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第2章 ここはシンデレラの世界らしい
23話 誰がために
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暗い暗い闇の世界に誘われる。
俺には時間が無いというのに、ここからなかなか抜け出せない。
瞼に力を入れれば光が見えるはずなのに、そんな小さな力すら湧かず、静かに黒に解けていく。
そして何も見えない闇の中、脳に響くのは。
ああ、またあの言葉だ。父さんに突き放される言葉。
『自己満足の工作なら、ガラス細工体験教室にでも行ってこい』
人間は声から忘れていくというけれど、俺の心にはずっと染み付いている。
父の背中を見て、技術を学んで、見様見真似でなんとか作って。
自己満の、工作。
技術も経験も何もかも卓越した父にはそう見えるかもしれないけれど、俺にとっては心血を注いで作ったモノなんだ。でも、それを認めてもらえなくて、悔しかった。
父の制作が自己満の工作じゃないなら。
父は何のために作っていたのだろうか。
答えの出ない疑問が頭の中を堂々巡りする。
そんな時、頭をよぎったのは、異世界で俺の作品を認めてくれた金髪の彼の素朴な問いだった。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
……別に誰向けてってわけじゃない。憧れの人が作ってたそれが忘れられなくて、俺も完璧に再現したい。
って、俺は返したんだっけ?
そうだ、俺は。
父のように誰かの心を揺さぶるものを作りたい。
俺が心を揺さぶられた、俺が憧れた父さんのあの靴を作りたい。
そんな想いに一心なんだ。
ずっとずっとその想いを持って制作を続けてきた。
俺のガラス細工の工程を興味深く見ていた、彼の青い瞳を思い返して、自分の想いを再確認する。
しかし、頭に焼き付いたその青空を映した宝石の輝きは更に俺の心の深くのところまで射し込んでくる。
それは、ある気付きを呼び起こした。
でも、あの時は違ったかも。
異世界に来て、右も左も分からなかった俺がその宝石と出会った時。
不意の思い付きから、一日ちょっとで作ったあのランタンを作った時の想いは、いつも作品に込めるモノとは少し違っていた。
***
あのランタンを作るきっかけはひょんなことだった。
必死にガラスの靴を作っていたが、思うように行かなくなって、炉を眺めながら休憩していた時。
ふと窓の外を見れば青い空が飛び込んできた。
そして、その瞳を持つ彼を思い出したんだ。
隣の応接間で眠っている彼を。
それと同時に、彼の服を水につけたことを思い出して、慌ててそれらを干す。
工房の外に出てみれば、風が靡き、木々が鳴いていた。
木漏れ日は暖かくて、俺は洗濯物が乾くまでしばらく、それを浴びることにした。
高価そうなジャケットと、水洗いではなかなか落ちなかった汚れの着いたマントが自由に靡くのを見て、異世界で最初に出会った彼について考えみる。
そういえばずっと眠ってるなぁ。
あんなボロボロだったし、相当疲れが溜まっていたんだろうな。
他人事のように隣の部屋で眠っている美しい彼のことを考えて、ガラスの靴を作れないジレンマから気を逸らしていた。
彼は起きたらどうするんだろう。
着ているものや立ち居振る舞いがお貴族様っぽいから、ずっとここにいる訳には行かないだろう。
じゃあ、彼はいつか森をぬけて帰るのかな。
視線を遠くの景色に移して、漠然とそんなことを思う。
比較的開けたところにある此処は、木漏れ日が差し込むほど明るいけれど、此処を出れば木々はより鬱蒼としているし、きっとこの先暗い道を歩くことになる。
「なんか、作れないかな」
そう思って、落ちていた木の枝を拾って、土の地面を穿りながら考えてみる。
「暗い森を照らすもの……ランタンとか?」
そんなポッと頭に浮かんだアイデアを地面にうつしていく。
