ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第1章 出会い

15話 0時のお別れ (三人称視点あり)

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エラにオデンをたらふく食べさせてもらって、ガラスについてたくさん語って、店を出る頃にはまん丸の輝く月が、夜空の高くまで上っていた。

「エラ、今日は本当にありがとう。キミのおかげで必要なものが全部揃ったし、たくさんの経験が出来た」

「ううん。私こそ、とっても、とっても楽しかった!」

路地を抜けて、人通りが少なくなった静かな街を歩きながら言葉を交わす。

ミゾル石製の窓から零れるあたたかい光と賑やかな声。
それとは対照的に、石畳を蹴る2人の足音だけが響いていた。

王都の城壁を出て、俺たちが出会った場所にたどり着く。
少し焦げくさい匂いがする高い煙突の下。
俺たちはそこにもたれかかって、遠くなった月を眺めていた。

心地よい風が身体を包み込む。

そんな時、エラは俺の名前を呼んだ。

「……ねぇ、リヨ」

「どうした?」

「……リヨは言わないのね。灰被りの薄汚い銀髪って」

諦めるような、自分を蔑むような言葉に、俺も自嘲気味に答えた。

「それを言えば俺は魔女の血族らしい黒髪だぞ?」

俺の返答を聞いたエラはクスクスと口元を抑えて笑いながら、薄紫の瞳だけをこちらに向けて意味深な言葉を吐いた。

「この国では、ね。魔女様を、慕っている国もあるのよ」

「え、魔女を?!」

エラは静かに頷くと、昔話を語るように話し始めた。

「何年か前にね、滅びた国があったの。その国は魔女様のおかげで救われた。だから、魔女様を崇拝してる。あなたのその黒髪なんて、その国では神格化されてしまうかも」

「へ、へぇ」

エラは俺の髪に優しく触れて妖艶に微笑んだ。
その姿に俺は思わず息を飲む。
月明かりに照らされる彼女は、儚さも、強さも、美しさも、全てを兼ね備えた、どこかの童話の主人公みたいだったから。

しかし、俺が彼女に見蕩れている間に、少女の瞳はどんどん暗くなっていっていた。

「この国でも、かつての亡国でも、銀髪はいつも排斥されてきた。銀は汚い灰を被ったような濁った色だから。黒にも、白にも、金にもなれない成り損ない。だから国を越えてこの世界で忌み嫌われている」

少女は自分の髪を一束掴んでは、忌々しいものを見るように手を離す。その束が棚引く様はこんなにも美しいのに、彼女の顔にはずっと影が落ちたままだった。

眩しすぎる月明かりがそれを強くさせていたのかもしれない。

影から薄らと伺える唇は、強い力が込められている。
肩を震わせながら今にも壊れそうな少女を前に、俺は何が出来るのだろう。彼女の苦痛も知らない俺が、なんと言葉をかければいいのだろう。

俺を信じて勇気を出して語ってくれたのに、俺は言葉を紡げずにいた。

この雰囲気の中では眩しすぎる光源を見て、もう一度彼女の髪を見る。

月光に反射する銀色が瞳に映った瞬間。
そこから俺は感じてしまった。

なんて言葉をかけたらいいか分からない。
ただ聞いているだけが正解なのかもしれない。

でも、俺が感じたこと、思ったこと。
それを言葉にした時、少しでも彼女の心を、苦しみを拭えたら。その瞳の奥にある暗い部分を取り除いて、彼女の好きなガラスのように澄ませられたら。

多分これはきっと俺にしか言えない言葉だ。
だから。
そう決心した俺は、深呼吸をして、いつも首にかけているガラス玉を差し出した。

「エラ。コレ、見てどう思う?」

エラは首を傾げながら、その淡紫の瞳をガラス玉に映しながら答える。

「……とても、とても綺麗だわ。月の光に翳すと、角度を変える度に色んな色に変化して。紫や緑……それに銀、色?」

「だろ?この色のカラクリを説明するのに"銀"が重要になってくるんだ」

「え」

エラはキョトンとした顔でこちらを見つめる。
俺が出来る一番柔らかい顔を浮かべて、この、父からもらったガラス玉の説明を始める。

「ガラスってさ。"銀化"っていって、長年土の中に置いておくと、人工では創り出せない美しい色に変化するんだ。銀色になったり、虹色に見えたり」

エラはそれをただ静かに聞いていた。

「何が言いたかったんだって言うとさ、銀色は成り損ないなんかじゃない。この色は人間の力だけでも、自然の力だけでも生み出せない、すごく特別な色なんだって、言いたくて」

