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Chapter.1 ルドルフ邸編

Short Episode.01 異世界便所物語

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※Short Episodeとはメインの話とは異なり、次の話に行く前の箸休め的なものとして投稿しています。
Short Episodeはロスト視点で基本展開していく物語です。

 ある日の正午、それは起こった。

その日は、和解したフィオと協力して仕事をこなしていた。
  
「もう我慢できないっ!」
この見知らぬ世界に来てから二ヶ月が経ち、ついに俺の不満が爆発したのである。

「うるさいっ!」

「すみません」
が、フィオの怒鳴り声ですぐ終息した。

「でも、我慢できなーいっ!」
訳もなく俺は再び叫び始める。

「延ばすな、鬱陶うっとうしい」
フィオは面倒臭そうな表情を浮かべ、此方にしっしっと追い払う様な仕草をした。

「いや、聞いてくれよ」

「嫌」
フィオは心底嫌なのか、聞く耳持たずといった具合にそっぽを向いている。

「俺はこの世界に来てからずっと我慢していた事があるんだ」

「……あたし、嫌って言ったわよね?」
構わず話を続ける俺をフィオは恨めしそうに見つめている。

「俺が我慢していたもの、それは……」
そんな彼女を無視して俺は本題の話を始めた。

「トイレだっ!」

「……は?」
そう、それは俺がここに来てからずっと耐え続けてきた艱難苦労かんなんしんくの物語である。

 Short Episode.01 異世界便所物語
 
まず説明しなければならない。

この屋敷のトイレは屋外に設置されており、簡易的な木製の小屋にみ取り式のトイレがある。

所謂いわゆる、ボットン便所だ。

ちなみに汲み取り式トイレとは、現実世界で普及している水洗式トイレと使用方法はそんなに違いはない。

そもそも昔は現実世界でも実際に使われていたものだ。

話を戻すと水洗式との違いは便槽べんそうに溜まった汚物の処理方法にある。

水洗式はレバーを引いて水を流せば終わりだが、汲み取り式はそうはいかない。

汲み取り式は構造上、便槽に汚物を溜めたままなので一定の量になったら取り出して処分する必要があるのだ。

これが非常に不潔で水洗式に慣れている俺にとっては地獄でしかない。

しかし、問題はそこではないのだ。

なら、何故説明したかというとこの世界のトイレは汲み取り式が主流というのを伝えたかったからである。

では、何が問題なのか?

