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番外編
35.恋とはどんなものなのか【side フレディ】
しおりを挟むフェルトン公爵家の次男として生きてきた僕の人生は、15歳の時に一変した。
「ジェラルド王太子殿下が廃嫡される事になった。陛下は後継をお前に指名した」
「何故僕なんですか?相応しい方は他にもいらっしゃるのでは?」
「……実は、お前の父親は私ではない。本当の父は亡くなった前王様だ。
晩年の世話メイドが私の妹の侍女だった。妹の力では守れないから私が泣きついて来たメイドを匿い、彼女の死後お前を養子としたのだ」
それまで父として見ていた男の話をぼんやりと聞いていた。
母として見ていた女性は父の話に蒼白になっている。この人はいつも僕を何とも言えない目で見ていた。
その母から何かを吹き込まれていたであろう兄も、弟も、どこか遠巻きにされているみたいな疎外感を感じていた。
『お前は俺たちとは違うんだ』
憎々しげに見られていた理由を今なら何となく予想できる。
「あなた……、フレディはあなたの手付きでは、ない、の…?」
「言ってなかったか?私は他所で隠し子を作るなどはしないよ」
「あなた……」
目の前で繰り広げられる茶番に、現実とはどこまでも残酷なのだな、と思った。
僕は後継の話を受ける事にした。
どの道成人したらこの家を出る予定ではあったから渡りに船だった。
この先何が起きるか分からなかったから公爵家にいる間に様々な知識を叩き込んでいた。
興味のある事はなんでもやった。
比較的剣が扱いやすかったから王都から離れた場所の傭兵にでもなろうと思っていたが。
王家からすぐにでも王太子教育と引き継ぎをしたいと言われたので公爵家を出て王宮に住まう事にした。
公爵家からの荷物は、僕が尊敬する、とある国の王の著書と愛用品だけ。
あとは向こうで用意してくれると言うから衣服などは置いて行った。
元々自分が異物のように感じていたから未練は無かった。
別れ際、母だった人と兄弟だった人たちが何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わなかったから無視した。
フェルトン公爵家の籍から、王族の籍へ移され、少しの間義兄となったジェラルド殿下から王太子教育の手解きを受ける。
『恋に溺れた愚かな殿下』
そんな噂が貴族間で出回っているのだとどこかで聞いた。
最初の婚約者を亡くし、失意の中で次に来てくれた婚約者に辛くあたり、彼女が生命を断とうとする寸前まで追い込んだらしい。
はじめ、話を聞いた時、二人とも愚かだと思った。
恋に恋して己を見失うなんてバカげてる。
僕はそんな失敗はしないと心に誓った。
「貴方は少し、人の機微に疎いところがあるわね」
政略目的で充てがわれた婚約者のマリエッタは、顔見せのお茶会でスパッと言った。
「書物からの知識ばかりが全てではないわ。
理性では分かっていても、諦められないものもあるのよ」
マリエッタはずけずけと物を言う。遠慮をしない。そんな所も好ましい。
「それでも抗おうとするから反発するの。
時には身を委ねるのも良いのではないかしら」
「だが溺れてしまっては身の破滅だ。
そんな博打はできないよ」
「流されないように支え合えば良いじゃない。
私は貴方を支える為にここにいるの。
ジェラルド殿下にとって支え合いたいのはただ一人なのよ」
そう言ってマリエッタはカップを傾ける。
『恋愛とは二人でするものだ、とは我が優秀な側近の言葉である。
話し合い、慈しみ合い、認め合い、喧嘩し合い。向き合って初めて絆が生まれるのだ。
何でも合い合い、それが、愛』
尊敬する某国の王の著書にあった言葉。
当時はよく分からなかったけれど、それをせずに失敗した殿下を見てなるほどと思った。
『失敗は書物が教えてくれた。避けられる危険は回避せよ。
あと失敗しそうな人がいたら手を差し延べよ。それは後々、己の為になる。たぶん』
だから、僕はジェラルド殿下を助ける事にしたんだ。
話を聞くと殿下は苦労知らずで育ってきたんだろう。
市井に降ると決めたはいいが先を見通してなかった。