「……!」

「エラは気付いてないかもだけど、光に反射するキミの髪はまさにこの銀化を体現してるんだから」

「私の髪が?」

「そう。触れていい?」

エラは小さく頷いた。俺は彼女の髪を一掬いして月光に照らす。

「ほら、やっぱり綺麗だ」

銀化ガラスは、欧米ではずっと除去されてきたんだ。
本来の透明を濁らせる“欠点”だと。
でも日本では、時間が残したその輝きと色を、むしろ味わいとして大切にしてきた。

それと同じ。

彼女の色も、誰かには欠点に見えるのかもしれない。
だけど俺の瞳にはその銀色がとても綺麗に映るんだ。


「この世界はキミの持つ特別な色を忌避するかもしれない。でも、キミの色を綺麗だって言う人間が、俺が、いるんだってことを忘れないで」

「……リヨ、ありがとう」

それはどこか無邪気に笑うような声だった。
でも彼女の表情は、声音から想像できるものとは全く違っていた。

「……エ、エラ!?」

「……ん?あ、あれ、ぼ……私なんで、こんな泣いて……」

大きな目から溢れ出るのは大粒の涙で、小さな額を伝っていく。

泣かせてしまった。
女の子を泣かせてしまった。

こういう時どうしたらいいんだ?!

ずっとガラスばっか見てきて、女の子との関わりなんてエラが初めての童貞にはキャパオーバーすぎんだろ!

俺がアタフタとしていると、エラが俺の胸に飛び込んで、身体にぎゅっと手を回す。

胸の中が温かい涙でじわりと濡れる。
震える少女の背中を恐る恐る、ガラスに触れるように優しく撫でた。

「はあ、ずっとこのままがいいのに」

【ゴーン】

籠った彼女の声音とともに、0時の5分前を告げる短い鐘がなる。

それを聞くと、エラはゆっくりと額を俺の胸から離し、少し距離をとる。

「もう、こんな時間なのね」

泣き腫らした少女は、風に消えるような声で呟いた。
その声があまりにも悲しそうで、寂しそうで、孤独を感じている少女を一人にしたくなくて。

「……エラが落ち着くまで一緒にいるよ」

気付けば俺はそんな言葉を紡いでいた。
しかし、心の何かがこれは建前なんだと告げている。

本当は俺が一人になりたくないんだ。
ガラスと向き合う時はずっと独りだった。
父が死んでからはずっと独りで作り続けてきた。
人間と関わることはほぼなく、たまに会うのは嫌味ったらしい営業マン。
スイが一緒に居てくれて何度も救われた。
けれど彼は気まぐれだし、言葉は話せない。

