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エピローグ【三人称】
36.あれから
しおりを挟むアミナスの街は以前と比べて人の往来が多くなり、人口が増えていた。
女性が働きやすい場所、として市井で話題なのだ。その為一般市民の流入が多くなり、街の整備が急ピッチで進められている。
比較的新しい建物が増えた中、10年程前に設立された王立の診療所はいつも人だかりができていた。
「リヴィ、急患よ!」
「分かりました!パロマ、アナ、こっちお願い」
「了解です!」
長い髪を一つにまとめてアップした女性は、30半ばを越えるが彼女より若い後輩より機敏に動き回っていた。
元々世間離れしたその姿は年齢を重ねる毎に美しく、男女問わず患者から好ましく映っている。
「よく頑張りましたね」
今も痛い治療を耐えた幼子に慈愛の微笑みを向け、頭を撫でる様は辺りを魅了する。
『アミナスの診療所のリヴィ』は、今やこの街ではなくてはならない人になっていた。
「お母さんおかえりなさい!」
「ルカ!お勉強どうだった?」
「へへへー、ばっちりだったよ!」
「そっか、さすがルカだね。えらいえらい」
彼女の息子は六歳になった。
深い青色の髪は父親ゆずり。透き通るような紫の瞳は母親ゆずり。
まだまだ母親に甘えたい年頃だが。
「お兄ちゃん、私がお母さんに行くのー」
母譲りの銀の髪をさらさらと靡かせ、小さな女の子が奥から小走りにやって来る。
「エルはいつもお母さんと一緒だろ。たまにはいいじゃん」
「エルも甘えたいー!」
ぎゅうぎゅうと母親に抱き着く兄に、少女は服を引っ張って抗議する。
「二人とも、お母さんが歩けません。
はい、手を繋ぎましょ」
両の手を差し出すと、子どもたちは小さな手でぎゅっと握った。
ここは働く親たちの為に建てられた子どもの預かり所である。
平民は共働きが殆どで、リヴィたちも例外では無い。今までは働きながら近くで子どもたちを遊ばせていた。
だが職場によっては子どもにとって危険もある。
なので、子どもを預かってもらえる場所があったらいいね、と領主に掛け合ったのだ。
そうしてできたここは、働く親たちに重宝された。
面倒を見るのは現役を引退した老人たち。それに加え平民となった元貴族を雇うことで、子どもたちも読み書きを習うことができた。
大人と子どもが混在する中、年上を敬い年下の面倒を見る事も学び、自然と小さな社会となって子どもの情操教育にも良いと、家庭や外で働く女性たちから評判だ。
「お母さん今日のご飯なーに?」
「今日は鶏煮込みよ」
「わーい!」
リヴィはルドと共にアミナスに戻り、三ヶ月後に結婚した。とはいえ、二人とも家族とは決別した為、教会でアミナスで出逢った人達の前で誓いの言葉を宣誓しただけだ。
その後警備隊行きつけの酒場で自然と人が集まり、宴会となり、二人を祝福した。
その後は診療所に程近い場所の家を借り、結婚生活が始まった。
修道院で食事はある程度作れるようになっていたので焦げたものや生煮えは無かった。
初夜は比較的つつがなく終えた。
フレディから貰った指南書が役に立ち、ルドが上手くリードできたのだ。
それでも四苦八苦しながら、ただお互いを愛する事を重視した。
だが、子どもに関してはフレディから許可を得たとはいえルドが渋った。
彼は母親を自身の誕生と共に亡くしているからだ。
また、リヴィの自害未遂が根強く残っている彼は、自分のせいでリヴィを失う事を極端に恐れたのだ。
リヴィの言葉は信用している。
だがそれとはまた、別の問題であった。
貴族であれば質の良い避妊薬もあるが、平民の間では効きの良さに後遺症も比例した。
その為、初夜以降行為自体控えめとなり。
それがリヴィの中で不満で、久し振りに喧嘩した。