「形は……何がいいかな。かぼちゃとか?あの人なんかめちゃくちゃ笑ってたし、この世界のツボなのかも」
彼の芸術品のような、でも無邪気な子どものような笑顔を思い出しながら、どんどんとデザインを描き連ねていく。
それに没頭していると、乾いた合図のように彼の白いマントが風に吹かれて俺の頭に被さった。
お日様の匂いがふわっと香る。それが心地良い。
枝を置いて、洗濯物を抱えて工房に戻ると、身体は自然と炉の前に立っていた。
鉄の棒に、赤い宝石の素を巻き付ける。
左手で棒を転がしながら、右手に持った濡らした紙で形を整えて丸く寸胴型にして。
その後ろには蝋燭を入れるために穴を開ける。
大きな鉄製のトングで溝を等間隔に入れていく。
てっぺんに、また赤い溶けたガラスを垂らして、茎を作れば完成だ。
このままだと透明なかぼちゃ擬きだけれど、火を灯せば、その灯りはきっとオレンジ色に輝いて、やっとかぼちゃになる。
これが光を放つランタンだからこそ、完成する作品。
一晩冷却炉で冷やして、彼が目覚めた時にサプライズとして贈った。
余計なお世話だとか、貴族っぽいから目も肥えているだろうし歪な形で下手だとか、価値がないとか、そんなことを言われるのも覚悟はしていた。
けれど、彼は両手でぎゅっと抱きしめて、「美しい」と言ってくれたんだ。
俺の技術を、俺が作ったものを認めて褒めてくれた。
俺のガラス細工を優しく包みながら、浮かべた彼の笑みは、まるで童話の王子様みたいに魅惑的だった。
その表情を、見るのがとてもとても嬉しくて。
初めて見たんだ、俺の技術、俺の作品を受け取った人の反応を。俺の作品名が誰かの心を少しでも動かせた瞬間を。
誰かのためにと思って作品を作ったのは……アレが初めてかもしれない。
自分の憧れの再現のために父の背中を追って我武者羅に真似ていた時も、大量に作業的にガラス細工を作っていた時も、それが手に渡った人の顔なんて考える余裕すらなかったから。
***
そんな思い出を思い返すと、魂を震わすような低い声がもう一度頭の中に響いてくる。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
…………なら、俺は、今、ガラスの靴を誰のために作ってんだ?
自己満の、工作……。
ずっと俺は父の背中を追って、父が作ったものを俺も作りたいと思い続けてきた。
でも、違うんだよな。
ああ、父さんはずっとこれを言いたかったんだ。
誰かのために作ること。
誰かを想って作ること。
自己満足の工作じゃない、ガラス職人として作品を作ること。
誰かを揺さぶる作品を作るなら、その『誰か』に向けた作品を作らないといけないんだ。
俺の決意を問うように、変化を促すように、もう一度あの声が胸に直接届く。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
あの時は分かっている風に、格好付けて答えてしまっていたけれど、やっと、今、ガラス職人としての答えが言えるよ。
俺の周りにはもう闇はない。あるのは彼の瞳のような澄んだ青と、あのあたたかい笑顔のような太陽。
大切な気づきに導いてくれた彼と、彼との短くも濃密な思い出に感謝をして、もう1度目を閉じる。
自分の導き出した答えを全身に刻み込むために。
俺が今、誰のために、《ガラスの靴》作るのか。
そして俺は、その答えを瞼の裏に浮かべた。
夜空に輝く月のような眩しい銀髪を。
禁忌とされていてもガラスを愛していて。
初対面の俺にたくさんのことを教えてくれてくれて。
俺を引っ張ってくれる頼もしいさもあって。
差別を受けていても、大丈夫と笑って。
でも、同胞たちを見る目はこの理不尽な現実に憂いていて。
ラベンダーの瞳の奥には、吸い込まれるような不思議な魅力を秘めていて。
明るくて、花が咲いたように笑う、強い女の子。
そんな俺の友人、そしてこの世界の主人公のために。
ーーー俺はガラスの靴を、エラのために作る。