言葉を交わし合える存在を俺はどこかで求めていたんだと思う。

だから、偶然とはいえあの金髪の彼と話せたことが嬉しかった。褒めてくれたことが嬉しかった。

そして、それはエラも一緒だ。
ガラスを理解してくれて肯定してくれる彼女ともっと一緒にいたいと、思ってしまったんだ。

「……いいえ、リヨ。もう、お別れの時間だわ」

俺のワガママを孕んだ提案に、返ってきたのはそんな言葉だった。
冷静なエラの言葉に俺の頭も冷やされる。

「そ、そうだよな。こんな時間まで女の子を付き合わせて……」

「いいえ。リヨが悪いんじゃないの。けれど、どうしても、ダメなの。だからね、また、またお話をしよう!
材料がなくなったら、私に会いに来て!」

エラが目尻と頬をを赤くしながら、満面の笑みで俺にその小さな手を差し出す。

「もちろんだ、エラ」

俺はそう答えると、差し出された手をぎゅっと掴む。
数秒経って互いに手を離すと、俺はエラの掌の上にガラス玉を乗せた。

「コレ……」

「俺ももらったから、持ってて」

俺はアネモネのブローチを指さしながらそう言うと、彼女はラベンダーの瞳をこちらに向けて、笑顔を咲かせて頷いた。

「今日は本当にありがとう。日付が変われば、見えなくなるおまじないも消えるから」

「うん、ありがとう」

このおまじないに何度も助けられたな。
それを含め今日あった全てのことに感謝して礼を言う。

すると、強い風が俺たちを包み込む。
それは以前のように攻撃するものではなく、俺たちを見守るようなそんな優しく、強い風だった。

それに誘われてか。

「にゃーお」

俺とエラを導いてくれた愛猫が俺の足元に寄ってきた。

「スイ!」

彼を抱き上げて撫でていると、エラの肩に隠れていた青い毛並みのネズミが超威嚇しているのが分かり、俺とエラは見合って苦笑いをこぼす。

「ふふ、お迎えかな?早くお帰り。振り返らず真っ直ぐ、あなたの家に」

「うん。じゃあ、またな、エラ」

「またね、リヨ」

そう笑うエラは今までに見たどんな彼女よりも美しかった。
少し鼓動が早い気がする。
それを隠すように、俺は猛ダッシュで森の中に入った。

***

(視点変更・三人称視点)

【ゴーン】

0時を告げる鐘が鳴る。

エラがふぅっとため息を着くと、彼女の身体を星の粉のようなキラキラとしたものが包む。
ボロボロのワンピースの丈が短くなり、胸元の布は余っていく。
長い睫毛がまばたきすると、少女の輪郭は薄れ、肩幅が広がり、骨格はゆっくりと“青年”のものへと変化していった。

一拍遅れて、肩に乗っていた二匹のネズミも地面へ飛び降りると、光の粉に包まれながら人型へと戻っていく。

「ありゃ、魔法解けちゃった」

明るく響く声。
赤茶色の毛並みのネズミから変化したその青年は、その毛色通りの長髪を高い位置でひとつに束ねている。
広い肩幅と厚い胸板は、まるで現役の騎士のようにがっしりとして頼もしい。
タレ目気味の翠色の瞳が笑うと、口元の八重歯が無邪気に覗いた。

一方、青い毛並みだったネズミから変化した青年は、顎のラインで綺麗に切り揃えられた、風にさらさらとなびく青髪を持っていた。
赤茶の青年よりも細身だが、無駄のない肢体はむしろ研ぎ澄まされた刃のような印象を与える。
鋭い琥珀色の瞳には理知と警戒が孕んでいる。
そして、キュッと結ばれた口から低く冷静な声が落ちる。

「やはり、猫はいけ好かん」
「いつまでビビってんだよ~!猫さんは魔女様の使いなんだからさぁ~」

赤茶色髪の青年、クリスは笑いながら、強い力で青髪の青年の肩を叩く。
ムスッとした青年の反応を他所に、クリスは何かを思い出したように手を合わせた。

「それにしても、リヨ!純粋そうで、ガラスに真っ直ぐで超良い奴じゃん!オレ好きだな、アイツ!な、タルタル!」

青髪の青年、タルタルは眉をひそめ、ため息をひとつ落とす。

「だからタルタルと呼ぶな!クリス、安易に懐きすぎだ。確かに彼の言葉は心に響いたが、すべて信頼してよいとはまだ言えん。
……エラ様、本当にこの僅かな時間で神子を選ばれてよかったのですか?」
「まぁエラさまが決めたことならいいんじゃね?な、エラさま~」

そんな問いを彼らの前にいる銀髪の"青年"に投げかけた。

「……」

しかし、彼からの返事はない。

「エラさま~?」
「エラ様?」

2人の呼び掛けにやっと反応した青年、エラは淡紫の瞳を細めてニヤリと笑った。

「僕の目に狂いはなかった!リヨ、キミにの証を渡してよかった」

その声は先ほどの少女の柔らかで玲瓏なものではない。
どこか低く、しなやかで、底に熱を秘めていた。

エラはリヨからに貰ったガラス玉を大事そうに握りしめて、天に訴えるように囁いた。

「ああ、リヨ……僕の救世主」
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