ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第1章 出会い

16話 王子様の憂鬱(side サン)前編

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プリズメル王国第一王子、サン・ルフレ・プリズメルの朝は早い。

従者たちも、太陽でさえまだ顔を出していない暗い頃に目を覚まし、寝癖を整え、自分で出来る限りの身支度をし、すぐさま執務室に赴く。

そして、今日も今日とて、机の上に大量に積まれた書類に目を通していく。

最初に掴んだ紙の束。
これは昨日の王国会議で提出された様々な報告書だ。



まずは、肉叉フォーク買い占め騒動についての結果報告だな。

肉叉……肉叉。


『ほら、安心しろ。俺が毒味したから』
『美味いだろ?』
同じ肉叉を共有し、異世界の料理を食べたあの時を思い出してしまう。
あの無邪気に笑ったような表情は今でも鮮明に記憶に残っている。

それを思い出した俺は思わず笑みを零してしまうが、今が執務中であることに気付き、今はダメだと首を振る。




「……次だ」




ぺらりと紙をめくる。
次はミゾル石の供給推移についてだな。

……ミゾル石、か。
ミゾル石よりも格段に脆い、軟弱で危険を帯びた物質。
王子である俺が、王族の象徴である剣を握れない原因となった忌まわしき素材。
決して癒えることのないトラウマを植え付けたもののはずなのに。
彼奴はそれをいとも簡単に、俺に触れさせた。
そればかりか、それを創る姿で俺の目を離せなくしたんだ。
どんな不思議な力を持っている男なのかと、疑問に思っている時ではない。俺は執務中なのだから。



「…………次」



カポ茶の豊作に伴う備蓄についての提案書だな。

カポ茶……カポ茶……。



『かぼちゃ?』
『時計の絵とお揃いのかぼちゃの形にしてある。アンタ専用だ』
ふふ、本当に彼奴は面白い男だ。
しかし、彼奴の技術の結晶を俺は割ってしまった。
バラバラになった破片を集めさせたが、未だそれを見ることは出来ていない。
重厚な箱に入れたまま、執務室の机にずっと置いている。
俺はまだ開ける勇気がないその箱の縁を触り、あの日のことを懐古する。
まて、俺は執務中だぞ。こんなことを考えてる暇は無い。




「………………次!」




これはキスト地方の現状報告だ。

キスト……キス……キス……。


あの日、彼奴アイツに口付けをした時の唇の感触。
本当は魔力が流れているのか確認するためだけの行為だったのにも関わらず、口付けをしたあと、じっと見つめるとジワジワと蕩けてくる顔が愛らしかった。

今、考えてみれば、あのまま押し倒してしまえば良かったとさえ思う。
そうしたら、あの熱視線は俺の方に向いていただろうか?どんな眼差しを俺に見せてくれるんだ?



…………って俺は、執務中になんてことを考えて……!



クソ!どんな書類を見ても、頭に彼奴との思い出がチラついてくる!

俺は思わず手に取っていた羊皮紙を握りしめる。

彼奴のことを思い浮かべると、胸の辺りが無性に痛くなる。動悸が激しくなる。

治癒ヒール

面倒くさくなって、自分の胸に手を当てて魔力を流し込み、簡単に問題を解決しようとした。
しかし、治らない。この胸の痛みが治まらない。

慌ててもう一度治癒ヒールをかけるが全く効かない。どんどん強まっていく。

これまで俺の治癒魔法が、どんな傷にも病にも効かなかったことなんてなかったのに。

頭を冷やすために執務室を出て、王宮の長い廊下を彷徨う。
ふと立ち止まって廊下窓から、青い空を眺めた。
城壁の外にチラリと見える鬱蒼とした森。
あそこに彼奴はいるのだろうか。
彼奴は今日もあの真っ直ぐな瞳を禁忌ガラスに向けているのだろうか?

「はぁ……」

俺がため息をつくと、周囲に控えていた侍従たちがざわついた。

「殿下が、ため息を……!」
「奇跡のご帰還されてから、ずっとあんな調子よね……」
「あの国を侵略する時も、あの爽やかな表情を崩さなかった殿下が」
「遠くの空を見て憂いておられる」
「……それも絵になるのが殿下」
「美しい」

そんなどうでもいい声など、耳に入ってこない。
今、俺の頭を駆け巡るのは、うるさすぎる心臓の音と、目に焼き付いた禁忌ガラスに向ける彼奴の熱い瞳。

彼奴はアレを技術と言った。
その真剣な眼差しに、虜になって胸を打たれて俺はそれを信じたというのに。
彼奴は俺に《呪い》をかけたのか?
治癒魔法が効かない呪いを。
彼奴のことしか考えられなくなる呪いを!

そんな考えに至った俺は、いてもたってもいられず、レイモンドを急いで探し声をかけた。

「少し城を空ける」

「どちらへ向かわれるのです?」

「王都だ、夜に戻る」

「か、かしこまりました」

俺の決死の表情からのっぴきならない事情だと察したのか、彼は深く頭を下げて俺の指示に従ってくれた。

質素な服に着替えて、変身魔法を自分にかけ、目立つ金髪碧眼を茶色に染める。

そして俺は、この呪いを解くために王都のある場所へと向かったのだった。
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