だから僕が行こうと思っていた警備隊を紹介した。
案外素直に人の意見は取り入れる。見直したと同時に危うさも感じた。
ジェラルド殿下は時折アミナスに出向いては訓練に参加しているようだった。
「きついけど、やりがいがある。案外こっちの方が向いてたのかもな」
平民に混ざるようになって、目線が変わったのか色々な提案をしてくれる。
王太子を降りるのに、為政者のような目つきになっていくのを不思議と眺めていた。
だがふと気付けば遠くを見るような目をしていて。
声を掛けると「すまない」と寂しそうに笑っていた。
立太式の夜、ジェラルド殿下はそっと姿を消した。
思えば初めて僕を見てそばにいてくれた人だったんだな、といなくなってから思った。
「ジェラルド様は元婚約者を探しに行かれたのね」
マリエッタも寂しそうにしていた。もしかしてジェラルド殿下の方が良かったのかな、と思ったら何だかもやもやした。
「あら、そんな顔しないで?私はジェラルド様はお断りなのよ?」
「そんな顔って……。別に僕は」
「ふふっ。……ジェラルド様にはお姉様に一途でいて欲しかっただけ。私の我儘ね。
誰かを恋しく想う事は誰にも止められないもの」
「そうだね……」
「止めたら余計に燃え上がってしまう、と某国の王のお言葉よ。道ならぬ恋のお邪魔虫は、油を注ぐだけなのですって」
マリエッタの言葉に目を丸くした。
「その書物、僕も持ってる。きみも持ってるんだ」
「あら、私の教科書ですわ。始めの頃に申し上げたつもりでしたが、覚えてませんの?
婚約者となって随分と経ちますのに、酷い御方」
「ごめん。……正直きみの事は好ましいしこれからも上手くやっていけると思っていたから……」
「いやだわ。貴方って最低」
マリエッタは持っていた扇を広げ、つん、とそっぽを向いた。
これは怒っている。
「ごめん、マリエッタ。きみの話を上の空で聞いてしまっていたみたいだ。
あ、でも、医療に力を入れたいというのは覚えてる」
「公な事ですわね。私の事ではなく」
そう言われると言葉に詰まり何も言えなくなった。
だがここでごまかしては二の舞いだ。
した事の結果を先見できていないのは僕も同じだ。
「マリエッタ、ごめん。僕は……道を誤りたくなかった。誰かに傾倒すると、だめになってしまう気がして頼れなかった。
深入りして、裏切られるのが怖かったんだ」
幼い頃から義務的にだけ接して来られた。
親からの愛情らしいものは何一つ感じられず。
だから拒否した。
傷付きたくなかった。
顔を俯け、拳を握り締める。
「……フレディ様」
マリエッタの澄み渡る声が響く。
「私は、貴方を裏切りませんわ。夫になる方ですもの。それに、いずれは国民という大勢の子どもたちを背負う事になりますでしょう。
頼ってくださいませ」
その意志の強い瞳は僕の心に突き刺さる。
初めて心臓が動き出したみたいに、高鳴っていく。
「……マリエッタ、僕は……きみに頼ってもいいかな?」
「構いませんわ。私は貴方を支える為に来たのですもの」
「ありがとう……。でも、まずはきみの事を改めて教えてくれる?」
「これからの国の事?それとも、私たちの事?」
それは勿論。
「これからの、僕たちの事を」
僕は差し出されたマリエッタの手を取り、口付けた。
マリエッタと僕は、それから少しずつ本当の意味で仲を深め合った。
国の未来は勿論、二人の事も、時間が許す限り話し合った。
僕が国の医療に力を入れる事にしたのは、マリエッタも望んでいたからだ。
姉を早くに亡くした彼女は、薬さえあればと悔やんでいたらしい。
ブラックリー公爵家はそうした経緯から自ら研究所を設立し、薬の開発に勤しんでいた。
既存の研究所と手を組み、薬を共同で開発。
ジェラルド殿下は既存の研究所に投資をしていたようだ。
そんなわけで、僕たちの仲はすこぶる良いと評判だ。
僕が弱みを見せられるのはマリエッタの前でだけだけど。
「大きな子どもがいるわ。……道間違えたかしら」
昼下がりにきみの苦笑を聞きながら、僕はその膝に頭を乗せて微睡む。
優しく撫でる手の動きを感じながら。
(恋も、きっと悪くない……)
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