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6、ヴァイス・トリガー
しおりを挟む「やっと帰って来れたな・・・」
馬車に揺られながらそう言うと、向かいに座る執事が微笑む。
「二年間、お疲れ様でした」
馬車を降り、久しぶりの我が家を見上げる。
庭を見渡し、以前見たときにはなかった花が美しく咲き乱れていることに、時間の経過を実感する。
ここは王都のタリダル・トリガー公爵の屋敷だ。
僕はこの公爵家の長男、ヴァイス。
父は領地経営をしながら、王都でいくつかの飲食店を手がけ、更には不定期で王宮に赴いている。
飲食店経営は趣味で、貴族相手の高級レストランから平民が集う食堂まで幅広い。
王都と領地を行き来する忙しい生活を送っている。
母はおっとりした性格だが、どういうわけか剣術が得意だ。
剣を持つと人が変わって、少し怖い。
そして姉が二人いる。
長女は医療の世界に憧れ、街の診療所に住み込みで働いている。
たまにしか帰って来ない。
次女は好奇心旺盛で、広い世界を見たいと各国を旅している。
滅多に帰って来ない。
型にとらわれない公爵夫妻だが、子供たちにも貴族社会に縛られず、自由に生きてほしいという考えだ。
僕は両親のその考え方が好きである。
公爵家後継の僕に自由はなさそうだが両親は優しく、使用人も気のいい人たちばかりだ。
僕は二年ほど隣国の学校に通っていた。
交換留学というやつだ。
期間は定められておらず、本人が希望すれば何年でも滞在できる。
本来は国王陛下の第二王子が行くはずだったが、『婚約者と離れたくない!』と駄々をこねた。
そこで陛下が昔馴染みである父に泣きついてきた。
父は当然、『うちの息子は行かせん!』と突っぱねたが、最終的には渋々了承した。
ただし留学は最長二年間で、最低でも一年間は自国の学園に通わせる、という条件を陛下に突き付けた。
陛下は条件を受け入れ、僕は二年間の留学を終えて、今日帰って来た。
屋敷に入ると、使用人たちが笑顔で迎えてくれた。
一年に一度は帰って来ていたが、そのとき以上の歓迎っぷりである。
土産を渡すと、みんな大喜びだ。
使用人たちと会話を楽しんでいると、母がやって来た。
「お帰りなさい、ヴァイス」
そう言って、僕を抱きしめた。
母の馴染みある心地よい香りは、二週間かけて帰って来た疲れを癒やしてくれるようだ。
「ただ今戻りました。母上、お変わりないですか?」
「ええ、私もタリダルも元気よ」
父は今、仕事で留守だが夕方には戻るという。
ディナーは僕の好物がたくさん並んでいた。
力を入れずともナイフで簡単に切れるステーキ、濃厚なじゃがいものポタージュ、彩り鮮やかなサラダに数種類のドレッシング、ジューシーな柑橘類。
留学先の料理も好みではあったが、やはり生まれ育った国の料理は格別に美味しい。
留学生活の報告をしつつ、久しぶりに両親との食事を楽しむ。
「お前、私より背が高くなったな?」
父は悔しそうに言ったが、ほぼ同じくらいだ。
母は隣でクスクスと笑っている。
「毎日たくさん食べて、たくさん睡眠をとりましたので」
ムッとしている父が話題を変える。
「来月、王都の学園に転入だ」
「はい」
「人間関係は大事にしろよ?のちにその繋がりが利益をもたらすかもしれん」
父は顔が広く、領地経営も飲食事業も絶好調だ。
僕は学園生活を終えたら、父の仕事を手伝うことになっている。
「僭越ながら、人心掌握は得意です」
「ふっ、頼もしいな」
数週間のんびり過ごした。
明日からは、この王都にある学園の三年特進クラスに通うことが決まっている。
なんとしてでも、カナを見つけなければ・・・。
留学先ではカナに出会えなかった。
出会った人が、転生したカナだと気づかなかった可能性もあるが。
彼女に前世の記憶があるとは限らないし、そもそもこの世界に転生していないかもしれない。
前世の記憶を思い出したのは、隣国に留学して一年が経った頃。
風邪をひき、高熱で寝込んだ。
数日臥せていたが、夢の中で「航太」と呼ばれる男が何度も現れる。
日本という国で生活し、「カナ」という名の恋人と楽しそうにご飯を食べ、抱き合ってキスをして、ベッドで一緒に眠る。
熱にうなされている間、ずっとそんな夢を見た。
そして「カナ」が死に、「航太」も死んだ。
