【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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1巻 2章~ガルムと湖の主と炙り寿司と

湖の底から浮かび上がる影/拳聖流、ガルムの斧と生きる意味

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「なんだあれは……なんという魔力エルナの波動だ。レンジと言ったか。あれは、やつの持っている魔法の包丁の力なのか」

 レンジ達の少し後ろ、湖からは見えない林の中から、気配を消して様子を伺っていた者。無精ぶしょうひげが長く伸び、無造作に伸びきった髪を一本にまとめている。白い尻尾をその驚きで固まらせた事に気付き、更に態勢を低くして自分の緊張が伝わらないように努めている。
 そう、その場で2人の様子を見ていたのは、酒場でレンジたちにくだを巻いていた、ガルム・シュトルムヴォルフであった。

(あれほどの分厚い氷を、炎の魔法で余裕で断ち切り穴を開けるには、相当の魔力エルナを扱う力が必要だ。俺の部隊の奴らでもあそこまでの使い手は居なかった)

 ガルムはレンジに対する評価が少しづつ変化しているのを感じていた。

 (あいつと一緒に居るトカゲに似た使い魔。使い魔がフィーム語を喋るなどどいう話はついぞ聞いたことがない。更にあの神官の娘。3級神官プリーストだと言っていたが、それだけではないな)

 ガルムの戦闘眼は概ね正しい。レンジはまだ自分のやっている事、包丁や魔力エルナの使い方がよく分かっていないということがあり、どれだけ自分がこのエリュハルトでは規格外の存在であるかという事に全く気付いていない。フィオナは薄々であるが感じているのだが、持ち前の天然な性格の為か、深く考えていないところがあった。
 その時、湖の底からゆっくりと浮かび上がってくる気配にガルムは気づいた。


「おいおい! なんだアレはよ……」

 突然湖のこおった湖面が割れ、体長3メートルはあるだろう巨大なカワウソとでも言えばいいのか……ぬめぬめとした肌、長い1メートルくらいはある長い髭、くじらかと思うような大きな牙の見える口から長い舌を出し入れしているのが見える……それが大きな咆哮を上げ、俺たちに向かって湖面を這いずるように近づいてきた。

「レンジ! あれはカブリンガーっていうモンスターだ! おそらく相棒の釣り上げたリールライの匂いつられて、湖の底から現れたんだ」

 マジかよ。あんなでっかいカワウソなんて、どうしろっていうんだよ。

「レンジさん! わたしも戦います」

 フィオナが滑るようにして俺の隣に走ってきてくれる。グリューンはそんな彼女の頭の上に乗っている。
 え? フィオナが戦う? 戦えるのか……だって神官って言っていたよな。

 その時、釣り竿の『萌炎』の文字が淡い光を発する。すると頭の中にカブリンガーの情報が流れ込んでくる。情報と言っても、もちろんそれは食べられるか、食べられないかという事だ。
 
「グリューン。カブリンガーの肉は食べられるんだけど、かなり泥臭くってお勧めできないってよ。まぁそうだよなあ」

「相棒……お前はどこか呑気だなぁ」

グリューンは呆れたような半目を俺に向ける。そう言うなよ。だってこの包丁、絶対に食べる方面に特化した能力だよ。

「全く……気を抜くな! カブリンガーはお前たちごと喰う気満々だぞ! 」

 グリューンが大きな声で俺達二人に警告の声を上げる。
 こうなったら、なんだってやってやる! 
 俺は釣り竿に元の姿に戻るように念じる。するといつもの包丁の姿にあっという間に変化する。俺は気合を入れ直し、カブリンガーを見つめて緊張感を露わにする。

「ケイブベアを倒したレンジさんなら、大丈夫です」

 俺が包丁を握りしめる手の緊張感が伝わったんだろう。隣でそう励ましてくれているフィオナ。ありがたい。すごくありがたい。
 あの時の事を思い出せ俺!