それは尻を拭く時に使う紙の問題だ。

現実世界では、トイレットペーパーという人類の叡智えいちの結晶とも言えるものが存在する。

だが、この世界にそんな素晴らしいものは存在しない。

この世界の紙は使用している材質のせいなのか、尻を拭くのに使うとヒリヒリ痛むのである。

そのせいでトイレに行った後はしばらく椅子を満足に座る事すら出来ない。

これは由々しき事態であり、早急に解決策を見つけないと俺の尻がずっと犠牲になってしまうのだ。

と、ひとしきり説明を終えてフィオに意見を求めると……

「アホくさ」
その一言で切り捨てられてしまった。

「アホとはなんだ、こっちは真剣に悩んでるんだぞ!」

そんな彼女に憤慨ふんがいし、俺は怒りをあらわにする。

「大体、そんなもの慣れろとしか言えないでしょ? 何か解決策でもあるわけ?」
そんな彼女の返しに俺は待ってましたと反応する。

「ふっふっふ」

「な、何よ、気持ち悪いわね」
笑う俺をフィオは引き気味に見つめている。

「俺が導き出した解決策、それは……」

「早く言いなさい」
我ながら画期的な解決策だ、では発表させて頂こう。

「ウォシュレットだ!」

「うぉしゅれっと?」
ウォシュレットとはご存知の通り、汚れた尻を専用の便座で水を噴出して洗い流すアレである。

これもまた人類の叡智と呼べるだろう。

「というものだ、便利だろ?」

「ふーん」
俺はフィオにウォシュレットの事を熱弁し、いかに素晴らしいものかを伝えた。

「ま、あたしには関係ない話ね」
残念、全く響かなかったらしい。

「何でだよ?」

「妖精はトイレなんか行かないのよ」
聞くと妖精は食事を必要としないのも相まってか、トイレさえ必要としないみたいだ。

「昭和のアイドルか、お前は」

「……何言ってんの?」
思わずツッコみを入れ、彼女から微妙な反応をされてしまう。

「で、そのウォシュレなんたらが何なのよ?」

「そうだ、俺はそのウォシュレットがこの世界でも再現できるんじゃないかと考えたんだ」
話が脱線したが、フィオが軌道きどう修正してくれたので再開する事が出来た。

「……何でそんな面倒なこと、もう川に直接しなさいよ」

「ば、馬鹿野郎! それで尻を突き出してる時に瘴魔しょうまに襲われたらどうすんだ!」
フィオが女性とは思えないとんでも発言をし、俺は声を荒げて怒鳴ってしまう。

そもそも考えて欲しい、俺が言った様に瘴魔に襲われて死亡したら死因がトイレなんて間抜けなものになってしまうのだ。

そんな事になったら恥ずかしくて死ぬに死ねず、俺なら化けて出るかもしれない。

「なら、どうする気なのよ?」

「良い事を聞いてくれた、それには君の協力が必要不可欠なのだ」
そう語り、俺は丁度トイレに行きたくなったので物は試しと策を決行する為に彼女へ同行を頼んだ。

「まずは普通にトイレをします」

「……何か嫌な予感がするんだけど」
俺はフィオの言葉を無視し、トイレのある小屋へと入る。

その後、センシティブな行為をして尻を拭く段階となった。

ここで俺の考えた策を発表したいと思う。

それはフィオが以前使った水の魔法を俺の尻に噴射ふんしゃしてもらい、疑似的なウォシュレットを実現させるというものである。

「そんなの嫌に決まってるでしょ!」
説明した直後、当然だがフィオは拒否していた。

「あぁー、何か急に腕が痛くなってきたわ」

「くっ、あんた最低ね」
しかし、俺が腕が痛いと言い出すと悔しそうな表情を浮かべながらも協力してくれる事になった。

「大丈夫、扉越しに噴射してくれればいいから」

「当たり前でしょ、あんたの汚い尻なんか見たくないわよ」
そんなやりとりを繰り広げた後、いよいよ俺の夢見たウォシュレットが現実のものとなる。

「先に言っておくけど魔法って力の調整が難しいの、だから良くない結果になっても文句言うんじゃないわよ?」

「分かったから早くしてくれ、Hurry hurry!」
もはや我慢できず、尻を叩いて(自分の)急かしたいレベルで待ちきれない。

「お、おぉ?」
直後、少量の水が噴射される。

だが、それは俺が満足のいく水の量ではない。

「ちょっと、ちょっと元気ないんじゃないの? もっと力強くっ!」

「こっちだって精一杯やってるわよ!」
俺がそう激を飛ばし、フィオがそれに反論する。

その成果なのか、次に噴射された水の量は一度目よりは多かった。

しかし、それでも俺の尻は満足しない。

「弱い、弱すぎるっ! もっと心を込めてっ!」

「あぁー、もううっさい!」
そんな俺の態度に耐えきれなくなったのか、フィオが怒鳴り声をあげた、

「……あ」
直後に感情が高ぶった所為か、魔法が暴発して凄い量の水が俺の尻に噴射される。

「ぎゃあぁぁぁぁ!」
俺はあまりの凄さに絶叫し、物凄い衝撃音と共に壁に激突した。

途端に静寂せいじゃくが訪れ、近くの森林から小鳥のさえずりが聞こえてくる。

「さて、仕事に戻りますか」
フィオは何事もなかった様に仕事へ戻って行った。

その一時間後、俺はトイレを使おうとしたルドルフさんに発見された。

尻を丸出しにして気絶した状態で、だ。

それ以降、トイレでの水魔法の使用はルドルフさんによって固く禁止とされてしまった。

正に策士策に溺れると言った所だろう。
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