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本編

28. 私の居場所【side リヴィ】

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(待って、ルド、行かないで)

『ごめんね。俺は行くよ』

(いやだよ、側にいて……)

 真っ暗な中、もがき続ける。
 ルドの姿が見えているのにどんどん遠ざかって行く。

(私も連れて行って!)

 走っているのに追い付けない。前に進めない。
 不安で仕方なくて、涙が出てきた。

『だめ!貴女の居場所はここじゃない!』

 不意に聞こえた声が私の手を掴んだので振り返った。
 そこにはぼんやりと光る少女の姿があった。

『帰って。ほら、ポンコツ兜の騎士が呼んでるよ』
「えっ」

 女の子が指を差した方を見ると、兜の騎士が立っていた。

「ルド!」

 慌ててそちらに駆け寄ると、女の子はにこっと笑って消えて行った。
 勝ち気な瞳はダークオーキッドで。

(貴女は……もしかして……)

 視線は少女が消えた方を向けたまま、兜の騎士に手を引かれて、光の中に吸い込まれて行く。


 目が覚めた時、一番に目に入って来たのは見た事がある天蓋だった。

(ここは……)

 ふかふかの柔らかいベッドに、重たい身体が沈んでいる。

「お嬢様……!お目覚めですか!?」

 近くにいたメイドが目を見開いて私を見て、一礼してから慌てて部屋の外へ駆けていった。

 目覚めたばかりのぼやんとした頭でここがどこかを考える。
 ベッドに天蓋があって、辺りに目を向ければ見慣れた家具がある。
 けれど、修道院の私の部屋ではないようだ。
 確かナハトに薬を飲ませて、身体がだるかったからべハティに言って休ませて貰っていたはず。

 ベッドに入った後の記憶は曖昧で、微かに覚えているのはルドの優しい声。

『リヴィを死なせないから』

 夢現で聞いた言葉。

(……ルド!)

 途端に目を開き、身体を起こそうとするけれど、ズキンと頭が痛んで再び枕に沈んだ。

 目をつぶり痛みをやり過ごしていると、ばたばたと忙しない足音がする。

「レーヴェ!目が覚めたのか!」
「レーヴェ!心配したのよ!」
「お姉様、良かった……」

「みんな……」

 音のした方へ目を向けると、懐かしい家族の姿があった。

 怠さの残る身体を起こそうとして、駆け寄ってきたお母様に止められた。

「無理しないで。……良かったわ、貴女が目を覚ましてくれて……」
「おかあ……さま…」

 掠れた声で呼ぶと、その瞳を潤ませた。

 その姿が、何だか小さく見えて。
 貴族夫人として毎日磨かれているけれど、以前は無かった目尻の辺りの小さなシワを見て、私がこの家にいない年数の長さを感じてしまった。

(きっと、沢山心配をかけたのね……)

「おかあさま……ごめんなさい……」

「──っ、いいのよ、謝らなくていいの。レーヴェが無事ならそれで良いのよ……」

 いつも会う度に『元気ならそれで良い』と言ってくれたお母様。
 思わず手を伸ばすとしっかりと握ってくれた。

 その後ろには、お父様。
 少し離れた場所に、見違える程大きくなった弟と妹。

 そばに控える、懐かしい使用人達。

(ああ、帰って来たのね……)

 ホッとしたような、ぽっかりと心に穴が空いたような、嬉しいような、悲しいような。

 複雑な気持ちのまま、その光景をぼんやりと見ていた。


 ベッドに起き上がれるくらいになってから、私がツェンモルテ病になった後の事を聞いた。

 ナハトに薬を飲ませて、自室で寝ていた私。
 街に新たに届いた薬を飲ませた翌日、高熱は落ち着いたけれど中々目を覚まさなかった。
 が、その更に翌日にうつらうつらと覚醒しつつあったので、早いけれどこのまま王都に連れ帰る事にしたらしい。

 馬車の中は揺れを極力抑えた寝台仕様で、ゆっくりと時間をかけて戻って来たのが二日後。
 疲れからかずっと寝たままの私は、自室のベッドに移されてもそのまま眠っていたらしい。

 どうりで頭痛がするし、身体もだるいわけだ。

「お嬢様がご無事でようございました」

「心配かけたわね……。ありがとう」

 長年染み付いた淑女の笑みで応えると、侍女は涙ぐんだ。

 身体が本調子じゃないのか、上手く笑えない。
 ルドといる時は声を上げて笑えていたのに。

(……ルド……)

 掛布をぎゅっと握り締める。

 会いたい。今すぐ、ルドに会いたい。
 会って、私は元気だって言いたい。

『リヴィを死なせないから』

 約束を守ってくれた。
 ルドに、会わなきゃ。

「お嬢様……?」
「私は元気になったわ。だから、アミナスに帰らなきゃ……」

 まだ少しフラフラするけれど。
 アミナスに帰らなきゃ。あの街が私の居場所。
 べハティやシュミィたちにも無事だよって言わなきゃ。

「お嬢様、無理なさらないで下さい」

 ベッドから立ち上がろうとするのを、侍女が止めてくる。
 何日間寝ていたんだろう?
 だいぶ体力が落ちているようだった。

「レーヴェ」

 低く響く、その声はお父様のもので。

「侍女を困らせてはいけないよ」

 優しい響きのはずなのに、どこか怖くて。

「お父様、私、アミナスに戻ります」
「だめだ」
「お父様!私を除籍して下さい。私はアミナスでルドと生きていきたいのです」

 私が貴族籍にあるままならば、ルドとは身分差ができてしまう。
 このままでは廃嫡されたルドと一緒になるのは難しい。

「ならぬ。レーヴェ、お前は待っていてくれた男性に嫁ぐのだ」
「待っていてくれた?頼んでもないのに?
 私は見も知らぬ方よりルドが良いのです」
「だめだ!廃嫡された王族など問題がありすぎる。何の力も無い。お前を不幸にするだけだ」
「お父様」
「何よりお前を追い込んだのはジェラルド殿下だろう!何故そんな男を好きでいられるんだ!何故そんな男と一緒になりたいと願う?」

 何故。
 ──そんなの、決まってる。

「愛されなくて良いと言ったのは私です。けれど結局愛を請い、勝手に傷付いたのも私です。
 それなのに、殿下は自分が悪かったと謝罪して下さいました。
 自分勝手に傷付き、醜い感情をぶつける私を、全て受け止めて下さいました」

 お父様を見上げる。

「私は身勝手な自分が嫌いでした。誰かを嫌う、醜悪な自分が大嫌いでした。
 誰かを傷付ける人が嫌い。
 私を傷付ける殿下も、殿下を傷付けるアンジェリカ様も、殿下を傷付ける私も。
 口では綺麗事を言いながら、その実誰かを嫌う私を、ルドは『嫌いなままで良い』と言ってくれた」

 目の奥からせり上がって来るものがあるけれど、溢れないように唇を引き結んだ。
 泣きたくない。負けたくない。

「心無い言葉で私を傷付けたのは確かに殿下です。けれど、私を癒やしたのも殿下です。
 王都で待って下さった方は私に何もして下さってはいません。
 私は会った事も無い貴族の男性より、声を上げて笑い合える人がいい!」

 お父様の瞳に憤りが宿る。──悲しみも。

「ごめんなさい、お父様」

 どうしても手放せない。側に居たい。
 心配してくれた家族より、選びたい人がいる。
 身分も名誉もいらない。


 彼を選ぼうとしている私を、人は愚か者と呼ぶのだろう。
 それでも、この想いを捨てる事はできなかった。
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