「私はルドと触れ合いたいわ。ルドは違うの?」
「俺もリヴィとしたい。でも、リヴィを失うくらいなら望まない」
ルドは頑なだった。
それでも、リヴィが積極的になり、行為自体は回数を押さえながらも愛を確かめ合っていた。
結果、リヴィはお腹に生命を授かったのだ。
「ルド、腹を括って。私はもう迷わないわ。
だから貴方も覚悟を決めて」
お腹に宿した瞬間から女性は母になる。
これから長い間、自身の中で生命を守らねばならないのだ。
いつまでも泣いてばかりもいられない。
「リヴィ、……分かった。ちゃんとする。リヴィの支えとなるよ」
「お願いね、お父さん」
「おと、……照れるな…」
そうして産まれたのが息子のルカだった。
産まれた直後、リヴィの無事を確認できるまで安心できなかったが、母子共に無事なのを見て、彼はトラウマを一つ克服した。
その二年後、再び授かったのが女の子のエル。
親子三人は四人になった。
「お父さんまだかな~」
「お母さんお洗濯物エルが畳んだよ~」
そんな、賑やかな子どもの声が聞こえる木陰に、二人の男が立っていた。
普段は顔を顰めているその二人は、窓に時折映る子どもの顔に自然と優しい顔になった。
「元気なようだな……」
「そうですね」
互いに年を取った。顔のシワも増え、涙脆くなった。
そこへ、離れていた年数分逞しくなった男性が家の扉を叩き、開ける。
「リヴィ、ルカ、エル、ただいま~」
「あっお父さんおかえり~」
「お父さん抱っこ!」
「お父さん明日の鎮魂祭一緒に行ける?」
そんな会話をしながら、扉が閉められていく。
男が何か声を掛けようと一歩進み。
だが次の一歩は重しを付けたように動かなかった。
「……ラルド……」
かつての息子の名を呼び、男は──元国王は目を潤ませた。
たった一人の血を分けた息子は、己の手を飛び出し愛に生きた。
その息子が愛しげに抱き上げた少女は、かつて共に支え合おうと誓った妻によく似ており、記憶の片隅にある己の過ちを思い起こさせた。
「陛下……」
「よせ、私はもう国王ではない」
妻を亡くし、たった一人で国を背負ってきた国王は、昨年王太子だったフレディにその座を譲った。
現在は彼の補佐をしつつ少しずつ政界から引退しようとしている。
「笑っているな……」
灯りが点る小さな家の中、賑やかな子どもの声と夫婦の声。市井によくある光景に、二人の男は在りし日を思う。
もっと早くに気付いていれば。
もっと思いやり、慮っていれば。
尽きぬ後悔は次々と押し寄せ、苦い思いを植え付ける。
だが、これで良かったのかもしれないとも思うのだ。
「娘が笑えるのは、あの男の側でだけと言っていました。正直申し上げますが、未だに許していません。娘は追い詰められ自害しようとしたのです。
助かったから良かったもの、もしも生命を落としていたら……」
瞳を揺らしながら、リヴィの父──元侯爵は当時を振り返る。
間に合って良かった、肝が冷えた。思い出す度苦虫を噛み潰したような気持ちになる。
「だが、廃嫡された後、ここに連れて来たのはお前さんだろう?」
「ええ、レーヴェに憎まれていたらいい。二度と会いたくなかったと言われたらいい。
自ら廃嫡して来たのに許しも得られずに、ずっと苦しめばいい、……と思って」
元侯爵の瞳は揺れている。
吐き出すような言葉には、葛藤も滲んでいた。
「ですが、レーヴェは向き合う事を選びました。
彼と……新たな関係を築く事を望んだのです」
幼い頃より特に何も望まず聞き分けの良かったレーヴェが、唯一望んだのがジェラルドの婚約者となる事だった。
元侯爵は願いを叶えた。
それは子の望みを叶えたい、親としての気持ちだったのだ。
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