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#奇跡はそう簡単に起こらないから奇跡なのである
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日誌を取りに行った私に珍しく担任が話しかけてきた。
「おはよう西足、今日の準備はバッチリか?」
この教師、言うこと全てがセクハラに聞こえると名高い。老けているわけでもなければ気持ち悪いわけでもないのだが…何というか言葉選びが下手くそなのだ。そのセクハラ教師が今日の準備とか言うもんだからあっち系の話題かと思ったが、やはりこの学校で今日と言えばこのことだろう。
「生徒会選挙ですか…」
この学校の生徒会選挙は極めて特殊だ。投票は勿論のこと、立候補も生徒全員で行うという本当の意味での「全員で行う選挙」である。ただ立候補したからと言って全員に当選の確率があるわけでもなく、私らみたいな言わば「陰キャラ」は誰からの投票もなく終わるのが普通だ。そもそも投票されるのは大体目立つやつだけだ。ほとんどの生徒は0票になるだろう。この選挙のために用意したのか知らないが、うちの学校には小さい校舎に見合わないバカでかい体育館があるのだ。生徒全員が集まるので、傍観する側としてはお祭り気分でなかなか楽しい。
「お前も立候補者の一人だからな!無事当選するように祈っておいてやる!」
このセクハラ教師、生徒思いなのか知らないが私たち陰の者にとってはクソ厄介な存在だ。特にこの「無差別応援」。どこかの能力モノのラノベに出ればそれなりに人気が掴めるんじゃないだろうか。
「あーハイハイ頑張ります…では…」
私だってメスの端くれ。これ以上セクハラをされるのは生理的に無理なので、適当に返事をして教室に帰った。
その後はホームルームと選挙に関する諸説明を終えて、私たちは体育館に向かった。
途中で何人か奇抜な格好をした人達をちらほら見かけたが、あれはコスプレなのだろうか。選挙にコスプレってどうなのよ…と思ったが、陽キャラに常識を求めたら負けである。気にしないでおいた。
体育館は予想以上に混んでいて、四月だというのに蒸し暑かった。半袖の私でさえ汗が出てくる。コスプレ軍団はこれ耐えられるのか…?だが私の心配も束の間、その熱気を一瞬で凍りつかせる者がいた。
「はい静かにィ!最近のマイブームは肉味噌ラーメンもやし抜き!!どうも、理事長です!」
明日波高校のトップにしてワースト。歴代理事長頭おかしいランキング堂々の1位。キングオブ頭おかしい。わが校が誇る日本の恥、それがこの信楽理事長である。
「今日の選挙で注意してほしいことは3つ!おさない、かけない、しゃべらないの3つだからね!!ルールを守って楽しく選挙!!」
どこかの決闘者みたいなことを言いながらあっという間に教頭に連れていかれる理事長。そしてやっと始まる選挙。私はとりあえず表を入れる人を選ばないと…。
「次は丸田 えみさんの演説です」
元々生徒会に入りたい生徒は、ああやって壇上に立って演説することもできる。一人一票しか入れることはできず、得票数の多い方から順に役職が決まっていくこの選挙では、狙った役職になることは極めて難しい。
「…をしていこうと思います!是非皆さん私に投票お願いします!」
うん、ザ・普通って感じだったし無難にこの丸田さんでいいかな。
用紙に書いてある丸田えみの欄に丸をつける。あとはこれを投票箱にいれて終わり…と思ったが、丸田さんの隣につい笑ってしまうキラキラネームがいた。
「竜宮城…?すげぇなデカそう」
そこには漢字で大きく「竜宮城」と書いてあった。順番はおそらく次だろう。ちょうど壇上に上がっているのが竜宮城さんだな…!?
「なんじゃありゃ…」
一言で表せば綺麗。この言葉に尽きる。竜宮城というよりはむしろ乙姫に近い美貌を持っていた。これなら男子生徒票はほぼ獲得したと言っていいだろう。あとはよっぽど演説がダメじゃない限り生徒会長は間違いなくこの子だろう。
「こんにちは皆さん。私は今年度生徒会長になるため立候補しました竜宮 シロと申します。たつみやしろと読みます。少し長くなりますが聞いて頂けると幸いです。では突然ですが…」
掴みは良い。この喋り方を見ると、どうやら女子生徒票を捨てて男子生徒票を根こそぎ持っていくつもりらしい。
「この紙印刷した奴誰だ。出てこい」
うんうん、もうこの子で決まっ…ヒュ!?
