っていて。
いつもは甘いはずなのに、今日は何だか少ししょっぱい気がした。
その後もルドは、やって来ては様々な貢物を置いて行った。
おじさんのとこのチーズ、パン屋さんのお菓子、ときには果物を。野菜の日もあった。
微妙に私の為だけではないチョイスなのに、周りのみんなが喜んで。
「いやぁ、ルドさんが色々置いて行ってくれるからウチとしては助かります」
べハティも、みんなも同じ事を言うから。
「リヴィ!」
「別に、みんなが貴方にお礼を言ってるから、私も言わないといけないかな、って思っただけですから」
嬉しそうな顔をするルドが何だか憎らしくて、つい可愛げのない言葉が出て来る。
「うん……、ありがとう、ごめん。リヴィだけへの贈り物より、周りの人たちにも喜んで貰えるようなものの方がリヴィが喜ぶかな、って」
ぎこちなく笑顔を作りながら気まずそうに言った言葉は、確かに的を得ている。
でも何だか癪に障った。
「……私、勝手に決められるの好きじゃないわ」
「ごめん……」
「私の道は私が選びたい。ちゃんと考えるから。だから、否定しないで」
「うん、……ごめん、リヴィ。俺が自分で選べって言ったのに、結局決め付けるみたいに言ってごめん。本当は、連れて逃げたい。
でも、今できる事を探したい。リヴィが選んでくれるなら最後まで諦めずにいたい。
だからリヴィが……、幸せになれる道を選んで」
あれから少し大人になって、それぞれ大切な人や場所ができて。
もうアミナスを離れるなんてできなくなった。
私の選んだ道は一つ。
これからもここで、アミナスでルドと一緒に居たい。
私を待ってくれている人がいるとお父様は言っていたけれど。
王都でただ待っているだけで一度も会いに来なかった人よりも、向き合って、一緒に悩んで、一緒に問題解決できる人がいい。
色んなものを、分け合える人がいい。
「私は、ここに居たい。働ける場所と住む場所を探して、修道院から自立して。
夜も、ルドに会いたい」
「リヴィ……」
ルドは信じられない、という風に顔を強張らせ、しきりに瞬きをする。
そして、居住まいを正し、跪き手を差し出した。
「ありがとう、リヴィ。贅沢はさせてやれないけど、俺頑張るから。だから……。
……リヴィの側に居させて下さい」
私はその手にそっと、自分の手を重ねた。
「ちゃんと、お父様を説得してみせます。
私の気持ちを分かって貰えるまで、何度も説明して、除籍して貰います。
だから……私の側に居て下さい」
重ねた手が握られて、もう一方の手で包まれる。
「愛しています。誰よりも、貴女を。
例え二人を分かつ時が来ても、貴女だけに愛を捧げると誓います」
両手で大事そうに私の手を持ち、ルドは口付けた。
「愛しています。誰よりも、貴方を。
例え二人を分かつ時が来ても、貴方だけに愛を捧げると誓います」
私もルドの両手を持ち、そっと口付けた。
それは、二人だけの愛の儀式。
ルドは立ち上がり、私を抱き寄せる。
そして。
そっと、触れるだけの口付けをした。
白い雪が舞い始める頃。
アミナスの街に異変が起きた。
まず、商人の出入りが減った。
それゆえ食料品などが品薄になってしまった。
それでも自給自足で賄えていたが、今は寒い季節。保存食にも手が伸びるくらいになっていた。
警備隊の隊長さんたちが街の領主様に備蓄の食糧庫を開けて貰えるように交渉して、領主様も王都に支援を要請した。
この頃から警備隊であるルドも忙しくなり、お昼に少しだけ顔を見せると慌ただしく戻って行った。
「リヴィ、体調には気を付けて。おかしいと思ったらすぐ連絡して。
念の為咳してる人にはなるべく近付かないで」
ルドは何故か切羽詰まったように言ってきたので頷いた。
お父様からは『しばらく来れない。だから迎えを寄越す』とあったけれど、まだ自立する準備が整ってなかったから断った。
それから馬車が消えた。
街を歩く人の数が、減った。
明らかにおかしい。
アミナスの街から活気が消えた。
嫌な予感が消えない。
一つ、思い当たる事がある。でもそれは当たってほしくないものだ。
「リヴィ」
不安に思っていると、久しぶりにルドがやって来た。
「ルド……。ちょっと痩せた?」
「少しだけ」
少し痩けた頬に触れると、ルドは私の手に自身の手を重ねる。
「ねえ、街中の様子が変よ。活気が無いし、ルド何か聞いてる?」
「ああ、その事で話に来た」
「中入る?寒いでしょう」
「いや、ここで良い。リヴィ、落ち着いて聞いてくれ。
最近の街中が変わった理由」
俯いて、話しにくそうに唇を引き結んだルドは、やがて話しだした。
「ツェンモルテ病だ。半月程前、一人目の患者が出て、情報の早い商人はアミナスに来なくなった。
それから食料品が不足し始めて、早いところは保存食まで手を付けている。だから領主様に食糧庫を開けて貰って供給を始めた」
ツェンモルテ病の名前に息を呑んだ。
発症から間もなく高熱が出てそれが10日間続く流行り病で、拡がり方が早く以前王都で流行った時は沢山の死者が出た。
10日間高熱が続いて、熱が下がらなければ亡くなってしまうのだ。
当時は薬など無く、貴族や平民も等しく対処療法しか無かった。
「ツェンモルテ病……、って、確か」
ルドの表情を見ると強張っている。
「ああ、アンジェリカの生命を奪った病だ。
俺が王太子の時に薬を開発するように私的な予算を回していて、僅かながら出来た物は貴族たちが高い金で買って行った。
そのお金をまた回してはいたが、量産出来る様になっているかは分らない。フレディ王太子殿下には引き継いだが……。
市井に回せる分があるかは未知数だ。
王都には食糧と薬を回してもらえるように領主様から連絡を入れて貰っている。
だが掛からない方がいい。リヴィもくれぐれも気を付けてくれ。
リヴィがもし病にかかったら……」
ルドが不安そうに抱き寄せる。
「分かった。病にならない様に気を付けるね」
そう言うと、ルドはきつく抱き締めた。
きっと不安なんだろう。
ルドの背中を優しく叩くと、ルドは私の肩に顔を埋めた。
「そろそろ行かないと……。リヴィ、くれぐれも気を付けて」
「うん。……ルドも、気を付けて」
名残り惜しそうに離れて行く。
ルドは踵を返し、駆けて行った。
(大丈夫、だよね……)
その後ろ姿が何故か遠くに感じて、漠然とした不安を拭えなかった。
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