炎の剣化フレーメン・シュベルト

 さっき湖面の氷を切り取った時と一緒だ。大きな炎が包丁をまとうようなイメージを頭の中で描き出す。
 ケイブベア戦の時は思いついた呪文を訳も分からず唱えて、無我夢中で、その炎化された包丁を振り下ろした……その思った以上のとてつもない威力に、逆に委縮いしゅくしたんだっけか。
 隣でフィオナがゆっくりと態勢を低くしたの見えた。そういえば、ケイブベアから逃げていた彼女が、態勢を立て直しながら応戦しようとしていたのをふと思い出す。
 一気に距離を詰めてくるカブリンガー! その大きな口が開かれ、舌がむちのようにしなり俺とフィオナに襲い掛かってきた。
 俺は炎の剣化された包丁をすばやく横にぎ払った! ……ジュッという音を立てて、俺に向かって伸びてきた舌が赤く焼け焦げるようにして真っ二つになる!

「ギュアワオオオオオ……! 」

 大きな苦痛に似た唸り声を挙げるカブリンガー。その瞬間、恐ろしいほどのカブリンガーの怒気を感じ、俺とフィオナが身体を一瞬固くする。

「あぶねぇ……相棒! 腕に気を付けろ! 」

 グリューンの声。
 腕……カブリンガーの腕が天に向かって大きく伸びているのが見えた。まさかそれを湖面に叩きつけるっていうのか!
 俺は懸命に振るった炎の剣を構え直す。すると俺の隣で拳に力を入れていたフィオナが動きを見せた。

拳聖流けんせいりゅう……正断せいだん! 』

 フィオナは右手の中指と人差し指を、まるでVサインでもするように顔の前に立てるようにして構えた。その2本の指をカブリンガーに向けて、空気を切断するかのように大きく素早く動かし、横に切り払う動きを見せた!
 まさに湖面に振り下ろそうとしていたカブリンガーの中指と人差し指が綺麗に切り飛ぶ! その衝撃でバランスを崩して湖面に大きく横たわる。
 すごいフィオナ! 優しい神官だとばかり思っていたのに、こんな戦い方ができるなんて。拳聖流っていうと、あれか! モンクみたいな拳で熱く語るみたいなそういったやつか!
 俺が拳聖流という響きに、勝手にひとりで感動していると……

「おおおおお!! 」

 俺たちの後ろの、林にようになっている中から大きな野獣にも似た咆哮が響き渡った! なんだ、新手のモンスターか! 俺とフィオナが身構える。
 林から出てきた、風のようなすばやい動きを見せる影。それは俺たちの目の前で大きく跳躍すると、両手に持っていた大きな大斧をカブリンガーの無防備になった腹に向かって、勢いよく振り下ろすのが見えた。

「グギャアアアアアァアァアア!! 」

 大きな断末魔の声が上がった! ぐったりと四肢の力が抜け、仰向けのまま湖面に横たわるガブリンガーの姿。その横で振り下ろした斧を肩に担ぎ直し、俺たちに目を向ける狼獣人の姿があった。俺達はその姿に見おぼえがあった。

「ガルム。お前なんで……」

 俺とフィオナ、グリューンは戸惑いの表情ながらも、それとは別の、ガルムの研ぎ澄まされた戦闘技術に半ば圧倒されてしまう。
 ガルムは俺たちの表情を見ながら、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。

「その、これはなんだ。た、たまたま湖の近くを酔い覚ましに通りかかったらお前たちが襲われていたのを見てな。決してお前たちの行動が気になって、後から付いてきたわけじゃないぞ! そう、たまたまだ、たまたまなんだ」

 苦し紛れの言い訳を、目線を明後日の方向に向けながら、一気にまくし立てるガルム。もしかして割といいやつなのかもしれないな。俺はそう直感した。

「お前たちがその釣ったリールライをどうするのかは知らんが。無駄な事は止めておくんだな。ワシはもう……生きる事にも疲れたのだ。」

 寂しそうにつぶやくと、斧を引きずるようにしてその場を立ち去ったガルム。俺達は茫然とその後姿を見送ったんだ。

 そう。ここまではすごく順調だったんだ。
 俺はフィオナの事があったから、村人にもすんなり刺身が受け入れられると、当然のように考えていた。
 しかし自分の見通しが甘かったことを、この後すぐに痛感する。
 この世界の通説、『生魚=毒』という概念。それがこれほどまでに根深いものだと再認識することになるのだ。

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