編む。ー消える白パンの謎ー

苺 迷音

文字の大きさ
3 / 40
消える白パンの謎

消える白パンの謎 3 赤屋根の家

しおりを挟む
 赤屋根の家に到着したリーナは、ふと過去の記憶を呼び起こしていた。 以前この家へ配達した際、妙齢の御婦人がパンを受け取ったことを覚えている。だが、その記憶を深く考え込むより先に、リーナは配達を果たすべく、門のベルを鳴らした。

 暫くすると扉が開き、例の男性が姿を現す。

「パンをお届けに参りました」

 リーナはいつも通り、明るく笑顔を向ける。

「ありがとう。わざわざ済まないね」

 男性は門を開き、柔らかく微笑みながらパンの袋を受け取る。

「では数を確認していただけますか」

 少々無作法かもしれないが、毎日『数が足りない』と言われている以上、ここでの確認は欠かせない。

 男性は静かに頷き、一つ一つ指で確かめる。

「1、2、3、4、5。間違いなく白パンが5個。確認したよ。ありがとう」

 問題なく受け取られた事で、リーナは安堵の息をつく。しかし次の瞬間、男性はリーナの手をそっと取り、何かを握らせた。

「これはちょっとした気持ちだよ。受け取って」

 男性の手が離れ、何かを掴まされたリーナが自身の手を開いて見ると、金貨1枚と小さく折り畳まれた紙があった。

「えっ? いえ。代金は頂いてますから」

 慌てて返そうとするが、男性はゆるく微笑みながら、強い意志を込めた視線を向ける。

「気持ちなんだよ。受け取ってもらえないか」

 その目の真剣さに気圧される様に、リーナは「お気持ちありがとうございます……」と小さく呟きながら、しぶしぶ手に収めた。

「じゃあ、確かに受け取ったよ。帰り道も気を付けて。店主にもよろしく伝えておいてくれ」

 そう言い残し、男性は静かに門を閉じると扉の向こうへと消えていった。

 横に立っていたアンが、軽く声をかける。

「配達完了、って事でいいのかな」

「うん…なんか、申し訳ない気もするわ。ただの配達に金貨一枚なんて」

「まぁいいんじゃない? お金の価値観は人それぞれだし。ありがたく頂戴したら」

「そうね…。帰って父さんに渡すわ」

 リーナは金貨をポケットへ潜ませた後、ふと脳裏にある感触が蘇る。

「あっ、そういえば」

 彼女はポケットから小さく折られた紙を取り出し、ゆっくり開く。そこには整然とした几帳面な文字が並んでいた。

『今日は配達をありがとう。妻が今不在で不便が続いていてね。助かったよ。妻が無事に戻ればまた、君のところのパン屋に行かせてほしい。その時は妻と一緒に。その日が来ることを楽しみにしてる』

「奥様、ご病気なのかしら」

 紙を見つめながらリーナは呟き、アンも読んでみてと紙を渡す。

「そうだねぇ…。奥様が今居られない。つまりこの男性は今一人暮らし……でも、白パン5個?」

「一人で毎日、白パン5個はちょっと多いかな」

「見かけによらず大食いなのかも」

「そうかもだけれども……。でも毎日一個足りないって、店に言いに来るのよ? それにお遣い程度の配達で、金貨1枚もくださったのよ。お金に困ってパンの数を胡麻化してるって訳でも無さそうだし」

「それにこの手紙、妻という言葉が何度も出てくるね。奥様の事を、とても大事にされてるんだろうなぁ」

「ええ、そうね……」

 二人は手紙の内容を思案するしつつ歩いていた。が故に、ゆっくりとした歩調だった事、それが幸いした。角を曲がってすぐ、アンの視線の端に、見覚えのある男性の姿がちらりと留まった。

「あら? あの人、さっきの旦那さんじゃない?」

 アンがリーナの肩をトントンと叩き、顎で男性が歩いている方をくいっと指す。

「ほんと。さっきのお客様だわ。なんだか急いでるようね。それに。手に持ってる袋。あれうちのパン屋の袋だわ」

「……こっそり後をつけてみる?」

 アンの言葉にリーナは一瞬眉をひそめたが、こちらは毎日パンが足りないと言われているのだ。もしかしたらパンが足りない理由があるのかもしれない。そう思うと、小さな探求心が芽生えた。

「そ……そうね。よくない事かもしれないけれども。数の謎が解けるかもだし」

「よし、そうと決まれば。こっそりよ? つけてみましょう」

 こうしてアンとリーナは、一定の距離を保ちつつ、男性に気づかれないようにこっそりと、後をつけることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

『噂が先に婚約しましたが、私はまだ“練習相手”のつもりです(堅実護衛が半歩前から離れません)』

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全8話+後日談1話⭐︎ 舞踏会が苦手な伯爵令嬢ルシアは、社交の“空気圧”に飲まれて流されがち。 ――そして致命的に、エスコートされると弱い。 そんな彼女の“練習相手”に選ばれたのは、寡黙で堅実、おおらかな護衛隊出身の男ロアン。 半歩前を歩き、呼吸の乱れを見抜き、必要なときだけ手を差し出す彼の優しさは、甘い言葉ではなく「確認」と「対策」でできていた。 「怖くない速度にします」 「あなたが望めば、私はいます」 噂が先に婚約しても、社交界が勝手に翻訳しても――守られるのは、ルシアの意思。 なのに最後の一曲で、ルシアは言ってしまう。 「……ロアンさんと踊りたい」 堅実すぎる護衛の甘さに、流され注意。 噂より先に“帰る場所”ができてしまう、異世界ほの甘ラブコメです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

処理中です...