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Chapter.1 ルドルフ邸編

Episode.02 魔法使いと妖精

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 「ほれ、ここがわしの屋敷じゃ」
あの後、俺はルドルフさんに案内され彼の屋敷にやって来た。

「お、大きい」
その屋敷は森の中にあるのが不思議に思えるほど大きな屋敷だった。

「ほっほっほ、これでも若い頃にがっぽり稼いでおったんじゃよ」
そう言うとルドルフさんは人指し指と親指で輪を作り、悪びれた表情で笑う。

「へぇ、そりゃ良いですね」
俺もそういう話は嫌いじゃないので同じ様に悪人顔で返した。

「でも、いいんですか? こんな所に俺なんか招待して」
記憶を失う前の事を正確には覚えていないが、こんな大きな屋敷にお呼ばれされた事は一度もないはずだ。

なので、その立派なたたずまいに気後きおくれしてしまい、ついそんな言葉を口にしてしまう。

「あぁ、よいよい、どうせこんなみすぼらしい老いぼれしか住んどらんからのう」
そんな俺の言葉を制し、ルドルフさんは扉を開けて屋敷へと招いてくれた。

しかし、俺はある事に気づいて立ち止まる。

「ん、どうしたんじゃ?」
急に立ち止まった俺をルドルフさんが不思議そうに見つめている。

「いや、あの、靴って履いたままで良いんですかね?」
俺は現実世界での作法から、靴を履いたまま家にあがる事に違和感を感じてしまったのだ。

「何を言っておるんじゃ? 良いに決まっとるじゃろ」
ただその感覚は俺だけのものらしく、ルドルフさんはすたすたと中へ靴を履いたまま入って行ってしまった。


「お、お邪魔します」
俺は多少の抵抗を感じつつルドルフさんの後に続き、恐る恐る屋敷の中へと足を踏み入れる。

「あ、忘れておった」
それと同時にルドルフさんが言葉を発し、その場で立ち止まった。

「人間は儂一人、だったわい」

「え、それはどういう――」
意味ですか、と訪ねる前にルドルフさんは屋敷中に響き渡る大声で自らの帰宅を知らせる言葉を口にする。

「フィオ、帰ったぞ!」
なんとなく女性を連想させる様な名前だと感じ、ここにはルドルフさんの他に誰かが住んでいる事を理解した。

そして、目の前に現れたのは……

「ルドルフ、おかえり」
手のひらサイズの緑髪の少女だった。

 Episode.02 魔法使いと妖精

「小さっ」
思わずそんな言葉が口かられる。

サイズも衝撃だったが彼女の背中には羽の様なものが生えており、空中を浮遊している事にも驚いた。

「お主、妖精を見た事がないのか?」

「よ、妖精!?」
記憶を失っているので自信はないが、思い出す限り妖精という生き物を目にした事はない。

「は、初めて見ました」

「ふむ、そうか」
ただ絵や本でその存在を見聞きした事はあり、創作物に登場する生き物という認識であった。

「む、ルドルフ、誰こいつ?」
最初の俺のリアクションが気にさわったのか、彼女はむっとした表情で此方を睨んでくる。

「さっき森で瘴魔しょうまに襲われておってな? 行くあてもないというので連れてきた」

「全く、変なもん拾って来るんじゃないわよ」
どうやら第一印象は最悪だったらしい。

「ほっほっほ、まぁ仲良うせい」

「それはこいつ次第ね」
そう言い終えると彼女は、俺の前へふらふらと近づいてきた。

「あたしの名前はフィオ、あんたは?」
仲良くなるにはまずは自己紹介からと思ったのか、彼女は不機嫌そうな顔をしながらも名前を教えてくれた。

一応、彼女なりに俺に歩み寄ろうとしてくれているみたいだ。

ならば、此方も冗談の一つでも言って親睦しんぼくを深めようじゃないか。

「あ、どうも、変なものです」

「あ゛ぁ!?」

「すみません、記憶喪失なんで分かんないです」
失敗した。

「二人して何を遊んどるんじゃ?」
ルドルフさんには俺達がいがみ合っているのが伝わってないのか、楽しそうに笑顔を浮かべている。

「遊んでない! こいつが変なこと言うからよ!」
それが悔しいのか、彼女は宙に浮いたまま地団駄じたんだを踏むような動きを見せる。

「大体、記憶喪失って何よ?」

「それは……」
俺はこれ以上変なことを言うと本気で怒られると思い、素直に今の自分の状況を伝えた。

数分後、話を終えて……

「ふーん」
最初の印象が本当に悪かったらしく、事情を話しても彼女は不信感満載の表情で此方を見ている。

「まぁ立ち話もなんだ、奥でくつろぎながら話そうではないか」

「は、はい」

「ふんっ」
そこへルドルフさんが仲裁に入ってくれて一時休戦となった。

二人の後を付いて行くと談話室の様な場所に案内され、そこに置かれているお洒落な椅子に腰かける様にうながされる。

「フィオ、お茶の準備を頼む」

「はーい」
妖精の少女はルドルフさんのその指示に頷き、部屋の奥へと消えていった。

「べー」
消えていく途中、指で下まぶたを引き下げて舌を出す仕草を見せた。

所謂いわゆる、あっかんべーである。

「…………」
彼女に好かれるのは、どうやら無理そうだ。

「では、話を始めようか」

「はい」
ルドルフさんは話を切り出し、思考を巡らせているのかあごの髭をなぞった後に口を開いた。

「思ったんじゃが……」

「?」

「お主、もしやこの世界の住人ではないのではないか?」
自分でも薄々気付いてはいたが、ルドルフさんに改めて尋ねられて実感する。

「はい、確証はないですけど自分がいた世界では魔法とか妖精という存在はありませんでした」
自分はこの世界に迷い込んだ異邦人いほうじんであると――

それから俺はルドルフさんから色々な事を教えられた。

この世界が俺が元の世界で生きていた時に読んでいたファンタジー小説の様な世界であること。

森で遭遇した犬モドキは瘴魔と呼ばれており、この世界に住む人々の脅威きょういであること。

瘴魔がいる世界なので戦う術を身につけるか、戦える人と共に行動しないと街や村の外に出るのは危険であることなど、この世界で生きていく上での常識と言えるものだ。

その後、話が一段落ついて次に何を話すか迷っていると妖精の子がお茶をトレーに載せて戻って来た。

「ルドルフ、お茶持ってきたわよ」

「うむ、ありがとう」
彼女が持ってきたトレーはどういう原理なのか、宙を浮遊して此方に運ばれてくる。

これも魔法ってやつなのだろうか?

「ほれ、お主も遠慮せずに飲みなさい」

「あ、はい」
ルドルフさんに促され、彼と同じくお茶に口をつける。

「ぶーっ」
直後、舌に強烈な苦味を感じて思わず口に含んだものを盛大にリバースする。

「ど、どうしたんじゃ?」
その俺の様子にルドルフさんは驚き、此方の様子を心配そうに伺っている。

「い、いや、あの」
俺は何とかルドルフさんを心配させまいと口を開くが、口の中が未だに悲惨な事になっているので上手く言葉にする事が出来ない。

そんな俺をルドルフさんの背後から妖精の子が悪魔の様な笑みを浮かべて見つめている。

正しく最悪な出会い、俺は彼女のその表情を見てそう感じざるおえなかった。
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