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Chapter.3 ウィンミルトン編

Episode.16 立ち直るには

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 ラットヴィルから帰還して一ヶ月、俺は薪割まきわりの仕事に精を出しながら日々の生活を送っていた。

「ロストよ、本当に行かんのか?」
昨晩もルドルフさんに仕事へ同行しないか、たずねられたが断ってしまった。

あの事件でのトラウマが、どうしても同行するという選択をさまたげる。

ルドルフさんもそれは理解してくれているみたいで、しつこく誘う事はせずに今朝一人で仕事に出かけて行った。

腑抜ふぬけてるわね、あんた」

「うるさい」
そんな俺を口うるさいフィオが黙ってるはずもなく、顔を合わせる度に皮肉を言われる。

自分でも早く立ち直らなければならないと自覚しているが、どうすれば立ち直るのかさえ分からない始末だ。

「面倒臭い奴だな、俺」
自己嫌悪におちいりながらも薪割まきわりの作業を続けていると背後からフィオではない誰かの声が聞こえてきた。

「ようやく見つけた、賢者様の屋敷!」
声からして若い女性の様だ。

そして、賢者様という単語からルドルフさんに仕事の依頼をしに来た人物だと予想できる。

「あの、屋敷に何かご用ですか?」
俺は女性の声がする方へ向き直り、用件を聞こうと声をかける。

「あぁー! 貴方が賢者様!?」
視線の先には長髪でポニーテールの綺麗きれいな茶色い髪をした女性が立っていた。

「違います、俺はここの居候いそうろうで――」
このやり取り、ラットヴィルでもやった様な気が……

「エリック、トール! 賢者様の家、見つけたよー!」
俺が否定したのを聞いてなかったのか、他にも来ている人がいるらしく茂みの方へ叫んでいる。

「本当かい? すぐそっちに行く!」
彼女が叫んだ茂みから、若い男性の声が聞こえてきた。

「あと賢者様も見つけたー!」

「いや、違うっての」
相変わらず、俺の言葉が耳に入っていないのか事実と異なる事を叫んでいる。

「でかしたぞ、ロナ!」
そんな中、さっきとは声色こわいろが違う男性の声がして茂みに二人の人物がいる事が分かった。

その後、茂みをき分けて姿を見せたのは短い金髪の男性と頭にバンダナの様なもの巻いた茶髪の男性だった。

「あぁ、貴方が賢者様ですか」

「違います」
金髪の男性は女性の横まで歩いてくると羨望せんぼうの眼差しで此方こちらを見つめてくる。

「やっぱり、その、本物は違うな?」

「偽物です」
バンダナの男性も釣られてそんな事を口にしているが、違うので否定するしかない。


「「「お願いです、賢者様! 私達の町を救ってください!」」」
極めつけは三人共その場で土下座の様な姿勢で座り込み、懇願こんがんしてくる始末だ。

「あ゛ぁー! お前ら、人の話を聞けぇー!」
俺は全く話の通じない三人に怒りが爆発し、叫び声をあげた。

Episode.16 立ち直るには

「「「騒いですみませんでした!」」」
俺の怒りが爆発した事で、三人はようやく話を聞けるぐらいには冷静さを取り戻した様だ。

「俺はロスト、お前らの名前は?」
まずは名前を知らなければ始まらないと判断し、俺は先に自ら名前を名乗る。

「私はロナって言います、賢者様」
最初に現れた女性はロナという様だ、あと俺の事をまだルドルフさんだと思っているらしい。

「自分はエリックです、賢者様」

「トールだ、賢者様よろしくな」
それに続き、金髪の男性がエリックでバンダナの男性がトールと名乗った。

「何度も言ってるが俺はただの居候、お前らが言ってる賢者様は仕事で留守だ」
まだ勘違いしている様なので俺がどんな立場の人間か、改めて説明する。

「またまたご冗談を、賢者様の所に居候がいるなんて聞いた事ありませんよー?」
ロナは笑いながら此方の言葉を信じようとしない。

「いや、それがいるんだって」
どうやら屋敷に来てからまだ日が経っていないので、ちまたでは俺の存在が知られていないらしい。

「賢者様、そんな事より聞いてくれ! 俺達の町がピンチなんだ!」
バンダナのトールが、今度は切迫せっぱくした表情で語りかけてくる。

あっちにこっちにと忙しいものだ。

「分かった分かった、とりあえず話は聞くわ」
もう自分が賢者様であると言う誤解を解くのも面倒になり、屋敷に来た理由を先に聞く事にした。

「ありがとうございます、実は自分達の町が盗賊団の襲撃にあっているんです」
俺が許可すると三人の中でも一番歳が上だと思われるエリックが事情を説明してくれた。

彼の話では、つい一週間ほど前に町へ三人の盗賊が現れたらしい。

盗賊が言うには、自分達は三十人からなる大盗賊団で酒と金を渡さなければ町を襲撃すると脅してきたそうだ。

それで町の人間は怯えきってしまい、逃げ出す者や金の準備をする者など大変な状況におちいっているとかなんとか。

「だから、お願いです! 賢者様、私達の町をお救い下さい!」
ロナが俺の両手を唐突とうとつに握り、そう懇願してくる。

正直、年頃の女性に突然手を握られるとドキッとするのでやめてほしい。

フィオには何も感じないのに不思議なものである。

「いやいや、賢者様じゃないから無理なんだって」
彼女の頼みに答えてやりたいと思うが、俺には何の力もないのでそう答えるしかない。

「賢者様、そこをなんとかっ!」
なんとかって何ともならんわ。

その後もりずに俺へ町を救ってくれとお願いしてきたが、きっぱりと断って薪割りを諦めて逃げ帰る様に屋敷に戻った。

「はぁ……」
彼らが必死なのは分かるが、人の話を聞く余裕ぐらいは持ってほしいものである。

随分ずいぶん騒がしかったわね、何かあったの?」
疲れきって玄関口に座り込んでいると、仕事を終えたフィオが声をかけてきた。

「いや、それが……」
俺はフィオにさっきまでの出来事を全て話し、困っている事を伝えた。

「ふーん、町が盗賊にねぇ」
話を説明し終えるとフィオは考え込み、何かを思いついたのか嬉しそうに笑う。

「面白そうだから、あたしら二人でいく?」

「いやいや、お前はともかく俺はお荷物なだけだ」
フィオが突然そんな提案をしたので、俺は慌てて首を横に振った。

「あんた、一生いっしょう屋敷で生きていく気?」

「邪魔になるくらいならそれでいいわ」
ラットヴィルの一件を乗り越えなければいけない、それを理解しながらも後ろ向きな発言しか出来ない自分が嫌になる。

「なら、あたしにも考えがあるわ」
フィオは俺の発言に腹を立てたのか、その一言を呟くと何処どこかへ行ってしまった。

「さて、少し疲れたし昼寝でもするか」
俺はフィオの発言をあまり深く考えず、自室で休む事にする。

それが後に後悔するとも知らずに……
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