優しくて、強くて、逞しい、エラに贈る俺にしか作れない作品を。
彼女に相応しい靴は、彼女を知らない父よりも俺の方が作れるに決まってる。
ーーーエラの魅力を引き出すのは俺の《ガラスの靴》だ。
俺には時間が無いというのに、ここからなかなか抜け出せない。
瞼に力を入れれば光が見えるはずなのに、そんな小さな力すら湧かず、静かに黒に解けていく。
そして何も見えない闇の中、脳に響くのは。
ああ、またあの言葉だ。父さんに突き放される言葉。
『自己満足の工作なら、ガラス細工体験教室にでも行ってこい』
人間は声から忘れていくというけれど、俺の心にはずっと染み付いている。
父の背中を見て、技術を学んで、見様見真似でなんとか作って。
自己満の、工作。
技術も経験も何もかも卓越した父にはそう見えるかもしれないけれど、俺にとっては心血を注いで作ったモノなんだ。でも、それを認めてもらえなくて、悔しかった。
父の制作が自己満の工作じゃないなら。
父は何のために作っていたのだろうか。
答えの出ない疑問が頭の中を堂々巡りする。
そんな時、頭をよぎったのは、異世界で俺の作品を認めてくれた金髪の彼の素朴な問いだった。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
……別に誰向けてってわけじゃない。憧れの人が作ってたそれが忘れられなくて、俺も完璧に再現したい。
って、俺は返したんだっけ?
そうだ、俺は。
父のように誰かの心を揺さぶるものを作りたい。
俺が心を揺さぶられた、俺が憧れた父さんのあの靴を作りたい。
そんな想いに一心なんだ。
ずっとずっとその想いを持って制作を続けてきた。
俺のガラス細工の工程を興味深く見ていた、彼の青い瞳を思い返して、自分の想いを再確認する。
しかし、頭に焼き付いたその青空を映した宝石の輝きは更に俺の心の深くのところまで射し込んでくる。
それは、ある気付きを呼び起こした。
でも、あの時は違ったかも。
異世界に来て、右も左も分からなかった俺がその宝石と出会った時。
不意の思い付きから、一日ちょっとで作ったあのランタンを作った時の想いは、いつも作品に込めるモノとは少し違っていた。
***
あのランタンを作るきっかけはひょんなことだった。
必死にガラスの靴を作っていたが、思うように行かなくなって、炉を眺めながら休憩していた時。
ふと窓の外を見れば青い空が飛び込んできた。
そして、その瞳を持つ彼を思い出したんだ。
隣の応接間で眠っている彼を。
それと同時に、彼の服を水につけたことを思い出して、慌ててそれらを干す。
工房の外に出てみれば、風が靡き、木々が鳴いていた。
木漏れ日は暖かくて、俺は洗濯物が乾くまでしばらく、それを浴びることにした。
高価そうなジャケットと、水洗いではなかなか落ちなかった汚れの着いたマントが自由に靡くのを見て、異世界で最初に出会った彼について考えみる。
そういえばずっと眠ってるなぁ。
あんなボロボロだったし、相当疲れが溜まっていたんだろうな。
他人事のように隣の部屋で眠っている美しい彼のことを考えて、ガラスの靴を作れないジレンマから気を逸らしていた。
彼は起きたらどうするんだろう。
着ているものや立ち居振る舞いがお貴族様っぽいから、ずっとここにいる訳には行かないだろう。
じゃあ、彼はいつか森をぬけて帰るのかな。
視線を遠くの景色に移して、漠然とそんなことを思う。
比較的開けたところにある此処は、木漏れ日が差し込むほど明るいけれど、此処を出れば木々はより鬱蒼としているし、きっとこの先暗い道を歩くことになる。
「なんか、作れないかな」
そう思って、落ちていた木の枝を拾って、土の地面を穿りながら考えてみる。
「暗い森を照らすもの……ランタンとか?」
そんなポッと頭に浮かんだアイデアを地面にうつしていく。
「形は……何がいいかな。かぼちゃとか?あの人なんかめちゃくちゃ笑ってたし、この世界のツボなのかも」