「出て来いって言ってんだよ聞こえねぇのか交尾産物共!!」
おいおいマジかよ…うちの姉貴よりドギツイ性格してやがる。恐る恐る出ていった選挙管理委員会も中々手出しできねぇぞ。
「お前だな…。いいか、よく聞け。私の名前は城じゃない!しろだ!!平仮名でしろだ!!しろちゃんだ!!」
いやお前それだけで怒るかよ普通…。おっと、陽キャラに普通を求めちゃいけないんだったな。だけどアレはおかしすぎるだろ…。
「お前達もよく聞け。私の名前を間違えることは…」
その後も色々言い続けていたが、私含めもう誰も聞いていない。この子は確実に落選だ。可哀想だから一票くらい入れといてやるか。そう思い私は丸田さんについた丸を隣に移した。
帰りのホームルームは皆竜宮しろの話題で持ち切りだった。感想だけ聞くと謎の性悪美人と言ったところだろうか。しかし彼女が当選するなどとは誰も思っていないらしく、私も当然思っていなかった。だが、奇跡とはそう簡単に起こらないから奇跡なのである…という理論をまるでぶち壊すかのように、奇跡はいとも簡単に起こった。
「只今生徒会選挙の集計が完了いたしました。選挙結果をお知らせします…!?えーと、生徒会長は竜宮 しろさんに決定しました…?拍手…」
途端にクラスがざわついた。当然だろう。私だって驚いた。放送委員もびっくりしたのだろう、しどろもどろになっている。
「そして票なんですが…竜宮さんにしか票が集まっていないため、生徒会役員は竜宮さんに全生徒の中から選んでいただきます?え?今週中に全ての役員が決定しますので指名された方は速やかに従ってください??」
放送委員は最早疑問形でしか話せていない。あの女にしか票が集まっていないだと?おかしい、おかしいにもほどがある。裏で何か仕組んであるに違いない。どうやらそう感じたのは私だけではないようで、隣の男子が話しかけてきた。
「西足さん、誰に投票した?」
「えと…その、竜宮さんにいれてしまって…」
本当は投票した人を他人に教えるのはタブーなのだが、この際仕方ない。あの女が本当に得票率100%なのか確かめなければいけない。
「あちゃーマジかー。実は俺も竜宮さんに入れちゃったんだよねぇ」
なに、こいつもか。そうなるとあの女の票は「同情の票」だけで成り立っていることになる。うん、ありそうだわ。普通の学校ならまだしもこの学校だしね。何だか難しいことを考えるのも馬鹿らしくなってきた。どうせ誰が生徒会長になろうと私には関係ないことだ。
その日の放課後、学級日誌を書いていた。途中で漢字をド忘れして携帯で調べたのだが、通知欄を見るとまた七福神とやらの新着ツイートがあった。竜宮の件が衝撃的すぎて、正直こっちはもうどうでもよくなってきたのでそのまま見ずに携帯をポケットにしまった。教室に残っているのは私を除いてあと一人いて、私と同族の匂いがする男の子だった。あまりこの空気が好きではないので、日誌を提出しに行った。そしてそのまま下駄箱へ向かった。
「いやなんで3階に来てんのさ」
おかしい。階段を降りたはずなのに2階から3階に上がっている。私も遂に頭がおかしくなったかと思いながら階段を降りた。
「いや待て待て待て待ておかしいだろ」
今度は4階に来てしまった。明らかに何かおかしい。
怖くなってきた。急いで階段を駆け上がる。
「どうなってんだよ…」
そこは2階だった。ふりだしに戻ったわけだがもう何が何だかわからない。落ち着こう。1回教室に戻って、あの男子に事情を話して一緒に降りてもらおう。
だが私の願いが届くことはなく、教室の電気は消えていた。よく見ると段々空が暗くなってきた。これは本格的にやばい。
「うおっ!?」
突然携帯が振動した。この状況のせいで普段慣れてることにもビクビクしてしまう。携帯の画面を見ると通知が大量に来ていた。
「誰だよ畜生…マジで誰なんだよ…」
その通知は全て一件のツイートのものだった。いいね数からして今回のツイートも全生徒に発信されていることが分かる。そしてリプ欄を見て少し安心した。私以外にもどうやらこの状況の生徒がいるようで、リプ欄に罵詈雑言を浴びせていた。とりあえずこの校舎から抜け出さないと話にならない。やってやるか。
