編む。ー消える白パンの謎ー

苺 迷音

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晩餐会の幽霊

晩餐会の幽霊 5 囁きの帷《とばり》

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 晩餐会の数日前。

 夕焼けが西の空を深紅に染め上げる頃、騎士団詰め所では、剣戟の音が夕闇に溶け込むように響いていた。日々の鍛錬を終えた騎士たちは、武具を丁寧に手入れしながら、静かな談笑を交わしている。

 ヴィクトル・ヴァーレンシュタインは、愛剣の鋭利な刃を指先でそっとなぞりながら、横で剣を振る皇太子・ルシアスの姿を捉えた。

 ルシアスは、研ぎ澄まされた剣を再び構え、その切っ先を軽く弾いた。清らかな金属音が、黄昏の空気に微かに震える。

「なぁ、ルシ。明後日の晩餐会さ、例のアルノー侯爵邸の。お前も招待されてるんだろ?」

 ヴィクトルは、探るような視線を向けた。

「あー。あれかぁ……。行かずに済むなら、そうしたい所だなぁ」

 ルシアスの声音は、どこまでも気怠い。

 ヴィクトルは、片方の口角を僅かに上げ、肩を竦めた。

「まあ、お前が興味を示すとすれば……例えば、スティが出席するとか?」

 その瞬間、ルシアスの剣の動きがわずかにだけ、静止した。夕陽が剣の表面で妖しく煌めく。

「スティが?」

 その問いには、隠しきれない興味の色が滲んでいる。

「父上の名代らしい。珍しいだろ? 本音言うと兄上も俺も、その晩餐会に行くの、気が進まねぇし。で、スティだよ。それはそれで心配なんだよなぁ。俺らの与り知らんとこで虫がワラワラ沸きそうで。ま、シュベルも一緒ぽいし、安全だろうけれどもさ」

 ヴィクトルの言葉には、微かな皮肉が込められている。

 ルシアスの瞳の奥で、感情の波が揺れた。剣を握る指に、無意識のうちに力がこもる。夕焼けの残光が、その指先を赤く染め上げた。

「……ふうん」

 ルシアスは、何事もなかったかのように剣を滑らかに回した。しかし、その手元の動きは僅かに鈍く、剣の軌跡が揺らぐ。ヴィクトルは、その微細な変化を見逃さなかった。

「で、結局、行くのか?」

 ヴィクトルの問いかけに、ルシアスは一呼吸置いて、ゆっくりと息を吐いた。

「まあ、父上……陛下の名代って事で、顔を出しておくかぁ」

 ルシアスの返答にヴィクトルは、愉快そうに声を上げて笑った。その笑い声には、ルシアスの内心を見透かしたような響きがある。

 ルシアスは何も言わず、剣を弄びながらふと身じろぎ、ヴィクトルに背を向ける。 

 夕焼けの陰影に溶け込み、その横顔は、ほんのりと染まっているようにも見えた。



 高まり続ける会場の熱気を、ルシアスは涼やかな風のように受け流し、その琥珀色の瞳は、射抜くようにステラだけを見つめていた。

「ああ、今宵も息をのむほどに美しいよ、スティ」

 甘美な囁きと共に、彼は優雅な足取りで二人へと歩み寄り、自然な流れでシュベルアンとステラの間へと滑り込む。

 燦然と輝く金糸のような髪がしなやかに揺れ、その歩みには皇族としての揺るぎない品格が滲んでいた。シュベルアンはその闖入を制止せず、ただ冷たい光を宿した瞳で静かにその動きを捉える。

「随分と気軽に割り込んでくるんだな。ルシアス」

 シュベルアンの声は静かで、しかし底知れぬ威圧感を孕んでいた。 
 ルシアスは肩を軽く竦め、その琥珀色の瞳に揺れる光だけで余裕を示す。唇の端に浮かぶ微笑は、軽やかでありながら抗いがたい魅力を放っていた

「邪魔者は、お前の方だと思うよ?シュベル」

 柔らかな声音の中に、隠しきれない挑発の色を忍ばせるルシアス。シュベルアンは、一瞬眉を顰めたものの、すぐに薄氷のような冷笑を浮かべた。その瞳の奥にはルシアスと同じく、この状況を静かに楽しんでいるかのような光が宿っている。

 沈黙が漂う中、ステラは優雅に眉を下げ、咲き誇る花のようにそっと微笑む。そして、迷いなく二人の腕へと触れた。

「あら、まるで両手に花、ね」

 鈴が転がるような笑い声が、張り詰めた空気をそっと和らげる。その笑顔は、二人の間に漂う緊張感を柔らかくほどいた。

 銀細工の小さな杭を打つ澄んだ音が、社交のざわめきをかすかに揺るがし、空気を割った。響きは耳障りではなく、それでも確かに晩餐の場を統べていた。

 その音に応じるように、メートル・ドテルが確かな足取りでステラたちへと近づく。彼の動きは、場の流れを見極めるように滑らかで、余分な所作の一切を排していた。

 静かに足を進め、深く礼を添える。

「ルシアス皇太子殿下、シュベルアン公子殿下、ヴァーレンシュタイン公女様。僭越ながら、お席へご案内申し上げます」

 その言葉には、誤ることのない慎みと、最上級のもてなしが滲んでいた。

 ルシアスは、ゆるりと笑みを浮かべ、頷く。ステラは優雅な所作で礼を返し、歩を進める。シュベルアンは、ほんのわずかに瞳を細めながら、無言のまま席へ向かう。

 三人が並ぶように歩む姿に、貴族たちの視線が吸い寄せられ、囁きが波のように広がっていく。

「奇跡の晩餐ね……」

「公の場に、滅多にお姿を見せぬ方々が揃い、ご拝顔できるとは……」

「帰宅したら早速、娘たちに話さないと…」

「明日は、この晩餐会の話題でもちきりだな」

 ざわめきは次第に薄れ、余韻を残しながら消えていく。燭台の灯りが揺らめき、金の影が静かに波打つ。

 そして、晩餐の幕が切り開かれる
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