熱が下がり目を覚ました瞬間、夢で見た光景は自分の前世なのだと理解した。
その後も彼女との思い出が甦ってくる。
前世の記憶を思い出したことで毎日胸が締めつけられ、後悔と怒りが止めどなく溢れ出す。
カナからストーカーの話を聞いていたのに、何もしてやれなかった自分が情けない。
彼女を思い出しては何度もごめん、と心の中で呟く。
だが、いくら謝っても彼女が蘇ることはない。
僕からカナを奪い、彼女自身の未来を奪ったあの男が許せない。
絶望という呪いに体を支配された僕は死に、ヴァイスとしてこの世界に転生した。
僕は前世の記憶を思い出してから、再び巡り会えるかわからない最愛の人を探し始めた。
数日前の父との会話を思い出す。
「ヴァイス、大事な話がある」
「なんでしょうか?」
「婚約者についてだ」
やはりこの話題は避けられないよな。
僕にはまだ婚約者はいないが、婚約者がいてもおかしくない年齢だ。
父は懇意にしている貴族の令嬢を充てがってくるだろう。
「そのことですが、僕は自分で相手を見つけたいと思っています。数年経っても相手が見つからない場合は、父上が決めた相手と結婚します」
駄目って言われるかな・・・。
本音を言うと、カナが転生した女性以外との結婚は考えられない。
だが僕はこの家の後継者だ。
結婚して、子をもうけなければならない。
向かい合って座る父は僕をじーっと見つめる。
「いいだろう。私もジュリアとは恋愛結婚だったしね~」
手を顎に当て、ニマニマしながら許可してくれた。
きっと若い頃を思い出しているのだろう。
「素敵な女性に出会えるよう、祈ってるよ」
「ありがとうございます」
窓から外を眺めると、大粒の雨が窓を叩いている。
カナが死んだ日も、こんな雨が降ってたっけ・・・。
今日から学園に通う。
不安がない、とは言い切れない。
クラスメイトたちとは、親しくして繋がりをもてるよう努める。
授業は問題なくついていける自信がある。
留学中、僕は親戚の家で生活をしていて、一人の執事がいた。
三十歳くらいの男だ。
もともと公爵家で僕の世話をしていた者で、両親からの信頼も厚くとびきり優秀だ。
そんな執事は、僕が学校から帰ると予習復習に容赦なく時間を費やし、帰国の時点で、三年で習う勉強にも手をつけていた。
それでも時間に余裕があれば、剣術の稽古をつけてくる。
なぜ剣術が必要なんだ?と疑問だったが、両親からの指示だったらしい。
不安があるとすれば、カナに出会えるかだ。
教師がクラスメイトたちに僕を紹介する。
僕も簡単に自己紹介をして、空いている席に座った。
ふと、左前方に目をやった。
そこに座っている女子生徒と目が合ったその瞬間、全身に電気が走ったような、炎に包まれたかのような、そんな衝撃と熱さを感じた。
心臓が早鐘を打ち、額から汗が流れる。
カナ!?カナだよな!?見た目は前世とは全く違うが、間違いない!
試しに他の女子生徒を見てみるが、何も感じない。
目を引くつややかな金色の髪に負けない美貌のその人は、どうしてもカナと重なる。
容姿を言うなら、僕も全く異なる。
今は銀髪に青い瞳だが、前世は純粋日本人で黒髪に黒い瞳だった。
ついに見つけた!転入初日に出会えるなんて!!この世界に転生していたんだな!
嬉しすぎて涙が出そうだが、なんとか堪えて、彼女を見つめる。
でも僕を見ても表情は変わらないな・・・前世の記憶がないのか?いや、あったとしても僕が航太だと気づいてないのかもしれない。
次に、カナの隣に座っている男子生徒に視線を移す。
僕を見て驚愕している。
さらに睨んでくる。
初対面にもかかわらず敵意を向けられる理由・・・。
もしかしてカナのストーカーだった男か?
前世でストーカー男を見たことはなかったが、なぜか確信があった。
「本当にしつこい男だな」
周りには聞こえないくらいの声で呟いた。
なぜ彼女の隣に座っている?たまたまなのか?しかしストーカー男も転生していたとはな。
睨んでくるということは、前世の記憶をもっていて、僕が前世でカナの恋人だったこともわかっていそうだ。
僕は誓う。
今度こそ、彼女を守ってみせる!
前世で奪われてしまった僕とカナの未来を、この世界で切り拓く!
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