「待ってろよクソツイッタラー…何も起こせなくしてやる」
「おはよう西足、今日の準備はバッチリか?」
この教師、言うこと全てがセクハラに聞こえると名高い。老けているわけでもなければ気持ち悪いわけでもないのだが…何というか言葉選びが下手くそなのだ。そのセクハラ教師が今日の準備とか言うもんだからあっち系の話題かと思ったが、やはりこの学校で今日と言えばこのことだろう。
「生徒会選挙ですか…」
この学校の生徒会選挙は極めて特殊だ。投票は勿論のこと、立候補も生徒全員で行うという本当の意味での「全員で行う選挙」である。ただ立候補したからと言って全員に当選の確率があるわけでもなく、私らみたいな言わば「陰キャラ」は誰からの投票もなく終わるのが普通だ。そもそも投票されるのは大体目立つやつだけだ。ほとんどの生徒は0票になるだろう。この選挙のために用意したのか知らないが、うちの学校には小さい校舎に見合わないバカでかい体育館があるのだ。生徒全員が集まるので、傍観する側としてはお祭り気分でなかなか楽しい。
「お前も立候補者の一人だからな!無事当選するように祈っておいてやる!」
このセクハラ教師、生徒思いなのか知らないが私たち陰の者にとってはクソ厄介な存在だ。特にこの「無差別応援」。どこかの能力モノのラノベに出ればそれなりに人気が掴めるんじゃないだろうか。
「あーハイハイ頑張ります…では…」
私だってメスの端くれ。これ以上セクハラをされるのは生理的に無理なので、適当に返事をして教室に帰った。
その後はホームルームと選挙に関する諸説明を終えて、私たちは体育館に向かった。
途中で何人か奇抜な格好をした人達をちらほら見かけたが、あれはコスプレなのだろうか。選挙にコスプレってどうなのよ…と思ったが、陽キャラに常識を求めたら負けである。気にしないでおいた。
体育館は予想以上に混んでいて、四月だというのに蒸し暑かった。半袖の私でさえ汗が出てくる。コスプレ軍団はこれ耐えられるのか…?だが私の心配も束の間、その熱気を一瞬で凍りつかせる者がいた。
「はい静かにィ!最近のマイブームは肉味噌ラーメンもやし抜き!!どうも、理事長です!」
明日波高校のトップにしてワースト。歴代理事長頭おかしいランキング堂々の1位。キングオブ頭おかしい。わが校が誇る日本の恥、それがこの信楽理事長である。
「今日の選挙で注意してほしいことは3つ!おさない、かけない、しゃべらないの3つだからね!!ルールを守って楽しく選挙!!」
どこかの決闘者みたいなことを言いながらあっという間に教頭に連れていかれる理事長。そしてやっと始まる選挙。私はとりあえず表を入れる人を選ばないと…。
「次は丸田 えみさんの演説です」
元々生徒会に入りたい生徒は、ああやって壇上に立って演説することもできる。一人一票しか入れることはできず、得票数の多い方から順に役職が決まっていくこの選挙では、狙った役職になることは極めて難しい。
「…をしていこうと思います!是非皆さん私に投票お願いします!」
うん、ザ・普通って感じだったし無難にこの丸田さんでいいかな。
用紙に書いてある丸田えみの欄に丸をつける。あとはこれを投票箱にいれて終わり…と思ったが、丸田さんの隣につい笑ってしまうキラキラネームがいた。
「竜宮城…?すげぇなデカそう」
そこには漢字で大きく「竜宮城」と書いてあった。順番はおそらく次だろう。ちょうど壇上に上がっているのが竜宮城さんだな…!?
「なんじゃありゃ…」
一言で表せば綺麗。この言葉に尽きる。竜宮城というよりはむしろ乙姫に近い美貌を持っていた。これなら男子生徒票はほぼ獲得したと言っていいだろう。あとはよっぽど演説がダメじゃない限り生徒会長は間違いなくこの子だろう。
「こんにちは皆さん。私は今年度生徒会長になるため立候補しました竜宮 シロと申します。たつみやしろと読みます。少し長くなりますが聞いて頂けると幸いです。では突然ですが…」
掴みは良い。この喋り方を見ると、どうやら女子生徒票を捨てて男子生徒票を根こそぎ持っていくつもりらしい。
「この紙印刷した奴誰だ。出てこい」
うんうん、もうこの子で決まっ…ヒュ!?
