ヒーローは化け物です

一治もな

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「おまえ、物は入れられそうか」

 運転席のドアへ向かいながら、真野は聞いた。

「ちょ、なんで真野さんが運転しようとしてるんすか」
「質問に答える」
「っ……」

 食べたほうがいいことは理解している。無理矢理流し込むことも可能だ。
 だが、食べたいとはちっとも思えず、右京は黙った。

「じゃあ現場まで寝てろ。着いたら起こす」

 そう言うと、真野は早々に運転席へ腰を下ろした。
 意外と心配をかけているのかもしれない。

「……すみません」
「おまえまで暴走されたら敵わねぇからな。ほら、早く助手席行け」

 しっしっ、と手を振られて、右京はしょげたように助手席へ収まった。
 まもなく車は発進し、車内には沈黙が落ちる。

 窓に頭を預けて、瞼を閉じる。それでも光は完全には遮れず、真っ暗な闇に落ちることはできなかった。
 静けさに触れると、どうしても瀬馬のことが脳裏に浮かんで心が沈む。気を回してくれた真野には悪いが、眠れる気はしなかった。

「馬鹿だと思いますか」

 真野は一瞬だけ右京に視線を寄越した。
 何も言われなかったから、右京は言葉を続ける。

「人間を好きになるな、人間を好きになっても誰も幸せにはなれない。耳にタコができるくらい、師匠に言われました」
「おまえの師匠っつうと、獅子崎さんか」

 獅子崎ししざき幹一かんいち。右京たちと同じくATであり、特殊刑事課に入るべく訓練をつけてくれた人だ。親のいない右京にとっては親代わりでもある。

 右京は小さく頷いた。

「だから、いつかはこういう日がくるってわかってた。けど、俺はずっと瀬馬ちゃんのヒーローでいたかった」

 その「いつか」が、本当にくるとは思えなくて、思いたくなくて。あと少し、もう少しだけ、と自分に言い訳をして目を反らし続けた。
 
「小劇場での判断を間違いとは思わない。……でも、瀬馬ちゃんを好きになったことは、初めてちょっと後悔しました」

 あそこで躊躇していたらきっと怪我人が出ていた。
 だからあれで良かった。そう思うのに割り切れないのは瀬馬が特別だからだ。

「好きになっちゃった時にどうしたらいいか、師匠は教えてくれなかった」

 真野は何も言わなかった。
 もともと返事を期待したわけでもない。
 
 右京は仕方なく外の景色をただ眺めた。

「言いたいことは色々あるが」

 ぽつりと、思い出したように真野が声を出す。

「おまえもちったぁ可愛げあるな」
「はあ!?!?」

 予想外のセリフに右京は素っ頓狂な声をあげた。

「あんたっ……、え、話聞いてました!? 今の流れで言うことそれ!?」

 信じられないとばかりに非難の眼差しを送るが、真野は全く意に介さず、くつくつと笑っている。

「おまえって普段、なにもかもどうでもいいみたいな顔して、くっそつまんなそうにしてるからよ。ちゃんとぐちゃぐちゃな感情あったんだな~って」
「どんなイメージですか……」
「そんなイメージだよ」

 答えになっていないが、感情的になったことを揶揄されている気分になって、なんとなく羞恥心がわいた。居心地が悪くて視線をずらすと、「ちょっとこっち」と真野が手招きする。

 言うとおりにすると、 

「っいで……!」

 デコピンを喰らった。

 抗議の声をあげる前に、制するように真野が口を開いた。

「おまえは基本的に一つに依存しすぎだ」

 ふざけた調子が立ち消えて、真野の纏う空気が変わる。

「……なんですか、急に」
「大事なものが少なすぎる」 
「いけないことですか?」
「潰れるんだよ。その唯一が消えた時に」

 返答に窮して右京は黙った。

「だから分散するんだ。仕事で失敗をしても家庭に帰れば居場所がある。恋人にフラれても親友がいる。そうやってバランスを取ることができれば、なにかが自分を支えてくれる」

 これまで右京を支えていたものは瀬馬だ。生き方の基盤という意味では獅子崎だろう。
 しかし確かに、そこから先のなにかが右京にはない。
 
「もっと色んなことに関心を持て。世界を自分で狭めるな。それから」

 真野はそこで言葉を区切る。
 ずっと前を向いていた真野の目線が右京に向いて、ばちりと合った。

「自分の人生を他人のせいにするな。『誰か』はおまえの人生の責任を取ってはくれない」
「っ……」

 優しくない、と右京は思った。
 何も言い返せなくて俯いた右京に、真野は「言ったろ」と続けた。

「ATの存在を口外しない契約を結んだ後は、基本的に今後一切の干渉を禁じられる。人間側がATと関わることを嫌がるからだ」
「……わかってますよ、ちゃんと」

 瀬馬が書類にサインをすればもう、右京が瀬馬にアクションを起こすことは許されない。
 二度と関わることなく、生きていく。

「だが、人間側がATへの接触を望む場合の記載はない」

 真野の言葉に、右京は目を見開いた。

「それ、は……」

 瀬馬が右京との関わりを保ちたいと願うなら、可能性はあるということ。

「でも、そんなこと、ありますか」
「知らねえよ。瀬馬がどういう人間なのか、おまえと瀬馬がどんな関係を築いてきたのか、俺には全くもってわからねえからな」

 ずいぶんと長い間、人間のフリをして瀬馬の横に立っていた。その時間はそのまま、瀬馬に正体を隠し、騙し続けた月日の長さだ。
 瀬馬は自分を許すだろうか。
 それでも共にありたいと思ってもらえるほどの価値が、自分にあるだろうか。

「勘違いするなよ。俺の考えも、獅子崎さんの教えも絶対じゃないんだからな。……だから、おまえが自分で選ぶんだ」
「おれ、は……」
「代わりに、信じたいものを信じていい」
 
 真野の言うとおり、自分はずっと他人任せに生きてきたのかもしれない。大事な選択を、誰かに手を引いてもらって進んできた。
 けれど、きっとそれでは大切なものを掴めない。

 右京はぐっと拳を握る。

「俺やっぱ、瀬馬ちゃんのヒーローやめたくない……!」

 震える声でそう告げると、真野の口角がニッと上がる。それと同時に、ばしりと肩を叩かれた。
 
「よく言った」
「え…………」
「好きなら好きでいいじゃん。しょうがねぇよ」

 そう言って真野は破顔した。その表情が何故だかずいぶん嬉しそうで、右京までふわりと気持ちが浮わつく。
 落ち着かなくなって、少しだけ視線をずらした。

(優しくないのか、優しいのか、よくわかんねー人……)

 けれど、真野のおかげでスッキリした。

 きゅ、っとタイヤの擦れる音がして、車が停まる。
 現場に到着したのだ。
 
「この仕事が終わったら、ちゃんと本人に言えよ」

 そのままさっさと出ていこうとする真野の服の裾を、右京は慌てて掴んだ。

「あの、真野さん!」
「ぅおっ、なんだよ」
「……ありがとう、ございます」

 真野は優しく目を細めた。

「ま、部下の面倒見るのも上司の役目だわな」

 ぐしゃりと頭を撫でる真野の手を、右京も今度は払わなかった。

「……真野さんって、ちゃんと大人なんですね」
「喧嘩売ってんのか?」
「ふはっ、冗談ですよ」

 瀬馬に正体が露呈してからようやく、右京は笑った。
 
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