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推しに男ができたっぽい
しおりを挟む女の子は恋をすると可愛くなる。
これはマジだ。
(まずい……これはまずい)
列の先に見える推しの姿を確認して、私は唾をのみ込んだ。
残暑というには暑すぎる日々が続く中、私は推しの笑顔を拝むために握手会に来ていた。
推しの芸名はLaLa。
今年で結成3年になる、5人グループのアイドルだ。
LaLaは、利益が出ないからと首を切られそうなほど不人気でもなく、やっかみをうけるほど圧倒的なカリスマもない。センターのkikiに花を添えるような立ち位置で、良くも悪くも安定している。
メンバーやファン同士の醜い争いは苦手なので、私としては比較的平和なポジションに落ち着いてくれていることは感謝でしかない。
しかし、だ。
ここにきて突然の暗雲立ち込める。
(LaLaがめっちゃ可愛くなってるーー! これ絶対男できたやつじゃん!! ガチ恋にバレたら刺されるってー!)
神々しさを増したLaLaを遠目に見ながら、私は頭を抱えた。
LaLaの缶バッチが敷き詰められた、いわゆる痛バを抱きしめて、大して動けないレーンの中をおろおろと動き回る。
「戸尾さん今日どうした? いつにも増して様子がおかしいじゃん」
隣で並んでいる、常連であり顔見知りの土肥が声をかけてきた。
なんだよ、いつにも増してって。普段からヤバいやつみたいじゃないか。
「いや……今日のLaLa、異常に可愛いなと思って」
「確かに! LaLaちゃんが可愛いのは当然だけど、今日は特別可愛いよね。なんていうか、垢抜けた感じ?」
「そう、そうなんだよ。垢抜けちゃったのよ……」
「なんで嫌そうなの。あ、メイクが変わったから? わかるよ~、今日のはちょっとケバいよね。前のナチュラルメイクの方が好き」
のほほんとメイクの批判をする土肥に反目になった。
この馬鹿はひょっとして女の子がただ成長するだけで綺麗になっていくとでも思っているのだろうか。
女の子は必死で自分を磨いて垢抜ける。メイクが変わるなんて、わかりやす過ぎるサインじゃないか。女の子が化ける理由なんてひとつしかない。
好きな人に少しでも可愛いと思われたい。
これである。
私でさえ、「よく来るあのババアほんとダサいんだよね~。あれが私のファンとか最悪」とかLaLaに思われないように小綺麗にしようとするのだ。
自分が売り物で、なおかつ彼氏なんかできた日には、そりゃ可愛くなるだろう。
LaLaの変わりかたはぶっちゃけ、もうやることやったなと思ってる。
(私のLaLaを汚しやがったのはどこのどいつだー!?)
もしや、今並んでいるファンの中にいたりするのだろうか。
(おまえか? それともおまえかー!)
親の仇でも見るかのような目付きであたりを見回す。
「本当に大丈夫? 僕、警察とか呼びたくないよ」
今にも誰かを刺しそうな様子に土肥は完全に引いていた。
そうこうしている内にも列は少しずつ進んでいき、
「次の方、どうぞ」
「戸尾さん戸尾さん! 呼ばれてるよ」
推しの前に来てしまった。
エンジェルリングが輝くぬばたまの髪に、ぱっちりとした大きな瞳。ぷっくりとした唇はピンク色のリップがよく映える。
「あ、こんにちは! いつも会いにきてくれてありがとうございます」
LaLaの目尻が微かに下がって、口角は上がる。
それだけで、満開の花が咲いたように世界が美しかった。
ああ、今日も推しが尊い!