「出て来いって言ってんだよ聞こえねぇのか交尾産物共!!」
おいおいマジかよ…うちの姉貴よりドギツイ性格してやがる。恐る恐る出ていった選挙管理委員会も中々手出しできねぇぞ。
「お前だな…。いいか、よく聞け。私の名前は城じゃない!しろだ!!平仮名でしろだ!!しろちゃんだ!!」
いやお前それだけで怒るかよ普通…。おっと、陽キャラに普通を求めちゃいけないんだったな。だけどアレはおかしすぎるだろ…。
「お前達もよく聞け。私の名前を間違えることは…」
その後も色々言い続けていたが、私含めもう誰も聞いていない。この子は確実に落選だ。可哀想だから一票くらい入れといてやるか。そう思い私は丸田さんについた丸を隣に移した。
帰りのホームルームは皆竜宮しろの話題で持ち切りだった。感想だけ聞くと謎の性悪美人と言ったところだろうか。しかし彼女が当選するなどとは誰も思っていないらしく、私も当然思っていなかった。だが、奇跡とはそう簡単に起こらないから奇跡なのである…という理論をまるでぶち壊すかのように、奇跡はいとも簡単に起こった。
「只今生徒会選挙の集計が完了いたしました。選挙結果をお知らせします…!?えーと、生徒会長は竜宮 しろさんに決定しました…?拍手…」
途端にクラスがざわついた。当然だろう。私だって驚いた。放送委員もびっくりしたのだろう、しどろもどろになっている。
「そして票なんですが…竜宮さんにしか票が集まっていないため、生徒会役員は竜宮さんに全生徒の中から選んでいただきます?え?今週中に全ての役員が決定しますので指名された方は速やかに従ってください??」
放送委員は最早疑問形でしか話せていない。あの女にしか票が集まっていないだと?おかしい、おかしいにもほどがある。裏で何か仕組んであるに違いない。どうやらそう感じたのは私だけではないようで、隣の男子が話しかけてきた。
「西足さん、誰に投票した?」
「えと…その、竜宮さんにいれてしまって…」
本当は投票した人を他人に教えるのはタブーなのだが、この際仕方ない。あの女が本当に得票率100%なのか確かめなければいけない。
「あちゃーマジかー。実は俺も竜宮さんに入れちゃったんだよねぇ」
なに、こいつもか。そうなるとあの女の票は「同情の票」だけで成り立っていることになる。うん、ありそうだわ。普通の学校ならまだしもこの学校だしね。何だか難しいことを考えるのも馬鹿らしくなってきた。どうせ誰が生徒会長になろうと私には関係ないことだ。
その日の放課後、学級日誌を書いていた。途中で漢字をド忘れして携帯で調べたのだが、通知欄を見るとまた七福神とやらの新着ツイートがあった。竜宮の件が衝撃的すぎて、正直こっちはもうどうでもよくなってきたのでそのまま見ずに携帯をポケットにしまった。教室に残っているのは私を除いてあと一人いて、私と同族の匂いがする男の子だった。あまりこの空気が好きではないので、日誌を提出しに行った。そしてそのまま下駄箱へ向かった。
「いやなんで3階に来てんのさ」
おかしい。階段を降りたはずなのに2階から3階に上がっている。私も遂に頭がおかしくなったかと思いながら階段を降りた。
「いや待て待て待て待ておかしいだろ」
今度は4階に来てしまった。明らかに何かおかしい。
怖くなってきた。急いで階段を駆け上がる。
「どうなってんだよ…」
そこは2階だった。ふりだしに戻ったわけだがもう何が何だかわからない。落ち着こう。1回教室に戻って、あの男子に事情を話して一緒に降りてもらおう。
だが私の願いが届くことはなく、教室の電気は消えていた。よく見ると段々空が暗くなってきた。これは本格的にやばい。
「うおっ!?」
突然携帯が振動した。この状況のせいで普段慣れてることにもビクビクしてしまう。携帯の画面を見ると通知が大量に来ていた。
「誰だよ畜生…マジで誰なんだよ…」
その通知は全て一件のツイートのものだった。いいね数からして今回のツイートも全生徒に発信されていることが分かる。そしてリプ欄を見て少し安心した。私以外にもどうやらこの状況の生徒がいるようで、リプ欄に罵詈雑言を浴びせていた。とりあえずこの校舎から抜け出さないと話にならない。やってやるか。
「待ってろよクソツイッタラー…何も起こせなくしてやる」
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