彼の芸術品のような、でも無邪気な子どものような笑顔を思い出しながら、どんどんとデザインを描き連ねていく。
それに没頭していると、乾いた合図のように彼の白いマントが風に吹かれて俺の頭に被さった。
お日様の匂いがふわっと香る。それが心地良い。
枝を置いて、洗濯物を抱えて工房に戻ると、身体は自然と炉の前に立っていた。
鉄の棒に、赤い宝石の素を巻き付ける。
左手で棒を転がしながら、右手に持った濡らした紙で形を整えて丸く寸胴型にして。
その後ろには蝋燭を入れるために穴を開ける。
大きな鉄製のトングで溝を等間隔に入れていく。
てっぺんに、また赤い溶けたガラスを垂らして、茎を作れば完成だ。
このままだと透明なかぼちゃ擬きだけれど、火を灯せば、その灯りはきっとオレンジ色に輝いて、やっとかぼちゃになる。
これが光を放つランタンだからこそ、完成する作品。
一晩冷却炉で冷やして、彼が目覚めた時にサプライズとして贈った。
余計なお世話だとか、貴族っぽいから目も肥えているだろうし歪な形で下手だとか、価値がないとか、そんなことを言われるのも覚悟はしていた。
けれど、彼は両手でぎゅっと抱きしめて、「美しい」と言ってくれたんだ。
俺の技術を、俺が作ったものを認めて褒めてくれた。
俺のガラス細工を優しく包みながら、浮かべた彼の笑みは、まるで童話の王子様みたいに魅惑的だった。
その表情を、見るのがとてもとても嬉しくて。
初めて見たんだ、俺の技術、俺の作品を受け取った人の反応を。俺の作品名が誰かの心を少しでも動かせた瞬間を。
誰かのためにと思って作品を作ったのは……アレが初めてかもしれない。
自分の憧れの再現のために父の背中を追って我武者羅に真似ていた時も、大量に作業的にガラス細工を作っていた時も、それが手に渡った人の顔なんて考える余裕すらなかったから。
***
そんな思い出を思い返すと、魂を震わすような低い声がもう一度頭の中に響いてくる。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
…………なら、俺は、今、ガラスの靴を誰のために作ってんだ?
自己満の、工作……。
ずっと俺は父の背中を追って、父が作ったものを俺も作りたいと思い続けてきた。
でも、違うんだよな。
ああ、父さんはずっとこれを言いたかったんだ。
誰かのために作ること。
誰かを想って作ること。
自己満足の工作じゃない、ガラス職人として作品を作ること。
誰かを揺さぶる作品を作るなら、その『誰か』に向けた作品を作らないといけないんだ。
俺の決意を問うように、変化を促すように、もう一度あの声が胸に直接届く。
『その靴は、誰に向けて作ってるんだ?』
あの時は分かっている風に、格好付けて答えてしまっていたけれど、やっと、今、ガラス職人としての答えが言えるよ。
俺の周りにはもう闇はない。あるのは彼の瞳のような澄んだ青と、あのあたたかい笑顔のような太陽。
大切な気づきに導いてくれた彼と、彼との短くも濃密な思い出に感謝をして、もう1度目を閉じる。
自分の導き出した答えを全身に刻み込むために。
俺が今、誰のために、《ガラスの靴》作るのか。
そして俺は、その答えを瞼の裏に浮かべた。
夜空に輝く月のような眩しい銀髪を。
禁忌とされていてもガラスを愛していて。
初対面の俺にたくさんのことを教えてくれてくれて。
俺を引っ張ってくれる頼もしいさもあって。
差別を受けていても、大丈夫と笑って。
でも、同胞たちを見る目はこの理不尽な現実に憂いていて。
ラベンダーの瞳の奥には、吸い込まれるような不思議な魅力を秘めていて。
明るくて、花が咲いたように笑う、強い女の子。
そんな俺の友人、そしてこの世界の主人公のために。
ーーー俺はガラスの靴を、エラのために作る。
優しくて、強くて、逞しい、エラに贈る俺にしか作れない作品を。
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