「こんにちは。今日も可愛いね」
淀みなく伝えると、LaLaがはにかんだ。
「ありがとうございます。でも、戸尾さん、いつもそう言ってくれるから……」
「ほんとだよ。マジで可愛い」
そういえば、「可愛い」と「好き」をよく言う男はクズ男な確率が高いんだったか。LaLaの相手がせめてそういうやつじゃないといいな。
そんなことを考えながら、可愛いしか言えないポンコツに、LaLaはにっこりと手を差し出した。
日に焼けた自分の手とは違い、LaLaの手は白くて華奢だ。
相変わらず羨ましいことに指が長い、と思って、視線が指先に吸い込まれた。
「ネイルしてる!」
叫ぶように言うと、気付かれたことが嬉しかったのか、「そうなんですよ」とネイルが見やすいように手を広げてくれる。
オーソドックスなオーバル型に整えられた爪には、黄色いポリッシュが塗ってあった。
絵を描くわけでもない単色のネイルが、LaLaの素朴な雰囲気によく似合っていた。
「友達のお姉ちゃんがネイルの勉強してるって聞いてやってもらっちゃいました。……どう、ですか?」
「か、可愛い! です!」
「なんで敬語」
LaLaは可笑しそうにころころと笑った。
「でも、ピンクじゃないんだ?」
アイドルには大抵メンバーカラーというものがある。
LaLaのカラーはピンクだった。
「あ、夏だから?」
まだ暑いもんな、と納得して尋ねると、LaLaは珍しく口ごもった。
(え、あれ、変なこと聞いちゃった?)
私的には単純に頭に浮かんだ疑問を口にしただけだったのだが、触れてはいけないことだったのだろうか。
(嘘、まじで? なんで? 厄介オタク認定はいやだ、嫌われたくないーーー!!)
あわあわと言い訳を探していると、
「…………から……」
LaLaが何かを呟いた。
「え、ごめん、聞き取れなかった」
もう一回言って、という意味で少しだけ距離を詰めると、LaLaは耳元に顔を寄せてきた。
「戸尾さんが、黄色が好きって言ってたから」
「え……」
囁かれた言葉の意味が咀嚼できず、思考が止まった。
「それ、は、どういう……」
意図を確かめようと口を開いたが、この言葉の続きは「お時間です」という無情な声に押し流された。
スタッフに肩を持たれ出口に追いやられる私に向かって、LaLaはにこやかに手を振った。
放心したまま会場を後にし、電車に揺られ、駅から15分のアパートに帰る。
その間LaLaの言葉が頭を離れなかった。
(私が黄色好きだからってどういうこと? 私の好みに合わせたってこと? 自分のカラーまで捨てて?)
思えば今日のLaLaは可愛いが過ぎた。
もちろん、今までのLaLaだって好きだ。大好きだ。でなければ、今日こうしてLaLaに会いに行っていない。
けれど、考えてみて欲しい。推しに自分の趣味フルコースが適用されているところを。
ロングだった髪の毛がボブになり、ナチュラルメイクが派手めなメイクになった。初めてのネイルは黄色。
(……もしかして色恋営業をうけている!?)
一瞬本気で考えかけて、いやいや馬鹿な、と頭を振った。
(たとえ運営に指示されたとしてもLaLaはそんなことする子じゃない。たまたま、ね。なんか偶然私の趣味ドンピシャだっただけ)
自分に都合の良いように解釈して夢を見るのは勝手だが、推しに迷惑をかけてはいけない。落ち着け私。
(そうだ! こういう時こそLaLaのXtterを見よう、そうしよう!)
LaLaは真面目なので、毎回握手会が終わるとすぐにSNSを更新してくれるのだ。
大概定型文だけど、必ず写真を載せてくれるので、それを楽しみに覗いてしまう。
「お、あがってるあがってる」
ウキウキとLaLaの投稿をクリックする。
今日の写真はメンバーとの集合写真とネイルのアップだった。
『今日は握手会でした! 来てくれた方、ありがとうございます。メンバーと今日のネイル。……黄色な理由は秘密です!』
「………………」
そっとスマホを置いた。
腕を組んで、思わず天を仰ぐ。
「いや、やっぱこれ、LaLaの好きな人、私じゃねーか!!」
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